□ 乙女心と秋の夜空 □



今日がシャカの誕生日だったのを思い出して、ケーキでも作って持って行こうと考えていたら、シャカが任務で出かけていることをシオンさまから聞いた。
せっかくの誕生日なのに、もしかしたらシャカは今日中に帰ってこれないかもしれない。
それでも、もしかしたら帰ってくるかもしれないからと、ケーキを焼くと箱につめた。
最後の仕上げに侍女のアイカテリネからラッピング用のリボンを受け取ると、箱をラッピングする。

「シャカさま、早く任務からお帰りになると良いですね」
「そうよね、せっかくの上手にできたのに……」

後はシャカが帰ってくるのを待つだけだったけれど、夜もずいぶんと更けてしまって、いつ帰ってくるのかわからない。
もうこのまま今日は帰ってこないかもしれないと考えつつ、ふと窓から外を見てみた。
満月の光が辺りを照らしていて、青白い薄明かりの中で12宮が浮かび上がっている。

「本当にシャカは……いったいいつ帰ってくるのかしら」
「そればかりは、シャカさま次第ですよ」
「そうよね……」

このままケーキを渡せなかったら、もう自分で食べてしまおうかと考えていた時、教皇宮の扉を開けて階段を下りていく人物が見えた。
満月の光に照らされて見えたのは、シャカだった。
いつの間にか帰ってきていたらしく、黄金聖衣を纏ったまま12宮の階段を下っている最中だった。
後を追うように、急いでケーキの入った箱を持つと部屋から急いで出ようと扉に手をかけたとき、アイカテリネの慌てたような声が聞こえた。

さま、どうかなさいました?もしシャカさまが帰っていらっしゃるのなら、お呼びしてきましょうか?」
「ううん、大丈夫。すぐそこだし、ちょっとシャカにケーキを渡すだけだからすぐに帰るわ」

追いつくために早足に歩くけれど、振動でケーキが崩れないように気をつけているために、なかなか追いつけない。
気が付いたら各宮を超えていて、やっと追いついた時には、天秤宮だった。
天秤宮を出てすぐの階段から、シャカに向かって声をかけた。

「シャカ!ちょっとストップ!」
「……?なぜ、このような時間に?」

声で気が付いたらしく、シャカは立ち止まってゆっくりと振り向いた。
その間になんとか追いついた。

「今日はシャカの誕生日でしょう?だからケーキを作ってきたの」
「……今日は私の誕生日だったか」

どこか呆然と呟いたシャカを見て、もしかして忘れていたんじゃないだろうかと気づいた。
シャカならありえるから、ついシャカに聞いてしまった。

「シャカ、もしかして忘れてたの?」
「ああ。だが、忘れていたというよりも、気にも留めていなかった」
「……だからいつもどおりだったのね」

呆れるようにため息をつくと、手に持っていたケーキ入りの箱をシャカに渡した。

「はい、これケーキ。シャカの誕生日だから、焼いてきたの」
「焼いてきた……これは、の手作りということかね?」
「うん。けっこう上手にできたから美味しいとは思うけど……じゃあ、私は帰るわね」

帰ろうと振り返ったとき、シャカに手首を掴まれた。
いったいどうしたのかと思ってシャカを見ると、シャカもこちらの方を見ていた。

「シャカ……?どうかしたの?」
、ずいぶんと量が多いみたいだが……」

シャカは箱の中に入っている量に気が付いたらしく、少し困ったように箱を持っている。
とりあえず焼くだけ焼いて、切らずに箱に詰めたから、かなりの量はあるかもしれない。

「うん。まるごと1ホールあるから、お腹いっぱい食べられるわよ」
「その量では、私1人で食べきれまい。、君も付き合いたまえ」
「え、でも時間が遅いし……」
「ふむ……たしかに夜も遅いな。なら、帰りは私が送るとしよう」

たしかに帰り道を送ってもらえば、何も問題はない気がする。
それに断ろうにもシャカに腕を掴まれたままで、どうすることもできない。
結局、断ることもできずにシャカに腕をつかまれたまま、処女宮へと出向いた。


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処女宮について、室内で食べるよりも外で食べようということになった。
さすがにシャカの誕生日にシャカにお茶を淹れさせるのも、おかしい気がして台所を借りるとお茶の準備を進めた。
紅茶を淹れて、トレーにケーキと一緒に並べて、それを沙羅双樹の薗へと運んだ。
沙羅双樹の薗の扉の前につくと、シャカが反対側から扉を開いてくれたらしくて扉が開いた。

「ありがとう、シャカ」
「いや、それよりもこちらへ」

シャカの後をついていくと、沙羅双樹の間にある石の方へと案内された。
その上に紅茶とケーキを載せたトレーをおくと、トレーの横に座って辺りを見回した。
青白い月光に照らされて、花畑が幻想的に浮かび上がっている。
夏の暑さもずいぶんと和らいで、草花の香りを含んだ涼しげな風が吹き抜ける。
虫たちの奏でる音色が静かに響き渡って、とても落ち着いた。

「ここはいつきても、素敵よね」
「夜の沙羅双樹の薗も、また違った趣があるだろう?」
「ええ、本当に……夜もこんなに素敵だなんて……」

シャカは隣に据わると、少しの間、一緒に景色を楽しんだ。
少しして紅茶が冷めるといけないからとケーキを勧めると、シャカはケーキを口に運んだ。

「ケーキ、美味しいでしょ?」
「ああ。あっさりとしていて、とても美味い」
「ふふっ……生地を作るときにね、レモンの皮を削っていれてみたの。それに合わせてね、中身もレモンジャムと生クリームを挟んでるのよ」

