□ 新しい風 □
部屋の前でシオンさまと別れたあと部屋に入ると、ちょうど部屋の掃除をしていたアイカテリネが部屋にいた。
アイカテリネは嬉しそうに微笑むと、そのまま頭を下げた。
「おかえりなさいませ。さま」
「ただいま、アイネ。シオンさまが夕食会を開いて、みんなを呼ぶらしいから準備をしないと」
部屋に備え付けられた浴室に向かうと、軽くシャワーを浴びて、髪をしっかりと乾かす。
乾かし終わると、香油を塗るからとベッドに連れて行かれ、そのままベッドに横になった。
良い香りのする香油と、心地よいマッサージに眠気が襲ってくる。
このまま眠るのは良くないと思い、眠気覚ましにアイカテリネに話しかけた。
「そういえば、アイネは知ってる?地下の部屋に隠し通路があるってこと・・・・・・」
「いえ、存じ上げませんでしたが・・・・・・」
「じゃあ、地下の部屋に扉が壊れた部屋があることは?」
「壊れた扉ですか?それなら、ずいぶんと前からあるようでしたが・・・・・・誰も使わない部屋ですので、放置されているとお聞きしました」
たしかに使わない部屋だったら、放置されていてもおかしくない。
香油が塗り終わると、用意された新しい服に手を通した。
服を着ると同時にアイカテリネが櫛を持ってきて、髪を解いて綺麗に結始める。
「その部屋にね、実は隠し通路があったのよ。それをシオンさまが見つけたの」
「そんなところに通路が・・・・・・」
「私も全く気付かなかったのに、シオンさまが少しの違いで見抜いちゃったの。というか、あれは修復師と長年の感で見つけられたと思うんだけど・・・・・・」
「さすが教皇さまですね」
「本当に、シオンさまってすごいわ」
聖闘士として、教皇として本当に尊敬するし、シオンさまが教皇で良かったと今更に思ってしまう。
きっとシオンさま以外、教皇に適している人なんていないんだろなぁと考える。
「・・・・・さま?」
「シオンさまもアテナに報告するって言ってたから、もう沙織ちゃんに報告済みかも・・・・・・みんなには、たぶん夕食の席で報告するんだと思う」
最近覚えたばかりのメイクを薄く施していく。
鏡の前に立つと、変なところがないかチェックして、何も変なところがないのを確認すると、軽く回転してみる。
何の違和感もなくて、これなら大丈夫と思わず笑みを浮かべながら椅子に座った。
少し空いた時間まで、アイカテリネが紅茶を出してくれた。
「あのね、少し聞きたいんだけど・・・・・・アイネは、エレナって子を知ってる?すごい庶民って感じの子なんだけど」
「エレナ?・・・・・・女中のエレナですか?赤茶色の髪で、青い目のした・・・・・・少し小柄な子で」
「そうそう。たまたま地下で出会ったの」
アイカテリネは、すごく懐かしそうに目を細めた。
きっと女中だった時に、仲が良かったのかもしれない。
「そうですか。エレナは、元気でしたでしょうか?」
「うん、なんかすごい元気だったわ。なぜかすごく親しみある感じで話しかけてきて驚いたけど」
「相変わらずですね。エレナはとても利発で、自分の立ち回りを理解していましたので、女官の方々からも信用されていたようです」
ふと、それってもしかしてかなり有能な部類なんじゃないかと思ってしまう。
アイカテリネも気に入っていたみたいだし、シオンさまに侍女を増やしたいと相談してみよう。
「それなら、侍女として働いて貰った方がいいのかも。ほら、アイネもエレナがいたら助かるでしょう?」
「いいのですか?」
「うん、元々は同室の女中仲間だったんでしょ?」
「え、ええ。お気遣い、ありがとうございます」
時計を見ると指定された時間まで、まだ少し時間がある。
話すなら早い方が良いから、今のうちにシオンさまの所に行ってみることにした。
「なら早速、シオンさまに相談してみるわね」
「はい」
