□ Dobule Birthday(後編)□
日がずいぶんと傾き始めた頃、教皇の間に私服姿の黄金聖闘士が集まり始めた。
それぞれ手土産にと一押しの食べ物や飲み物を持参してきて、テーブルの上をずいぶんと彩る。
中央に氷を敷き詰めた入れ物に酒類を詰め込み、テーブルには隙間無く料理が並べられているのを見ると、それだけでお腹がいっぱいになった気分だった。
眺めていると、後ろから童虎がひょっこりと顔を覗かせる。
「これは結構な量じゃな」
「でもこくれくらいなら、あっという間に無くならなくていいんじゃない?それに、みんなすぐに食べちゃうし」
「ははっ、それもそうじゃな。なんといっても、ほぼ男連中ばっかりじゃからのう、かなり食うぞ」
教皇のシオンさまを入れて13人。
一応、追加の料理も頼んであるけれど、今更になって本当に足りるのかがちょっと不安だった。
「やあ、。はいこれ、今さっき摘んできた薔薇だよ」
「うわぁ、綺麗な薔薇ね。ありがとう、アフロディーテ。きっとシオンさまもムウも喜ぶわ」
渡された薔薇は、生命の美しさを表現しているような瑞々しい美しさがあった。
そっと香りをかいでみると、すごく良い香りがする。
香りを堪能していると、アイオリアに名前を呼ばれ振り返った。
背後でアフロディーテが"いや、それは君に……"と、言っていたようだったけれど、その言葉は聞こえなかった。
「アイオリア……と、アイオロス?……2人とも、どうしたの?」
「!これを受け取ってくれないか?」
ずいぶんと機嫌の良さそうなアイオリアから渡された袋はずっしりと重く、中身はずいぶんと大きな塊のようだった。
袋の中の塊は硬いようで、なんだか柔らかい。
この感触には覚えがあった。たしか聖闘士として修行していた時に、食料を得るために仕留めた獲物と同じ感触。
「これは……もしかして、お肉?」
「ああ、鍛錬のために兄さんと森の奥深くに入って仕留めてきたんだ。取れたのをすぐにシュラの手刀で裁いて貰ったからな、鮮度も抜群さ!」
「それに森の主と呼ばれていた大物だぞ。きっとも気に入るはずだ」
森の主って……それはたしかに強いかもしれないけれど、主を仕留めるのは生態系に影響するんじゃあと思った。
でもせっかく仕留めてくれたので、お礼だけを言って受け取った。
それにしても、ワイルドすぎて別の意味で感心する。なんの処理もされてなさそうなこのお肉、すぐに調理しないと味が落ちるかもしれない。
急がしそうに行き来している侍女のアイネに声をかけると、すぐに対応してくれた。
「あ、アイネ!ごめん、これを料理長に料理してくれるように頼んでくれない?あと、これはアフロディーテから頂いた薔薇だから、テーブルの花瓶に生けてもらえるかしら?」
「お肉と薔薇ですね、かしこまりました」
お肉と薔薇を受け取ると、アイネは歩くような小走りで扉の向こうへと消えた。
シオンさまを手伝っているサガを除く黄金聖闘士がそろったのを確認すると、あとはシオンさまとムウを待つだけの状態だった。
とりあえず、上座の2席はキープしているけれど、なかなか来ない。
シオンさまだけでも呼びに行こうかと思ったときに、ちょうどよくシオンさまが扉を開けて入ってきた。
「ほう、これはこれは……ずいぶんと豪華だな」
「シオンさま。お仕事、お疲れさまです。みんな色々と持ち込んでくれたんですよ」
「そうか、それほど慕われておったとは……嬉しいことだな」
なぜか後ろの方でデスマスクが首を左右に振ってたり、アフロディーテが微妙な顔をしていたり、アイオロスが表情を凍らせていたのが見えたけれど、気のせいということにしておいた。
「それで私の席は、奥の空いているところで間違いないか?」
「はい!そこがシオンさまとムウの席ですよ」
