□ 将を射んとすれば腹を射よ □





処女宮で瞑想中のシャカのところにお邪魔して、シャカの前に座り込んで、かれこれ30分くらいは経っただろうか。
シャカが誕生会を拒否しなかったら、とんとん拍子で話が進んでいたのにと思わず溜息がこぼれる。
明日が誕生日だというのに、シャカは「お祭り騒ぎなど、もってのほかだ」と言い切って一向に許可をしてくれなかった。

「何が楽しいのか、皆目検討がつかん」
「楽しいというか……おめでたい日だから、祝うのよ?」
「私は祝ってもらっても嬉しくは無いが?」

シャカは一度こうと決めたら、よほどの限り考えを変えない。
終わりの見えない展開を終わらせたいために必死で考えた結果、考え方を変えさせようと思いついた。

「じゃあ、こう考えましょう。シャカの誕生日を祝うんじゃなくて、敬うというのはどう?」
「む、それならば許可しよう」

あまりにあっさりと許可がでたので、今までの苦労は何だったのだろうと愕然とする。
もっと早くにこうしていればと、少しだけ後悔した。

「ただし、条件がある」
「じょ、条件?それってどんな条件?」

無理難題でもふっかけられたら、どうしようかと息を呑みながらシャカの返事を待った。
シャカはなぜか、少しだけど間を空けてから口を開いた。

「……、君はお酒は禁止したまえ」
「はい?なんで、私だけお酒禁止なの?私、お酒はけっこう強い方だけど?」
「強いからこそ、飲み過ぎてしまうのだろうな。以前、君は飲み過ぎて私にからんできたことがあるのだよ」
「………すみません、覚えてないデス。えっと、シャカが嫌がるくらいってことは……そんなに凄かったの?」

こくりと、静かにシャカが頷いた。
いったいどんなことをしたんだろうと、冷や汗をかきながら待っていると、シャカが溜息混じりに呟いた。

「腰にしがみ付いて離れなかったのだ」
「こ、腰……?」

ちらりとシャカの腰の辺りを見てみる。たしかに、男性にしては細い。
ものすごく引っ付きがいがあったのだろうということはわかった。
記憶があやふやなのがとても惜しく思えたのは、口が裂けても言えないと思った。

「む、何か邪まなことを考えていないかね?」
「え、何言ってるのっ……な、何も考えてないわよ?」

さすがにシャカは感がいいのか、考えていることをうすうす感じ取っているらしい。
思わず冷や汗を流しながら、話をどうやって逸らそうかと考える。

「ああ、それと条件がもうひとつある」

話が逸れそうなのを良いことに、もうこの際どんな条件でも飲む仕方ないと思いながら、シャカの話に耳を傾けた。





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処女宮奥に設置された、大きなテーブル。その上に大量の料理を置き終わると、溜息とともにぐったりとテーブルに設置された椅子に座り込んだ。
もう1つの条件、それが日本料理を作ることで、その時は深く考えずに了承した。
まさか後になって黄金聖闘士全員分という量を作ることになるなんて、その時は全く考えてなかった。
テーブルに持たれるように座り込んでいるとシャカが近づいてくる。

「もうダメ、しんどい……私、こんなに料理を作ったのは初めてだわ」
「ご苦労だった。ゆっくりと休みたまえ」
「シャカは相変わらずよね……まあ、いいわ。ゆっくりと休ませて貰うから」

立ち去っていくシャカを目の端で捕らえながら、テーブルの上でぐったりとうつ伏せる。
後は、招待した黄金聖闘士全員が来るのを確認するだけだから、ゆっくりと休憩しようと決めた。
ふいに、すぐ近くで誰かの気配を感じたのでゆっくりと起き上がり振り返ると、そこには気遣うようにこちらを見ているサガが立っていた。

