□ Dobule Birthday(前編)□




ショックといえばショックだった。まさか急な任務でムウが誕生日に居ないなんて……。
せっかくの誕生日、とりあえず何か料理を作ってとプレゼントを渡して祝えたら良いなぁなんて考えてたのに、当日に本人不在。
そのまま3日を過ぎた頃、気分転換にとシャカが沙羅双樹の庭に連れてきてくれたのに、思わず重たい溜息を吐く。

「はぁ……なんで急に任務がきたのかしら」
「仕方がない。あの任務は、修復師であるムウが一番の適任だ。それに、それほどの日数はかからないのだろう?」

シャカの言うとおり、任務に出かける前にムウは部屋まで寄ってくれて、すぐに帰ってくるからと伝えてから出かけた。
それでもやっぱり、特別な日に居ないなんて、寂しさに似た虚しさを覚える。

「ええ。4日ほどで帰ってくるっていってたから、きっと今日中には帰ってくるわ」
「なら、待てばいいだけのこと」
「そうだけど……なんだかなぁ」

せっかくの誕生日だったのにと、どうしても落ち込んでしまう。
たしかに綺麗な花々を見ていると暖かい気分になるけれど、そこでムウも居たらなぁ、なんて思ってしまう。

「ふむ、何かをしていれば時が経つのも早いかもしれない。気が紛れるようなことをしてみるのはどうかね?」
「それもそうね。ありがとう、シャカ。心配させちゃったみたいね」
「ああ、気にすることはない。私は落ち込んでいるよりも、幸せそうに微笑んでいるの方が好きだ」
「シャ、シャカ……!?」

まっすぐ言われた言葉が、なんだか妙に気恥ずかしくて、顔に熱が篭ってくる。
思わず視線を逸らすように顔をそらせると、シャカの忍び笑いが聞こえた。
シャカはいったい、どこでこんな台詞を覚えてきたのかしらと思ったけれどすぐに気づいた、シャカはきっと素で言ったのかもしれない。

「もうっ……私、ちょっとケーキでも作ってくるわ」

沙羅双樹の庭を出ると、教皇の執務室へと向かった。
シャカは護衛をしているだけあって、早足で歩いているのにしっかりと着いてくる。
教皇の執務室の扉を叩くと、すぐに返事が返ってきたのでシャカを廊下に残して部屋へと入る。

か……どうかしたのか?」
「シオンさま。あの少しお願いがあるんですが……ええっと、あの……ケーキを作りたいので、厨房をお借りしてもいいですか?」
「……ケーキ」

突然にきて、いきなり厨房を借りたいといったせいか、シオンさまは少し呆然としたように黙りこんだ。
ふだんと違う反応に、だんだんと不安になってくる。

「シオンさま?ダメですか?」
「あ、ああ!ダメなことはない!使いたいだけ使ってきても良いぞ!」
「本当ですか?!ありがとうございます!」


急いで自室に帰り、汚れても大丈夫そうな服に着替えると、さっそく厨房へと進んだ。
厨房に入ると、すでに人払いがされていてケーキの材料まで用意されている。
急いで材料を入れてケーキに使用するスポンジのタネを作り、最後にオーブンに入れてスポンジが焼きあがるを待つ。

「ほう……ずいぶんと手際が良い。は、お菓子作りが得意なのかね?」
「う~ん、別に得意って事はないわよ?まだ聖闘士として修行していた時は、いつも自炊だったし……でもってたま~に甘い物が食べたくなって、余った材料でお菓子を作ってたから、一応基本はできるの。だいたい小麦粉と卵と砂糖とバターでお菓子って簡単にできるでしょ?」
「いや、私は作らないのでわからないが」

シャカの言葉に少しだけ驚いた。
よくムウが差し入れとして、お菓子を分けてくれるから、作れるのが普通の感覚になっていたんだと気づいた。

「そうなの?ムウとかはお菓子も普通に作ってたから、みんな作れるものかと思ってたわ」
「いや、それこそ例外だと思うがね?」
「あはは、たしかにあげたリンゴをアップルパイにしてお裾分けするのはムウしかいないかも……」

またあのアップルパイが食べたくなってきて、今度ムウにお願いしてみようかなと思った。
スポンジが焼きあがる前に生クリームの準備をすると、焼きあがったスポンジを冷やすまでの間に、シャカとお話でもしようかなと思って紅茶を入れる準備も始める。



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シャカとのティータイムを終わらせると、すぐに次の準備にかかった。
冷めたスポンジを横切りにして2枚にすると、断面にシロップを塗って生クリームを塗って切ったイチゴを挟んむと生クリームでコーティングする。
あとは大粒のイチゴを飾って、ケーキの上に飾るチョコレートの板に、チョコペンでムウの名前を書く。
あと少しで完成というところで誰かが厨房へと入ってきた。

「何をしているかと思えば……ケーキを作っておるのか?」
「あら、童虎?ええ、誕生日って言えばケーキでしょう?お菓子ってほとんど作らないから、ちょっと自信が無いんだけど……見た目だけなら合格かしら?」
「うむ。それならシオンも喜ぶじゃろうて」