「ムウも?……そういえば、あやつは任務に行かせたままだったな。私とは2日しか違わぬのだから、別に一緒にしても問題はなかろうが……2人同時というものも、いささか妙な物だな」
まさかシオンさまの誕生日そっちのけでムウの誕生日を祝おうとしてましたなんて、絶対に言えないと思った。
ちらりと事情を知っている二人を見ると、シャカを視線を逸らすし、童虎にいたっては明らかに怪しい咳き込み方をしてる。
「そ、そうですか?お2人ともアリエスですし、師弟ですし、全然大丈夫ですって」
「ふむ。がそういうなら、そうなのだろうな。それであそこが私とムウの席というのなら、の席はどこになるのだ?」
立っていた状態ですっかり忘れていたけれど、気づいたらみんな座っていて席がほとんど埋まっている状態だった。
かろうじてテーブルを挟んで向こう側、ちょうどシオンさまの真正面にあたる席だけが空いている。
けっこうな距離が開いているけれど、まあ座らないよりはいいかなと思えた。
「そういえば、自分の席を確保するの忘れてました……まあ、適当に空いている席に座りますから、気にしないで座ってください」
「空いている席など、私と一番遠い席ではないか」
「あはは……でも、向かい合わせですよ?」
真っ直ぐに上座に進むと席に座るシオンさまに、納得してくれたのかなと少し安心していると、手招きされた。
呼ばれていると気づいて、何も考えずにシオンさまの傍に行くと、急に腕を引っ張れてそのままシオンさまの方に傾くと、その瞬間に腰に腕を回されて気づいたらシオンさまに抱きかかえられるように膝の上に座っていた。
「ちょっ、シオンさま?!わ、私こんなところに座れませんっ!恐れ多すぎますっ」
「フッ……遠慮するでない」
「いや、遠慮とかじゃなくって……っほんとに、もうっ」
シオンさまの行動にみんなすぐに気づいたらしく、いっきに場がざわめきたつ。
それが見られていることを暗に告げていて、恥ずかしすぎた。
しかも近すぎる距離だからシオンさまは耳元で呟くように話してくるし、密着しているところからは体温が伝わってきて、余計に意識してしまう。
「、今日は私の誕生日だ。だったら、多少は私の好きにしてもいいだろう?」
「たしかに誕生日ですけどっ……でも、これは……っ」
恥ずかしさのあまり、顔に熱が篭ってくる。このままだと恥ずかしすぎて耐え切れないかもしれない。
羞恥に耐えていると、小さな忍び笑いが聞こえてきた。
これもしかして、シオンさまは楽しんでいるんじゃあと薄々思い始めたけれど、どうすることもできない。
「、少し顔が赤いぞ?」
「そ、それは……っ、シオンさまが……っ」
「私が?」
ちらりと見たシオンさまの顔は、まさにご満悦という感じだった。
やっぱり絶対に楽しんでると思い、なんとか距離をとろうと身動きしてみると、余計に引き寄せられる。
なかなか離してもらえずに困っていると、誰かが扉を開けて入ってきたのが見えた。
とても見覚えのある髪色に、すぐにムウだと気づいた。ムウもこちらに気づいたらしく真っ直ぐに向かってくる。
「ムウ!おかえりなさい。任務お疲れさま」
「ただいま、。白羊宮と聞いていたのですが、教皇の間に変わってたのですね」
ムウが任務に行く前に、帰ったら白羊宮で誕生日を祝おうねって話してて、そのまま変更になったことを伝言し忘れていたのに気づいた。
たぶん童虎が言ってくれなかったら、そのまま白羊宮で祝っててシオンさまの機嫌が急降下していたかも……童虎に少し感謝した。
「え、ああ。ごめんなさい、今日はシオンさまの誕生日でしょう?だから一緒にってことで場所も変更になったの」
「そうですか。で、どうしてはシオンの膝の上に?」
一番聞かれたくないことを聞かれ、一瞬、周りの空気の温度が下がった気がした。
しかも、いつものようにムウは微笑んでいるのに、なんだか背後に黒い物が見える気さえする。
