□ 小さな出会い □
師に言われた聖衣の修復がひと通り終わった頃、一息ついて背を伸ばす。
できた聖衣を見ると、全体的なヒビは全部消えてるけど、まだ輝きが足りない。
聖衣には命が宿っているから、下手なことをせずに教えてもらうのが一番だと判断して、そこで聖衣の修復を終わらせた。
「ふぅ……さすがに師のようにはできませんね」
誰も入ってくることのない仕事部屋に、誰か人が入ってくる気配がする。
師が入ってきたのかと思って振り返ると、自分と歳がさしてかわらない5,6歳ほど女の子が入ってきたから驚いて見つめてしまった。
その見覚えの無い女の子は、腰まである黒髪に光が反射して美しく輝いて、大木の温もりを感じさせる焦げ茶色の瞳は好奇心に溢れていてこちらを見ている。
「ねえ、ここでなにしてるの?」
「わたしは……聖衣の修復しているんです。あなたは……」
「私?私はね、母さまがシオンさまとお話してて……ひまだから、探検をしてるの!」
母親が師と話していて、暇つぶしに探検をしているということは……きっと、師に会いにきた客の子供だろうと納得した。
それによく見てみると、着ている服が上質のものだった。とても聖闘士に弟子入りした子供には見えなかった。
気づくとその子は、聖衣に近づいて珍しげに眺めていた。
「これがくろす?これを……しゅうふく?してたの?」
「そうです。修復は、直して元の状態にすると言う意味ですよ」
何度も"しゅうふく"と"元の状態"言う言葉を口に乗せると、やっと納得したらしく何度も頷いた。
「すごいね!これを1人でなおしたんでしょう?」
「ええ……まあ。でも、まだまだですね」
すごく純粋な眼差しでこちらを見てくるから、その慣れない視線に居心地の悪さを感じてしまい、思わず視線から逃げるように聖衣を見た。
「どうして?」
「聖衣は生きているんです。だから、命の輝きがあるんです。でも、この聖衣は……命の輝きがないでしょう?」
「命のかがやき……」
聖衣を始めてみるその子に命の輝きがと説明しても、きっとわからない。それでも、なぜかこの少女に説明してしまう。
その子の方を見てみると、思ったとおりに困ったような顔をしていた。
「ごめんね。ムズかしいことは、よくわからないの。でもね、あなたがすごいってことはわかるよ」
本当に不意打ちだった。困っていた顔から、穏やかで柔らかな笑顔で"すごい"と誉めてくる。
その柔らかな笑顔に、なぜか少し胸が締め付けられるように苦しくなった。
「あ、そうだ!これ、あげるね!」
ポケットから何かを出すと、目の前に出された。小さな包み紙に入っているけど、はじめて目にする包みだったので、受け取るのに躊躇った。
「これは……」
「これ?アメちゃんだよ?甘くておいしいの!」
なかなか受け取らないでいると、何か勘違いしたらしいその子は、小さな包み紙を開いた。
指でつまんだ桃色のアメ玉を顔の前に差し出される。
「はい、あ~んしてみて」
「え……」
いきなりのことで呆然としていると、半開きになった口にアメを押し込まれた。
口に入ったそれはとても甘くて、いちごと牛乳の香りが口の中いっぱいに広まった。
何が嬉しいのかわからないが、その子はとても嬉しそうに微笑んでいる。ただ、それがとても印象的だった。
「ね、甘くておいしいでしょう?」
「え……あ、はい」
その子の笑顔に釣られるように頷いていると、遠くから女性の声が聞こえてきた。
その声は誰かの名前を何度も呼んでいて、その声に女の子が反応して振り返った。
「あ、母さまが呼んでる!じゃあ、私はもう行くね!」
返事を返す前に、その子は母親のところに行ってしまった。
名前くらい聞けば良かったと少し残念に思ったが、もうこの女の子とは会えないのに何をと思った自分が居た。
その子が慌しく出て行った後には、甘いアメの味と、それに負けないくらいの甘い切なさと、女の子の笑顔だけが脳裏に残った。