□ SECRET SURPRISE □




教皇の執務室から出ると、シオンさまから頂いた線香花火を見上げる。
この真冬に、どういう経由でシオンさまの手元に渡ったのかは謎だけど、貰ってしまった以上使わないといけない。
沙織ちゃんは今は出張でいないし、1人でするのも寂しい。悩みながら歩いていると、向こうからミロが歩いてくるのが見えた。

「よっ、!こんなところで何してるんだ?」
「あ、ミロ。ちょっとシオンさまに呼び出されてたの。今は、その帰り。ミロこそどうしたの?」
「ああ、任務が完了したんでな。その報告に来たんだ」

ミロの視線が手に持っている線香花火にそそがれているのに気づいた。
持っていた線香花火をミロの前に掲げると、ミロの視線がそのまま移動する。

「もしかして、これが気になるの?」
「ああ。それはなんだ?さっきも気にしながら歩いていたようだったが……」
「これはね、線香花火よ」
「花火?こんな細い紙糸みたいなもんが花火だと?」

興味津々と言わんばかりに、ミロは線香花火を凝視している。
まるで子供みたいな目をしているミロが微笑ましくて、笑みがこぼれる。

「そっ。これでも日本の夏の風物詩なのよ。浴衣とか着て縁側で花火をするの」
「ほぉ。それは見てみたい」
「あはは、浴衣は寒いから無理よ」
「そういえばカミュの誕生日プレゼントは決まったのか?まだだったら、それをあげればいいんじゃないか?」
「これを?本当は、ミロが見てみたいだけじゃないの?」

冗談半分に笑いながら言うと、ミロはアイオロスに負けないくらいの爽やかさで笑った。

「ははっ、そうだな。正直に言えば俺も気になる。だが、カミュも興味を持つと思うぞ?」
「そう?ならカミュを誘って一緒にしようかな。ミロも、もちろんするんでしょ?」
「ああ、もちろんだ。なら、カミュの誕生日の日にしないか?」
「それはいいわね!そうしましょ!」


とても素敵な提案だったので、楽しくて思わず笑顔になってしまう。
小さなサプライズとして、ミロと2人でカミュを誘う計画を練った。



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誕生日というなの免罪符で催された宴は、とても賑やかで楽しいものだった。
宴もたけなわになる頃、自宮に帰っていく者にそのままその辺で転がって寝る者も出てくる。
頃合を見計らってそっと宝瓶宮を出ると、人通りの少なそうな神殿の死角に回り込む。
少ししてカミュを連れたミロの姿が見えたので、手を振りながら小声で呼んだ。

「ミロ、カミュ!こっちよ!」
、そっちに居たのか!」
か?2人共、どうしたというのだ」

訳がわからずにいるカミュをそのままにして、線香花火の封を切ると中から線香花火を取り出した。
取り出した一本の線香花火をカミュの前に持っていくと、不思議なものでも見るようにカミュは線香花火をみる。
ミロの言ったとおり、カミュも興味を持ったらしい。

「カミュ、ちょっとこの紐の端っこを持ってくれる?」
「ああ、わかった。で、これをどうするのだ?」
、俺の分は?」
「わかってるわよ。はい、これミロのぶんね」

まるで子供が物珍しいものに興味を持つような、そんな眼差しのミロにも線香花火を渡す。
マッチで火をつけると、2人の線香花火に火をつけた。火の玉が先端に出来て、やがて火の玉を中心にパチパチと弾け始める。
カミュは、少し驚いたように目を見開いて、その光景を真剣な眼差しで見ていた。

「これは、花火か?」
「うん。そうよ。線香花火っていうの。可愛くて綺麗でしょう?」
「ああ、綺麗だ。こんなに小さいのに、可憐で美しいな」

線香花火を見つめながら、カミュはとても穏やかに微笑む。ミロもミロで食い入るように線香花火を眺めている。
その光景を見ると、ミロとカミュを誘ってよかったと思えて小さく微笑むと、線香花火へと視線を戻した。
だんだんと火の玉が大きくなるにつれて、周りにいくつもの火花を散らして、火の花をいくつも咲かせ始める。
冬の空気は寒いけれど、澄んでいて火花がよりいっそう美しく輝き、幻想的な美しさをみせる。

「真冬の花火って、なんか2人を見てるみたいね」
「これが私たちだと?」
「そう。冬の寒さがカミュで、この花火がミロ。冬の澄んだ空気が花火を引き立てて、花火も全力で輝くの。ね?二つ揃うと、効果倍増」
は面白いことを言う」
「ははっ、ほんとだな。これが俺たちに似ているなんて言うのは、きっとくらいだろう」

2人とも笑っているが、それがとても穏やかな微笑みだったので、なぜか心が温かくなった。
おかげで反論する気も失せてしまって、同じように微笑む。

「そういえば。これは、日本から持って来たのか?」
「これ?これね、シオンさまから頂いたの。最初は、沙織ちゃんとしようかなって思ってたんだけど、出張中で居ないみたいなの。それで誰と一緒にしようかなって悩んでたら、ミロがたまたま通りかかったのよ」
、それは……もしかして教皇が一緒にしたくて、に渡したということでは?」
「え、シオンさまなら自分で言うと思うけど?」

ずいぶんと小さくなった線香花火は赤い玉になって、下にポトリと落ちた。
ふだんのシオンさまだったら、いちいち遠まわしなことはせずに直接くるのはず。
それは無いと思い首を振りながら、次の線香花火をミロとカミュに渡すと、またマッチで火をつける。

「そうか。では、私の気のせいかもしれない。さきほど教皇と会ったときに、珍しく落ち着きがなかったのでまさかと思ったのだが」
「そういえば、デスマスクが教皇にあまりしつこいと嫌われると助言してたって、アフロディーテが笑いながら言ってたぞ。教皇、その時は笑い飛ばしてたらしいが……案外、気にしていたのか」
「え、ということは……シオンさま、本当は一緒にしたかったの?」

妙な沈黙が広がって、線香花火の音だけがパチパチと響く。
少しして、手に持っている線香花火をじっと見つめていたカミュが口を開いた。

「そういうことに、なるな」
、3人でしたことは黙っていような」
「わかったわ。じゃあ、三人の秘密ね?」

小さく首を傾けてカミュとミロに問いかけると、二人ともなぜか固まった。
不思議に思って二人の名前を呼ぼうとした瞬間、慌てたようにカミュもミロも首を縦に振る。

「ああ、そうしよう」
「そうだな、三人の秘密だ」

小さなサプライズが、小さな秘密になった瞬間だった。
3人だけの秘密の共有は、こそばゆくもあり新鮮で、まるで小さな子供が秘密基地を作った時のような高揚感があった。
気づけばあと少しになった線香花火を三人で寒空の中で楽しんだ。