□ 隠された通路 □



突然のシオンさまの登場に驚いていたエレナは、すぐに立ち上がり床に膝を着くと頭を下げ、女中らしく綺麗な礼をとっていた。

「・・・・・・も、申し訳ありません。巫女様に、馴れ馴れしい態度を・・・・・・」
「ああ、それは私が決めることではない。が不快だと思えば、問題だが・・・・・・気さくに話しているようだからな」

さっきまでの砕けた口調と違って、慣れているような流暢な話し方に思わず驚いてエレナを見てしまう。
よく見ると、頭を普通よりも深々と下げていて、かなり緊張したように固まっている。

「エレナ、大丈夫よ。シオンさまはそこまで厳しくないわ・・・・・・」
「そ、それはあれでしょうか・・・・・・巫女様の前だけーってことは・・・・・・」

恐る恐る見上げてくるエレナに、思わず苦笑してしまう。
シオンさまは、興味無さそうに軽く視線を送るとすぐに部屋を見渡した。

「それは、たぶん無いと思うけど・・・・・・ありませんよね、シオンさま」
「あ、ああ。いったい何を勘違いしているかは知らないが、さすがにの前だけ対応が違うということはないぞ」
「左様でございますか・・・・・・」

エレナは安心したように息をつくと、早くこの場所から立ち去りたいらしく視線を何度も扉の方に向けている。
話し方はガラリと変わったけど、根本的なことは変わっていないらしくて、なんだか面白い。

「シオンさまは、どうしてここに?」
が地下へと向かったようだったからな、様子を見に来たのだが・・・・・・この部屋、廊下と空気が少し違うな・・・・・・なるほど、微かにだが風が通っている」
「・・・・・・風?」

言われてみれば、この部屋の空気だけ廊下の空気と少し違う気がする。
地下だから窓なんて付いていないのに、きちんと空気が循環されているのはおかしい。

「エレナと言ったな。この部屋は、ふだんは何に使っている?」
「はい。この部屋は、それほど大きくない物を仕舞うための物置として使っております」
「そうか・・・・・・扉の方は、壊れているな。これはいつから壊れていた?」
「私が女中として仕え始めた頃から、すでに壊れておりましたので・・・・・・古くから壊れていたようでございます」
「ずいぶん昔から壊れていたという事か・・・・・・放置していたということは、わざとだな」

長年わざと放置されていて、女中のエレナも知っているということは・・・・・・聖域の女中や女官も知っていて、なおかつ何か目的があって放置されていた可能性がある。

「え、まさか前に賊が入った時の侵入通路って・・・・・・この部屋?」
「ありえるな。だとすれば、どこかに通路が隠れているはずだが・・・・・・」

空気が違うってだけで、風の流れがはっきりしているわけじゃないので、わからない。
いったいどこだろうと考えていると、ふと床を見下ろしてみると絨毯が目に入った。
こういうのって、よく床下に隠してあるらしいけど・・・・・・そんな単純なことがあるわけないわよね、と思いつつ絨毯をめくってみる。
床は石の作りらしくて、石を並べた時の線が薄くと見えるくらいで、何もおかしなところはない。。
ただ、切り取られて並べられている床石のサイズが、ちょうど出入口を作るにはピッタリの大きさには見える。

「この線って・・・・・・サイズが良い感じよね」
「ああ、そうだな。ふむ、床だとしたら・・・・・・頻繁に使用する場合は、あまり物を置かないはずだ」
「それなら、絨毯を捲って床を叩いてみます?音が変わればそこが怪しいはずですし・・・・・・」
「どかせるか・・・・・・」

シオンさまが少しめんどくさそうに呟くから、てっきり兵士でも呼んできてどかせるのかと思っていたら、おもむろに片手を前に持ち上げた。
そのとたん、床に置いてある物が全て浮き上がり、残った絨毯が器用に巻かれていった。
そのまま置いてある物と巻いた絨毯を片隅に移動していき、見事に床石だけが残った。
そこでやっと、そういえばシオンさまもサイコキネシスが使えたんだっけと思い出した。

「・・・・・・サイコキネシスって、便利ですね」
「うわぁ・・・・・・スゴっ」
「便利と言えば便利だが・・・・・・あまり多用するものではないからな。それよりも床石だ。何かおかしなところはありそうか?」

見た目は本当に石の模様のが少し入った床石で、何の違和感もない。

「見た目は変わりません・・・・・・あ、いっそうのうこと全部の床石を叩いてみるとか・・・・・・」
「わかりました!巫女様、全部の床石を叩いてみます!」
「え、あ、うん」

