□ イノセントな宴会 □



それは、教皇の間に行く道までの、本当に何気ない会話からだった。
春の日差しと冬の厳しさが混在する季節。もうすぐ春ですよねー早いですよねー。から始まった。

「ん、もう26日か……ということは、明日はムウの誕生日じゃ」
「え……明日、ムウの誕生日?」
「ああ、そうじゃ。あの小さかったムウも、もう立派に成人しよって。ほんに月日が経つのは早いものじゃな」

いくら嫌いだといっても、さすがに誕生日を無視するわけには行かない。まして、シオンさまの弟子なのだから。
仕方ないなぁと、ため息をついてシオンに告げた。

「シオンさま。じゃあ……ぱぁーっと宴会でもしますか」
「ほう、それはいいのう。よし、では白羊宮でするとしようか」
「じゃあ、私はアテナに許可をもらって来ますね!」

そうして早足で教皇の間の向こう側へと向かっていく。途中でサガにあったが、事情を話すとなんとか許可をもらえた。
さすがにシオンさまの名前は偉大だなと思った。そして、アテナの間に居たアテナに事情を話すと、快諾してくれた。


翌日に白羊宮に行ってみると、どうもムウは留守みたいだった。それでもシオンはお構いなしに白羊宮に入っていく。
神殿の奥の別室にあるリビングに適当な食べ物と飲み物を置いていくと、途中からデスマスクとバラの花束を持ったアフロディーテが入ってきた。

「実に素っ気無い部屋だな。まぁ、予想はしていたが……。このバラを、飾ってもらえるかい?……大丈夫、毒は入ってない」
「うわ~っ、凄い綺麗なバラ!アフロディーテが育てたの?」
「ああ、この私が丹精込めて作っているバラだ。ふふっ、気に入ったんなら今度、プレゼントするよ」
「ありがとう、楽しみにしているね!」

花瓶がどこにあるかわからずに、探していると、途中からカミュとミロが着た。
二人ともそれぞれ手にお酒を持っていて、何をしているのか聞いてきたから花瓶を探していると言うと、一緒に探してくれた。
二人のおかげでなんとか花瓶を見つけることができた。場所が戸棚の上のほうで、なかなか見つからなかったわけだ、と三人で納得した。
そして見つけた花瓶に受け取ったバラを生けて、テーブルの真ん中に置いた。

「他のものは後から来るそうだ。余はジャミールまでムウを呼んでくるとしようか……。、ちゃんとおとなしく待って居るのだぞ?」
「シオン様、私は子供じゃありません。大丈夫ですよ」
「はははっ、そうだったな。では行ってまいる」

シオンさまを見送った後、ご飯を食べようとしたらデスマスクが瓶を持って近づいてきた。
不思議に思ってみていると、どうもアルコールだったらしい。デスマスクに勧められたものを飲んでみると、結構度数がきつかった。
これはもしかして純度の高いアルコールじゃないんだろうかと疑ったけれど……いったん瓶に口をつけた以上、飲み残す気にもなれずに無理して飲み込んだ。
激マズだった……胃の中がカッカと燃えるように暖かい。

「おお、もやるなぁ~。良い飲みっぷりだぜ」
「おい、デスマスク。それは私が持ってきたウォッカではないのか?」
「ああ?こまけぇ事は気にすんな。見ろよ、あの飲みっぷり。あれは楽しくなるぜ」

まだご飯を食べていない空きっ腹に、いっきにアルコールが入れると、心なしか胃の中がきゅうきゅうとする感じがした。
飲んでしまったことは仕方ないので気にせずに、デスマスクに不味さを訴えることにした。
こんな下に合わない飲み物よりも、日本酒のほうがいい。そう思ったら、日本酒が飲みたくなった。

「デスマスク!これ不味いよ!美味しくな~い!誰か日本酒持ってない?日本酒!口直しの日本酒~!」
「悪いが持ってないね。これだとダメかい?」

そう言ってアフロディーテがワインを取り出してきた。その高級そうなワインをコップに注ぐと、いっきに飲み込んだ。
もうビールを飲むような勢いで、ごくごくと音を立てて飲むにその場にいた黄金聖闘士たちは思わず見入ってしまった。
飲み方が、なぜか妙に男らしかったからだ。

「……やっぱり、日本しゅがいい……」
、もうその辺にしておけ……」
「あはははっ!何言ってんのカミュ!せっかくの宴会なんだから楽しまなくっちゃね」

ウォッカにワインと度数の強いのばかり飲んでいたせいで、あっというまに酔いが回ってしまった。
完全に酔っ払いとなってしまったのを見て、周りの黄金聖闘士たちは酔っ払いに絡まれるのを防ぐためか各々で距離をとっている。
でもそんなものは酔っ払いには何の障害にもならない。周りをきょろきょろと見回すと、たまたまこのタイミングで着てしまったシャカに視線を向けた。

「シャカ~っ!」

逃がすまいと飛び掛るように走った。なぜか周りの黄金聖闘士たちは、さりげに道を空けていく。
足通りがふら付き、危ういせいで思いっきりシャカの腰にへばり付いた。

「き、君はいったい何をしているのかね?」
「ん~?シャカにへばりついてる」

珍しく戸惑っているらしいシャカが面白くて、ぎゅっとしがみ付いて下から覗くようにシャカを伺ってみる。
前から腰細いなぁ~って思っていたけど、抱きしめてみるとやっぱり細かった。けれども、やっぱり黄金聖闘士だけあって、ふらつくことは無かった。

「日本しゅ……持ってない?」
「……私は持っておらんぞ」
「ぶっきょうのでんらいは……インドからなんです~。だからにほんしゅ……」
「なんだね、その理屈は……まったく意味がわからんぞ」