「大丈夫か?」
「大丈夫……じゃない、かもしれない」

正直に大丈夫と返事をする直前に悪戯心が湧いてきて、いきなりテーブルの上に突っ伏してみた。
そうしたら思ったとおり、驚いたらしいサガが慌てて近づいてきた。

「お、おいっ!!?」
「っ……ふ、ふふっ。ごめん、冗談」

真面目なサガの慌ている反応が面白くって、思わず笑ってしまった。
けれどすぐに笑うのを止めてサガを見ると、サガは困ったように笑っている。

「はぁ……まったく、本当に心配したぞ」
「ちょっとしたイタズラのつもりなんだけど、心配かけて本当にごめんなさい。体力的には大丈夫なんだけど……ほら、普段しないことをするととても疲れるじゃない?」
「まあ、それもそうだな。それに関しては、すまないな。教皇のわがままを聞いてもらって」
「あ、あはは……サガのせいじゃないから気にしないで。それにシオンさまだけじゃないから、あまり気にしてないわよ」

そう、うっかりシオンさまにシャカに料理を作るって言ったら、食べたいと言い始めて、結局は作ることになってしまった。
しかもそれを小耳に挟んだ、デスマスクとアフロディー手も一緒になって興味があるから食べてみたいと言い始めて、こうして全員の分を作ることになった。

「元はといえば、シャカが言い出したんだし……それに、デスマスクとアフロディーテも食べたいって言ってたし……」
「まるで私たちが原因みたいな言い方に聞こえるけど?」
「オレにもそう聞こえたぜ?」
「あ、アフロディーテ。デスクマスクも。そう?気のせいじゃない?」

相手にするほどに気力が残ってなかったので、あいまいに微笑んで適当に誤魔化した。
アフロディーテはとても綺麗に微笑み、その横でデスマスクが人相の悪い笑みを浮かべていた。

「フフっ。そうかい?じゃあ、そういうことにして置いてあげるよ」
「本当に良い性格してるぜ」
「それはありがとう」

にっこりと笑顔で返すと、デスマスクがまるで小さい子にするように頭の上に手をぽんぽんと置いた。

「にしてもよ。これだけの料理って結構大変だったんじゃねぇか?」
「そう!大盛りで13人前も作ったら凄く時間がかかって、仕込みとかもしてたら6時間もずっと料理場に立ちっぱなし!とくに煮込み物に揚げ物って凄く時間がかかって大変だったのよ」

思わず声が大きくなってしまったけど、そんなことを気にしていられなかった。
サガとアフロディーテは感心したような驚きをした後、作り上げた料理を見渡して感慨深く見ていた。
デスマスクだけは凄く嫌そうな顔をしていた。恐らく、彼は料理が得意らしいから大変さが解ったのかもしれない

「うげっ……料理に6時間って……おめぇーもよくやるな」
「そんなにかかるものだったんだね……」
「ああ、本当に凄いな」

三人の反応に煮込みと揚げ物の大変さを理解してくれた気分になり、少しだけ苦労が報われた気がした。

「うん、だからしっかりと味わって食べてね。……口に合うかはわからないけど」
「いや、の作ってくれたものだ。口に合わないことは無いはずだ」
「ああ、ありがたく頂くとするよ」

気を使ったらしくアフロディーテとサガの二人がテーブルの向こうへと立ち去って行く。
それを見て、またゆっくりと椅子に座りテーブルにだらける。

「それにしても、嬢ちゃんにしてはたいしたもんだな。あのシャカが許するなんてよ。で、どんな手段を使ったんだぁ?」
「……敬う日って、言ってみた……」
「なんじゃそりゃ……ま、あってるっちゃあってるがな」

呆れたようなデスマスクから視線を外して、独り言のようにぽつりと本音を呟いた。

「でもなんで私が料理を作らないといけないのかしら……レパートリーなんてほとんどないのに……」
「私が日本食を一度食してみたいと思ったからだ」
「シャカ?!……いつのまに」

さっきまで居たデスマスクは、気づいたらアフロディーテの方に居た。
これはもしかして、苦手なシャカが着たから逃げたんじゃあと思った。
シャカはなぜか人の横に座り、テーブルの食事に箸をつける。

「、これはなんという料理かね?」
「それは……肉じゃが」
「ふむ、なかなか美味い」

チラリと横目でシャカを見ていると、箸の使い方も完璧で、動作も流れるように自然な食べ方で綺麗だなと眺めていた。
それにしても、日本人じゃないのになんでこんなに箸の使い方が綺麗なんだろうと、竜田揚げに箸を伸ばしているシャカを眺めながら思った。