「えっと……その、シオンさまが……私が自分の席を確保し忘れたのに気づいて、「ムウか……ご苦労だった。これは用の特等席だ。気にするでない」」
「特等席ですか……。隣に空いている席がありますが、あれは?」
「ああ、あれはムウの席だ。遠慮なく座れ」
さすがのムウも、そのまま立っているわけにもいかないみたいで、シオンさまの言われるままに席に座る。
まさかムウの隣でシオンさまの膝の上に座ることになるなんて思わなかった。非常に気まずい状態をどうすればいいのか悩む。
しかもなぜかシオンさまは、さっきと違って両手でしっかりと握り締めてくる。身動きですら、とれない状態になった。
「、少しばかり小腹が空いた」
「え、何か食べます?」
「うむ。では、あのローストビーフを……」
そのままシオンさまは動かない。まるで何かを待っているようにじっとしている。
まさか食べさせた方がいいのかもと思っていると、シオンさまがこちらに視線を送ってきた。
「、まだか?」
「私ですか?……あ、はい。どうぞ」
やっぱり食べさせてほしいんだと思い、ローストビーフをフォークで取り、そっとシオンさまの口の中に運ぶ。
そのままパクリと食べるシオンさまは、まるで鳥の雛のようだった。
ちょっとだけ可愛いと思っていると、隣で冷気でも流れているんじゃないかと思えるくらい気温が下がった。
「我が師、シオン。もういい年なんですから、ご自分で食べられたらいいではありませんか」
「フッ……見てのとおり、両手が塞がっておるのだ」
「を開放すれば、両手は自由に使えますよ」
「開放?何を言っておるのだ。これはも同意済みだ」
シオンさまの発言に驚いてシオンさまの方を見ると、得意げな顔で頷いていた。
まさかいつの間にか同意してたのかもと思い、記憶を辿っても記憶に全く無い。
もしかしたら、嫌がらなかったから同意としたのかもしれない……シオンさまなら、ありえるかも。
ちらりとムウの方を見ると、完全にムウの表情が固まっていた。
あれは相当、怒っている状態な気がする……あとがかなり怖い。
「そ、そういえばケーキを焼いたんだったわ!ムウ、シオンさま、ケーキ食べますよね?」
「もちろんだ」
「はい。のケーキなら楽しみです」
シオンさまは心持ち嬉しそうに返事を返してくれた。ムウもムウでやっぱり嬉しそうだった。
この場から離れるには、もうこれしかないと本気で思った。
「だったらすぐに持ってきますね!ちょっと離してもらってもいいですか?」
「ああ、それは構わぬ」
やっと離してもらえて、あの殺伐とした空気から開放されたと思ったら安心感さえあった。
急いで教皇の間から出ると、厨房の冷蔵庫へと向かう。途中でサガを見かけて、声をかけた。
「サガ?こんな時間までお疲れさま。またシオンさまにお仕事を回されたの?」
「ああ、か……いや、今回は機嫌が良くてな。いつもより早く終わったのだが、後片付けに少し時間がかかってしまった」
そういえば童虎が、シオンさまが浮かれていたと言っていたのを思い出した。
思ってもいなかった場所で影響があったらしくて、ちょっと驚く。
「そっか。もうみんな食べ始めてるから、サガも早く教皇の間に行った方がいいわよ」
「ああ、私も急いで向かうが……は、どうしてこんなところに?」
「私は誕生日ケーキを取りにきただけだから、すぐに戻るわ。サガは先に行ってて、ご飯はしっかりと食べないと、身が持たないしね」
「そうだな。では、先に行かせてもらうよ」
厨房に着くとすぐに冷蔵庫にしまっているケーキを取り出し、急いで教皇の間へと戻る。
またシオンさまの膝の上に座るのは、あとでムウに何されるかわかったものじゃないから絶対に避けないとと思いつつ、教皇の間へ入っていった。
意地が何でも空いている席に座ろうと意気込んでいたのに、シオンさまとムウの間にスペースができていた。