まるで大きな猫のように腰の辺りでごろごろとする。シャカは剥がそうと肩を押すが、剥がされたくないので腕に力を込めて抱きつく。
普段なら野次も飛ぶかもしれない光景でも、さすがに酔っ払い。誰も目に入れようとしない。そして誰も止めない……止めると完全に絡まれるからだ。

「そもそも日本出身の者は、ここには君しか居らん。諦めたまえ」
「い~や~!飲むったら、飲むの~!」

子供のように駄々をこねると、シャカが呆れ返ったように溜息を零した。
剥がすことを諦めたシャカは、そっと肩に手を置くだけになった。絹糸のような黒髪に、そっと手を伸ばしかけた時にシオンの声が響いた。

「ほう……ずいぶんと面白いことになっておるな」
「あ~!シオンさまだぁ~!」

興味が完全にシャカからシオンに移ったらしく、ふらふらとシオンに飛び込んでいく。
シオンは両手を広げて、飛び込んできたをしっかりと抱きしめた。そして微笑み会う二人……はたから見たら完全にバカップルだ。
シオンの少し後から入ってきたムウは、珍しく顔を歪めた。自分の宮が、宴会場になっていて、なおかつ完全に酔っ払っているらしい
おそらく、誰か他の黄金聖闘士がにお酒を勧めたのだろうと判断するが……そもそも、なぜ自分の宮が宴会場になっているのかがわからない。

「いったいこれは……?どういうことですか、シオン」
「見てわからんか?ムウの誕生日を皆で祝っているところじゃ」
「あははははっ!ムウがかえってきたよぉ、シオンさまぁ」

は完全に呂律が回らず、いつもに増して賑やかな声で話しながらムウの方を向いていた。
言われてから初めて、今日が自分の誕生日だということに気づいた。

「……なぜは、完全に出来上がっているんですか?」
「うむ。それがのう……デスマスクがウォッカを飲ませてしまったんじゃ。それも丸ごと一本じゃ。……よっぽど口に合わなかったんじゃろうな、口直しに日本酒を寄越せと言い張っての。そこにアフロディーテがワインを差し出したら、一本丸ごと呑み乾しよった……と、いうことかデスマスク?アフロディーテ?」

デスマスクとアフロディーテが二人揃って噴出した。それを見た瞬間、確信するように微笑むシオン。
けれどその微笑は、どことなく黒いものを纏っていた。思わずデスマスクとアフロディーテが、蛇に睨まれた蛙……もとい、漁師に睨まれた蟹と魚となっている。

「な、なぜそれを……」
「はっ……いや、俺らはちょっと進めただけっつーか」
「微かにから、ワインの匂いがしたのじゃ。だがそれぐらいでは、は酔わん。余がの故郷である日本の酒をたまに飲ませていたからの。それよりもアルコール度が高いものでないと……大方、そこに居るカミュの持ち込んだ酒でも飲ませたんじゃろうに。あやつはウォッカを飲むのでな。……余の可愛いを、こんなにも酔わせおって……お主ら、覚悟せいよ」

シオンはそっとをベッドに置くと、逃げていったデスマスクとアフロディーテの後を追っていった。
ムウがちらりとを見てみると、こっくらこっくらと揺れている。あれだけ騒いだ後だ、きっと眠り眠りが襲ってきたのだろうと考える。

「はぁ……仕方ないですね。客室に連れて行きましょう……」

ベッドで寝ているをそっと抱えあげて、客室に向かって歩き始めた。
寝転がせると、そっと髪を撫でる。の黒髪は、艶やかでこしがあり、絹糸のようにさらさらとして気持ち良いから、いつまでも触っていたくなる。
そののいつもいつも憎まれ口しか紡がない唇が微かに開いている。は軽く身じろぐと、ぼんやりと目を開いた。

「ムウなんて、大嫌い……」

まだ意識がはっきりしていないらしく、薄っすらと潤んでいる瞳は、酒のせいで焦点が合っていない。
いつも彼女は、自分を嫌いだという。だけれども、ムウ自身は彼女を嫌いではない。むしろ、気になって仕方が無い……。
ムウは、今ならの本心が聞けるかもしれないと思い、尋ねてみた。

「どうしてですか?」
「だって……シオンさま、取っちゃったんだもん……私に残されたのは……シオンさま、だけなの」

言うだけ言うと、ふいっと目をそらす。どうも親を取られた子供のような、そんな様子。
そういえば、彼女の両親はもう居ないということを思い出した。
ああ、そういうことかと、ふいに理解できた。恐らく、彼女がシオンに向けている好意は親愛に似た信頼。

「でもね、ムウに触れるのは……好き、かも」

ちらっとムウに視線を戻すと、まるでシオンに微笑むように、ふんわりと微笑んだ。その笑みに心が跳ねた。
今まで自分に向けられることがなかったその微笑みは、酷く満ち足りた気分にさせてくれる。
ずっと欲しかったものを、ふいをついて与えられた……そんな感覚。だからかもしれない、普段なら決して顔を現さない邪な感情が支配した。

「そうだ、ムウ。……誕生日、おめで……んっ、んぅ」

全ての言葉を言い終わる前に、口を塞いだ。初めて触れるそれは、とても柔らかくて甘い。
微かに開いている隙間に舌先をねじ込むと、最後に飲んだらしいワインの味がする。その味を堪能するように、ただ本能のままに貪った。
我に返り気づいた頃には、全て手遅れで……はぐったりと寝込んでいた。

「誕生日プレゼント……と、言うことにしておきますね」

完全に眠ってしまったに、そっと毛布を被せる。このようすだと、きっと覚えていないだろうと、少しだけ残念に思いながらも安堵する。
ムウは自覚してしまった感情に、どうやって枷をかけようかと思いながら部屋を後にした。