「これはなんだね?」
「それは……サバの竜田揚げ」
「……ほう、これも美味い……、嫁に来たまえ」

文字通り、ピシリと固まった。一瞬、シャカが何を言っているのか理解できなかった。
そしてさっきまで賑やかに食事をしていた他の黄金聖闘士たちも、なぜかその時だけは身動きが止まっていた。

「シャカ、どうしたの急に……そんな冗談を言うなんて……熱でもあるの?」

手を伸ばして、シャカの額に手をそっと当てて体温を測ってみる。
熱くはないので、別に熱があるってわけではなさそうだった。

「私は至って普通だが……君には、そう見えるのかね?ふむ。この人口密度のためか、もしや普段より部屋が暖かいのが原因かも知れぬ。少しばかり風にあたってくる」

もしかして普段は静かな処女宮に、黄金聖闘士を全員呼んだのが不味かったのかと考えた。
慌てて外に追いかけると、処女宮の入り口から少し先で涼んでいるシャカを発見して、すぐに駆け寄った。

「気を悪くしたのなら、ごめんなさい。でもお料理を作っただけで、嫁に来いは……冗談としか考えれなくて。それに、処女宮に黄金聖闘士全員呼んでしまって……騒がしくして、ごめんなさい。教皇の間を使わせてもらえば、よかったかもって少し反省してるの」
「そうか……案ずるな、私は気になどしてはいない。それに、たまにはこういうのも悪くないと……思えるのだよ」

微かに微笑むシャカを見て、気分を悪くしたわけではなさそうだったので、安心した。

「ちょっとまって、シャカ……」

ポケットから誕生日プレゼントにと用意した数珠を取り出して、そっとシャカの手に握らせる。

「お誕生日おめでとう、シャカ」
「これは……数珠かね?」

返事の変わりに頷くと、瞳は閉じめいるのにまるで見つめるように数珠に向かい顔を傾ける。

「それ、ヒイラギの木でできてるの。小さい頃に住んでた家の庭にヒイラギの木があって、なんであんなにチクチクしてるの?って聞いたら、ヒイラギには魔除けの効果があるからよって言われたの」
「ほう、それは面白い」
「でしょう?だからね、シャカのプレゼントに丁度いいかもって思ったの」

どうやら気に入ってくれたらしく、シャカの雰囲気が普段よりも柔らかくなった。
それが嬉しくて、顔が緩んでいく。

「ふむ。やはり君は、私の嫁になるべきだと思うのだがね」
「え、あ、その……」

いきなりのことに言葉が詰まった。しかもこれで2回目。シャカが冗談を言うなんて……ありえない。
もしかしてこれは、本気で言ってるのではと思ってしまう。
顔にどんどんと熱が溜まっていく、まともにシャカの方を見ることができない。

「フッ。本当に君は、見ていて飽きない」
「シャ、シャカ!それはいったいどう、いう……」

聞き捨てならないと思いシャカの方をみると、目が開いていた。
不思議な色合いをした、とても綺麗な瞳が、薄っすらと微笑をたたえながらこちらを見ている。
近づいてきたシャカに、そっと頬に手を添えられる。シャカの瞳に魅入るように固まってしまい、動けない。

「……そのままの意味だ」

するりと撫でるように、頬から手が離れていく。
それは本当に少しの間の出来事で、気づくと目を閉じたいつものシャカがそこにいた。

「さて、外もずいぶんと冷えてきた。そろそろ自宮に戻るとするか」

戻っていくシャカを呆然と見つめながら、さっきまで触れていた場所を手で撫でる。
だんだんだと思考能力が戻ってくると、シャカの手の感触とずいぶん近い顔の距離を思い出して、顔に熱がこもる。
シャカの行動の真意はわからない。
でもあの時、なぜ茶化したりふざけたりしなかったのか……まるで自分が期待していたみたいで、恥ずかしさが襲ってくる。
せめてこの顔の熱が引くまで、外で涼んでいようと決めて、ついでにまだ来ていない黄金聖闘士と教皇を待つことにした。。