エレナは座り込むと、足元の床石を叩き始めた。
そのまま少し進んで、また床石を叩いて、また少し進んでを繰り返していく。
なんだかエレナだけにさせるのも何か悪い気がして、エレナと一緒になって床石を叩いてみる。

「とくにおかしい音がする場所なんて無いわよね」
「ですよねー。見た目なんて全然わかんないしー」

エレナと2人で床石を叩いていると、シオンさまは真っ直ぐに部屋の奥へ向かって歩き始めた。
一番奥の角まで来ると、その場で座り込んだ。

「この部分、素材が違うな・・・・・・」
「え、そうですか?同じように見えますが・・・・・・」

シオンさまの場所まで行ってすぐ横に座り込む。
念の為に床石を叩いてみるけど、音は他の床石と変わらない。
それにどうみても、他の石と全く同じに見える。
シオンさまは、撫でるように床石に触れ、すぐに手を止めた。

「いや、似たような石に見えるが・・・・・・触り心地と、熱の伝わり方が少し違う」
「・・・・・・もしかして、修復師だからこういう素材当てが得意なのかしら?」
「噂には聞いてましたが、あれって本当だったんですねー」

すぐ後ろでエレナも珍しいものを見るように覗き込んでいるけど、シオンさまは全くに気にせずに床石に集中している。

「ああ、それとよく見ると・・・・・この床石と他の床石の継ぎ目に、砂埃が全くないな」
「え、継ぎ目・・・・・・あ、端っこの方に、ほんの少しだけ隙間がある気が・・・・・・」

本当によく見ないとわからないレベルで、絨毯の下にあったなら絶対に気がつかないような隙間だった。
そっと指で触れてみると、微かに風圧を感じる。

「あ、風が・・・・・・この向こう、空間があるみたい」
「そこだな。簡単に侵入できたということは、単純に開くような仕組みになっているはずだが・・・・・・」
「でもいったいどこに・・・・・・」

はっきり言って、見た目だけならただの石に見える。
違いを見つける方が困難なのかもしれない。

「・・・・・・この部分、他の床石の模様と少し違う」
「石の模様にしか見えませんけど・・・・・・」

シオンさまは、床石の模様を撫でるように触る。
そのままゆっくりと指先を移動していき、ある部分でピタリと止まった。

「なるほど・・・・・・この部分は、手で触れれば解るようになっているようだ。肉眼で見ることが難しいほど、薄く滑らかに削っている」
「え、すごい・・・・・・」

シオンさまの手が置いてあるところを同じように撫でると、本当に少しだけ違和感がある。
目を閉じて、さらに謎ってみるとはっきりと紋様が刻まれているのが解る。
しかもこの模様、すごく見覚えがあると思ったらニケの形だった。

「本当にある・・・・・・こんなの、よく気づきましたね」
「修復師として当たり前だ。それよりも、おそらくだが・・・・・・かなり古い時代に使っていた隠し通路かもしれないな」
「ああ、だからシオンさまも知らなかったんですね」
「この聖域は、神話の時代からあるからな・・・・・・私もすべてを把握しているわけではない」

そういえばシオンさまでも、

「でもこれ、どうやって使ってたのかしら・・・・・・」
「単純な仕掛けだとすれば、押してみれば浮くはずだ」

試しに紋様を強く押して見ると、テコの原理みたいに端っこが浮いた。
そのまま浮いたところを手で掴んで、持ち上げると思っていたより簡単に開いた。
中を覗いてみると、下には通路があって、登りやすいように階段まで設置されていた。

「思っていたより単純にできていたんですね・・・・・・ただ、見つけるまでが難しいだけで」
「ああ。だが、簡単に見つかれば隠し通路にはならないと思うが」
「それもそうですね。とりあえず、降りてどこにつながっているか見てみますか?」
「そうだな。調べるとするか」

シオンさまは、躊躇いもせずに下へ続く階段を下りていく。
その後を追うように、すぐ後ろをついて階段を降りていく。

「え!巫女様!教皇!本当に調べるんですか?!危ないですよー!」
「大丈夫よ。シオンさま、とても強いんだから。それにトラップがあっても、シオンさまなら簡単に見つけるわ。ね、シオンさま?」
「ああ。大丈夫だ、中は暗いから、は私から離れるな」
「はい。しっかりついて行きます」