残った紅茶を飲み干すと、童虎のいる部屋に向かい、扉を叩いた。
童虎は眠っていたらしく、少し眠そうに頭を掻きながら出てきてくれた。
「なんじゃ、もう時間か?」
「眠っているところ、ごめんね。少し早いけど、シオンさまに話したいことがあるの」
「話したいことか?よくわからんが、シオンの所に向かうのじゃろう。先に部屋にいるはずじゃ」
童虎を連れて、夕食の準備ができている部屋へと入った。
けっこう早いから誰も来ていないと思っていたら、シオンさまが先に来ていた。
なぜかエレナもシオンさまと一緒にいて、シオンさまと何か話しているみたいだった。
「ああ、か」
「シオンさま、早いですね」
「用事があってな。それよりも、新しい侍女のことだが・・・・・・」
新しい侍女と言われると、もしかしなくてもエレナのことだと気づいた。
紹介される前に、待ちきれずにシオンさまに訪ねてしまう。
「もしかして、エレナが新しい侍女ですか?」
「ああ、エレナは承諾した。後はの方だが・・・・・・」
「私もちょうど、エレナを侍女にとシオンさまに頼もうと思っていたところなんです」
「そうか。ならば話は早いな。手続きはこちらで済ませる。後は、アイカテリネに任せることにしよう」
あまりの手際の良さに、さすがシオンさまと思わず感心してしまう。
そういえば、アイカテリネはまだ部屋にいるはず。
早く向かわないと、ほかの用事で居なくなるかもしれないことに気づいた。
「アイカテリネなら、まだ部屋にいるはずだから、急いだほうがいいわ」
「ありがとうございます、さま。では、席を外させていただきますね」
エレナは頭を下げて礼をすると、アイカテリネの所へ向かっていった。
「お主にしては珍しいのう」
「何がだ?」
「自分で侍女を決めてくるなど、あまりしない方だと思ったんじゃが・・・・・・」
「・・・・・・適応力や判断力が高く、頭も悪くない方だ。適性が高いと判断したまでだ」
そういえば地下で、すぐに巫女だと気づいた上に匿ってくれたことを思い出した。
あの時は驚いたけど、やっぱりシオンさまの言う通り、エレナは潜在能力が高いのかもしれない。
それに年が近いせいか、なんだか話しやすくて安心するところもある。
「私も、エレナは面白い子だからとても良いと思うわ・・・・・・それに私からも頼むところだったから」
「なんじゃ、も気に入っておったのか」
「気に入ったというか・・・・・・決める決めないにしても、いつかは増やさないといけないらしいから。それに、侍女が1人だけってアイネも大変そうじゃない?」
朝から晩まで毎日見ている気がするし、たぶん休みなしで働いているんだと思う。
たまにはアイカテリネにも休みをあげないと、そのうち倒れるかもしれない。
それにエレナは、なんだか話しやすい感じがする子だったし、どこか面白い。
「そうじゃのう。いつまでもアイカテリネ1人というわけにもいかんしのう」
「うん。とても気が利いてくれて、すごく良い子だから、つい頼ってしまうところもあって・・・・・・休ませるということを、つい忘れていたわ」
アイカテリネは聖闘士じゃなくて一般人だから、体力だって一般的なはず。
それなのに、忘れてしまい朝から夜遅くまで休みなく働いてもらっていた。
今まで侍女を増やすことなく、アイカテリネ1人に負担を追わせていたとしたら、申し訳ないことをしていたのかもしれない。
思わず自分の未熟さに落ち込んでしまい、自然と視線が下がっていく。
ふいに肩に手を置かれ、振り向くとシオンさまが居た。
「そう案ずるな。少しずつ、慣れていけばいいことだ」
「シオンさま・・・・・・ありがとうございます」
シオンさまには何を考えていたのか解ってしまったらしく、どこか労わるように微笑まれた。
気遣いが嬉しくて暖か気持ちになると同時に、シオンさまも似たような経験があるのかもしれないと思ってしまった。