少し大きめに切り取ると、口いっぱいに頬張った。
ふんわりとレモンの爽やか香りがする生地に、甘さ控えめの生クリームとレモンジャムが口の中で絡み合って美味しい。
紅茶を飲むと、紅茶の豊かな風味が口いっぱいに広がる。
なんだか幸せな気分になってしまい、思わず笑みが浮かぶ。
ふと視線を感じて横を向くと、シャカが微かに笑みを浮かべてこちらを見ていた。
しかもいつの間にか、シャカの眼が開いていて、湖畔のように澄んだ青い瞳と視線が合った。

「フッ……は、本当に幸せそうに食べるな」
「だ、だって美味しかったんだもの」

もしかして、食べているところを思いっきり見られていたんじゃないかと気づいた。
ちょっと欲張って、大口を開けていたところを見られていたということで……さすがに恥ずかしい。

「なにも恥じることもあるまい……感情を素直に出すことは、良いことだと思うが」
「そ、そうかしら……」

なんだか食い意地が張っているように見えるけど……シャカは褒めているみたいだから、あまり気にする必要ないかもしれない。
でもやっぱり恥ずかしいのは変わらない。
恥ずかしさを誤魔化すように、ケーキの上に飾っていたチョコレートを指で摘みあげると、シャカの口元に運んだ。
シャカは少し躊躇ったらしくピタリと動きが止まった。
けれどすぐに口を開いてチョコレートを食べてくれた。

「ハッピーバーディー、シャカ」
「ああ。ありがとう、

嬉しそうな笑みを浮かべるシャカを至近距離で見てしまい、恥ずかしさで胸が苦しい気がしてくる。
耐え切れなくて横を向くと、ふいに頬へとシャカの手が伸びてきた。

「へ……な、なに?」
、少し大人しくしたまえ……」

シャカに動くなといわれて、まるで金縛りにあったように動けない。
よく考えたら、誰も来ない場所で夜更けに2人きりなんて、非常にまずい気がする。
今更になって、危機感にも似た焦りが沸いてくる。

「しゃ、シャカ……」

なんとか名前を呼んでみると、ふいにシャカの動きが止まった。
けれどすぐに、今度は顔を近づけてきた。
近づいてくるシャカに抵抗することもなく見ていると、どんどん近づいてくる。
そのまま唇の端に唇で触れると、少し暖かい感触がして、すぐに離れていった。
思わずシャカが触れた場所を指先で触って見上げると、シャカが微かに笑みを浮かべた。

「クリームが付いていた」
「あ、あ……くりーむ……クリームね」
「ふむ、甘いな……」

何も舐めとらなくても、言ってくれたら自分で拭ったのにと、煩く音を立てる心臓を気にしないように視線をそらした。

「シャカ、せめて一言いってくれれば自分でとったのに……」
「ふむ。私もそうするべきかと思ったのだが……美味しそうに見えたので、つい、な」
「お、美味しそうって……え、えぇ!?」

いったいシャカは何を言っているのかと、思わず凝視してしまった。
美味しそうだったから、食べてしまったと……でもよく考えたら、ケーキも食べていた。
もしかして甘党だったのかもしれないと真剣に考えていたら、シャカが楽しそうに喉を鳴らしていた。

「何を驚いている。今日は私の誕生日で、は祝ってくれるのだろう?」
「そ、そうだけど……でも」
「こうしてと夜を共にすることは、めったに無いことだ」

たしかにシャカの言うとおり、アテナの巫女という立場上、夜に出歩くの好ましくないから出ない。
今回はケーキを渡すだけからと言って、1人で部屋から飛び出してきたけれど、すぐに帰る予定だった。
気が付いたら、シャカと夜の沙羅双樹の薗でケーキを食べることになっていたけれど。

「なに、私が少しに触れてみたいと思っただけだ……が気にする必要は無い」
「え、それは……」
「ふむ。残念だが、迎えが来たようだ」

シャカの言葉の意味を深く考える前に、微かにだけど、見知った小宇宙が近づいてくるのを感じた。
これは童虎の小宇宙だと気づいて、立ち上がると片付けるためにトレーを持った。

「シャカ、そろそろ部屋に戻りましょうか……」
「そうだな。老子を待たせるわけにもいかない」

処女宮に入るための扉を開けると、急いで台所にトレーを置いて片付けた。
少しして童虎が処女宮に着いたらしく、洗物を終わらすと同時に童虎が台所に入ってきた。

、いつまで処女宮におるんじゃ……あまりに遅いとの侍女が心配しておったぞ」
「あ、そういえばすぐに帰るって言ったまま出てきたんだっけ」

すっかり忘れていたけれど、かなり心配しているかもしれない。
童虎が迎えに来たのも侍女に頼まれてきたみたいだった。

「あまり心配をかけるもんじゃないぞ」
「うん、すぐに帰らないと。シャカ、もう帰るわね」
「ああ。おやすみ、
「おやすみなさい、シャカ」

シャカに軽く手を振ると、笑みで返しえてくれた。
それが嬉しくて、思わず微笑み返したら童虎から呆れたようなため息が聞こえてきた。

「おぬしら、仲が良いのう……」
「そうかしら」
「なんというかあれじゃのう、無自覚ほど怖いものはないのかもしれん……」

ふと童虎の方を見てみると、引きつった笑みを浮かべつつ、腕を組んでいた。

「童虎?」
「ほれ、シオンに見つかる前に急いで戻るぞ」

そういえば、こんな時間に出歩いていたなんてことをシオンさまに知られると、後で何を言われるか。
機嫌を損ねて、お説教されるかもしれない。
少し早足で歩き始めた童虎に急いで付いていった。