満足気に頷く童虎を見て、なんでそこでシオンさまが出てくるのかが不思議だった。
それが思いっきり顔に出ていたらしく、すぐに童虎が気づいて訝しげな表情になる。

、おぬしもしかして忘れておらぬか?今日はシオンの誕生日じゃ」
「あ……。そういえば、シオンさまはムウと誕生日が近かったっけ……」

そこで初めて気づいた。台所を借りに行ったときのシオンさまの反応は、自分のケーキを作ってくれるのだと勘違いしていたんだと……いや、日にちを考えたら、すごく普通のことなんだけど、深くは考えずに自分の恋人を優先してしまった。
シャカや侍女のアイカテリネ以外、まだ誰にも話していないから、当然の反応なんだけど……なんだか複雑な心境だった。

「よもや忘れておったとは……朝からシオンの機嫌が良すぎて不気味でのう。もしが忘れていたと知ったのなら、どれだけ不機嫌になるか……考えるだけでも頭が痛くなりそうじゃ」

優先順位的にはムウだったけれど、日付を考えたらシオンさま……これはいったいどうすれば、と悩んでいたら
そもそも、作ったケーキはひとつ。これをどちらかにするなんて、ちょっと難しい。もう夕方だし、時間的に二つ目を作ることも諦めるしかない。

「ねえ、童虎。別々に祝わなくても……一緒に祝っても、問題ないわよね?」
「……まあ、どちらも日付が近いしのう、師弟仲良く祝ってやっても問題はないじゃろうが……」

もう一枚、小さな板チョコを用意すると、Ariesとチョコペンで記入する。
名前入りのチョコと交換すると、立派なホールケーキが出来上がった。大粒のイチゴがとても美味しそうに色添えしている。

「これで問題ないわね。シャカ、童虎、これでどうかしら?」
「ああ、問題は無いが……まさに一緒くただな」
「シオンもずいぶんと浮かれておるからのう……おそらく、深く考えずに大喜びするかも知れぬ」

少し前のシオンさまを思い出した。そういえば、あれはもしかして感動していたのかもと気づいて、苦笑がもれる。
シャカにいたっては、少しばかり驚いているみたいだった。

「老師……まさか教皇に限ってそのようなことは……」
「いや、シャカよ。あやつは、たまに頭の栓が緩みまくるのじゃ……どうしてああなってしまったのか、わしにも全くわからぬがな」
「頭の栓が……」

盛大に納得するように頷く童虎を見て、シャカは珍しくなんて答えたらいいのか悩んでいる。

「ああっ!ということは、アイネに白羊宮に料理を用意するように頼んでいるんだけど……これ、もしかして教皇の間の方がよかったのかしら?」
「白羊宮か……おそらく、ないがしろにされた気分になってすねるかもしれぬ」
「そうですよね……自分の誕生日を祝ってくれていると思っているのに、さすがに白羊宮でムウにお誕生日おめでとうなんて言ったら、おかしいですよね」

これだと、どう見てもメインがムウにしか見えない。
百歩譲って元アリエスだったから言っても、言い訳っぽい。
というか、完全に言い訳にしか見えない。

「そうじゃのう。それだと、ついでがシオンの方になってしまうしのう……」
「もう教皇の間でするしかないですよね……あ、でもムウの誕生日も祝うって言っても大丈夫かしら?」
「ああ、それなら心配いらぬ。なにせムウに任務を命じたのはシオンじゃ。自分の弟子の誕生日だったこともしっておったしのう……ただ、今回は修復師が必要な任務だっただけのことで、仕方なく命じたそうじゃ」

それは解っているけれど、聖闘士として任務が大切なことも使命があることも、一番理解しているつもりだった。
それにきっと、同じ状況なら私も任務を優先していたし……。
でも、実際に任務に行く立場とそれを待つ立場になると、心境が微妙に違う。なんだかとても複雑だった。

「うん。それにムウにしかできなかったことでしょう?……だから、別にシオンさまが悪いわけじゃないわ」
は、良い子じゃのう……シオンが自慢するのもわかるわい」
「自慢って……いったい2人とも、いつも何の話をしているんですか……。あ、料理を運ぶ場所を白羊宮から教皇の間に変更してもらわないと……」

出来てから運ぶみたいだったし、まだ時間的には大丈夫だと思うけれど……少し急いだ方がいいのかもしれない。

「それは私が行こう。の侍女に言付ければ良いだけのことだろう?」
「え、ええ。そうだけど……お願いしてもいいの?」
「ああ、もちろんだ」
「ありがとう、シャカ……じゃあ私、いったん自室に戻るけどすぐに恐慌の間へ向かうわね」

シャカを見送ると、童虎がシャカの代わりにと部屋まで付き添ってくれることになり、ムウにプレゼントとして用意しておいた翡翠のペンダントを取りに部屋へと戻った。