エレナは、私とシオンさまが先に進んでしまうから慌てて後を付いてきた。
薄暗い廊下の先は真っ暗だったけど、シオンさまが手のひらに少しの小宇宙を貯めて、小さな光の集合を作った。
まるで夜空に輝く星のような淡い光が、辺りを優しく照らした。
あまりにも綺麗で思わず眺めていると、靴の踵が石畳の溝に引っかかってこけた。

っ!大丈夫か?」
「っ・・・・・・大丈夫です」

立ち上がろうとすると、膝下にシオンさまの腕が回り込んできて、背中にもシオンさまの手が回ってきて、そのまま横抱きにされた。
あまりに自然に横抱きにされてしまって、抵抗することもできなかった。

「え、あのシオンさま?・・・・・・私、歩けますよ?」
「また躓いたらどうする?それより、しっかり私に掴まれ」

なんだか妙に密着して恥ずかしい。
声もすぐ近くから聞こえてくるし、体温も伝わってくるし・・・・・・どこかで似たような事があった気がする。
そういえばムウとベッドで・・・・・・そこまで考えて、考えるのを止めた。

は、軽いな。食事はちきんと食べているのか?」
「ちゃ、ちゃんと食べてますよ」
「そういえば前にも、こういう事があったような・・・・・・」
「ああ、白羊宮から連れて帰った時だな」

あの時は、本当に恥ずかしかった。
短い距離なら多少は平気だけど・・・・・・12宮を突破なんて、かなりの距離でものすごく恥ずかしかった。
最近のことのはずなのに、沢山のことがありすぎて、ずいぶんと昔みたいに感じる。
ふいに、細い光が遠くから入ってきていることに気づいた。

「明かり?・・・・・・そろそろ出口なんじゃないですか?」
「ああ、そろそろのようだな」

薄暗い道をシオンさまの明かりを頼りに真っ直ぐに進むと、やがて明るい日差しが見えてきた。
そのまま出入り口と思われる壁まで来ると、光が漏れている壁の端に取っ手があるのに気がついた。

「シオンさま、そろそろ下ろしてください」
「仕方ない」

シオンさまが取っ手に手をかけて、開くかどうか試してみると、厚い石が横に滑るように動いた。
眩しい光と共に、外へつながった。出入口を覆っていた背丈の高い草をかき分けて外へ出た。
出てみると、山沿いに獣道みたいな細い道が現れた。

「細い山道ですね・・・・・・たぶんこれ、このまま真っ直ぐに下っていったら森の中に入りますよ」
「あ、これってもしかしてあれじゃないですか?山菜を取りに来る時に使う道ですよね。この辺りって、あまり人が来ないから結構取れるんですよねー」

笑って誤魔化そうとしてるけど、それってもしかして仕事中に取りに来てたんじゃないかと思ってしまう。
でもそれをシオンさまの前で言うわけにもいかず、

「エレナ、それってまるで取りに来たことがあるみたいに聞こえるんだけど」
「あはは、実家に仕送りするついでに山菜も送ってるんですよー」
「別に禁止されてるわけじゃないから、いいけど・・・・・・」
「この場所を降れば森に出るのだな?なら簡単だ。恐らく侵入経路はここだろう」

シオンさまは辺りを見渡すと、これ以上探す場所は何もないと、腕を組んでため息をついた。
単純な仕掛けに呆れているような気がするけど、はっきり言ってこれシオンさまかムウくらいじゃないと気づけないレベルだと思う。

「帰ってアテナに報告だ。帰るぞ、
「今度は、別に抱き上げなくてもちゃんと歩けますから」
「そうか。遠慮はしなくてもいいぞ」
「遠慮じゃないです!あれ、かなり恥ずかしいんですから・・・・・・」

少し赤味にの増した顔を見られたくなくて、不自然に顔をそらしてしまう。
感の良いシオンさまは、すぐに気づいたらしくて、楽しそうな含み笑いが聞こえてくる。
余計に恥ずかしくて先に来た道を戻ろうと、真っ暗な道の中へ入ろうとすると、すぐに手を掴まれた。

「なら、手を握るのはいいのだろう?断るなら、また抱き上げるが?」
「まあ・・・・・・握るくらいなら」
「行くぞ、

抱き上げられて連れて行かれるより、手を握ってる方がまだいいかもしれないと判断して、シオンさまが差し出した手を取る。
すっかりエレナも居たことを忘れてしまい、そのままシオンさまに手を握られて暗いに道へと戻っていった。
そのすぐ後ろで、エレナが面白いものを見つけた時のような顔で、興味深けに見ていたことに気づかなかった。