しかもよく見たら、童虎とサガがさっきまで空いていた席に座っている。
「あら……なんでムウとシオンさまの間の席が空いてるの?」
「おお、戻ってきおったか。なに、少しばかり席順を変えただけじゃ……あの2人、放っておくと千日戦争をしそうな勢いじゃったからのう」
たしかに、師弟で千日戦争をやりかねない勢いだった。
「童虎、ありがとう。とても助かったわ」
「はははっ、あれはさすがにキツイじゃろうて」
上座でしかもシオンさまとムウの間という席だったけれど、さっきのことを考えると、まだ座れる気がする。
とりあえずケーキをムウとシオンさまの間に置くと、ちょうど自分の席の前になった。
これじゃあ、まるで自分をお祝いしているみたいで、なんだか違和感があった。
「美味しそうなケーキですね」
「うむ、すごく美味しそうだ。それに名前入りというのが素晴らしいな……ん、アリエス?」
「え、シオンさまもアリエスですよね?」
「ああ、アリエスだ」
シオンさまの意識を逸らすように、急いでケーキを切り分ける。
切り分けたケーキを2人の前に置いていると袖の下から何かがポロリと落ちた。
ふと見たら、ムウにプレゼントしようとしていた翡翠のペンダントだった。
帰ってきた時に渡そうと思って袖の下に仕舞い込んでいたんだっけ。
慌てて拾おうとしたら、さきにシオンさまが拾ってしまった。
「これは……翡翠か?」
「え、ええ……翡翠ですけど」
「もしかしてこれは、私へのプレゼント……?」
なんでそう思ったのか不思議だった。
思考停止状態で黙り込んでいると、じっと翡翠を見つめていたシオンさまが呟いた。
「私の髪色と、そっくりだ……」
言われてみて気づいた。そういえば、その翡翠の色は薄っすらと明るい若草色だった。
これは、勘違いされても仕方が無いかもしれないけれど……どちらにしろ、もう返してくださいとは言えなかった。
「シオンさま、誕生日おめでとうございます」
「ありがとう、」
すごく嬉しそうに微笑むシオンさまに、あげて良かったかもと少しだけ思ってしまった。
これみよがしにムウが溜息をしたのに気づいて、ムウのぶんのプレゼントがなくなってしまったことに気づいた。
「シオン、もう200回以上も誕生日を迎えているのですから、そろそろ遠慮というものを覚えた方がいいですよ」
「何を言う、肉体的にはムウより2歳は若いぞ。つまりだ、見た目は若者なのだから問題は無い。よって、楽しむことにした」
腕を組んでどうどうと主張するシオンさまに、ムウは衝撃を受けたように固まっていた。
すごい理論が展開されているけれど、ようは見た目ならムウより若いから楽しむって言ってるだけじゃあ……と、思ったけれどムウに言い辛かった。
気づいたら、すでにシオンさまは切り分けたケーキを食べ終わっていて、次のケーキを待っている状態だった。
「のケーキは、甘すぎずあっさりとしていて美味いな。これならいくらでも食べれそうだ」
「ふふっ……ありがとうございます」
次から次へと食べていくシオンさまに次々とケーキを足していくと、あっという間に残りが減っていった。
気づいたらムウに1個だけしかあげてないのに、ほとんどをシオンさまが食べつくしていっている。
「あの、シオンさま?そろそろ、ムウの分のケーキがなくなりそうなんですけど……」
「私はかまいませんよ」
耳元で"あとでを頂きますから……鍵は開けといてくださいね"と呟かれた。
その意味を理解した瞬間、恥ずかしさと緊張で心臓が跳ねるように音を立てた。
ちらりとムウの方を見ると、視線があってしまい満面の笑顔を向けられた。
絶対に何か意地悪なことをされると考えてしまい、それで頭の中がいっぱいになってしまう。
結局、終わるまでずっと意識が持っていかれてしまい、行動が変になってしまってシオンさまに不思議に思われた。
fin.