□ 望んだ願いと、蒼く広がる海 - 前編 - □
いつもと同じ朝のはずだったのに、起きてみると何かが違った。
気のせいかもしれないけれど、いつもよりも部屋が広く見える。
起き上がってみると、やっぱり天井はいつもよりも高く、ベッドは広い。
ふと視界に入った手は、いつもと違って小さく短い。
驚いて何度も手を見てみるけれど、どうみても子供の手だった。
「なに、これ……」
おそるおそるベッドから降りてみると、視界がいつもよりずっと低くて、やっぱり部屋が広い。
ずり下がる寝間着を手で押さえて、慌てて鏡で自分の姿を確認してみると、なぜか子供の姿だった。
どうしてこうなっているのか状況が飲み込めずに、呆然と鏡越しに立っていると侍女のアイカテリネが部屋へと入ってきた。
「さま?その、そのお姿はいったい……」
「アイネ……起きたら急にこんなことになってて、なにがなんだか……私にも、わからないの」
「はあ……変わったこともあるのですね」
いまいち状況が掴めないらしく、アイカテリネは首を傾げている。
自分でも状況がわからないのだから、アイカテリネが解らないのは当然かもしれない。
「とりあえず、シオンさまに相談しに行くわ……もしかしてシオンさまなら原因がわかるかもしれないし」
扉を叩く音がして、誰かが来たことに気づいた。
この状態を見せてもいいのかなと悩んでいると、扉が開いた。
開いた扉の向こうには、なぜかシオンさまそっくりの子供が居て、こちらの方を愉しげに見つめている。
シオンさまと同じ色の髪と瞳だけど、違うのは髪の長さで肩くらいまでだった。
それにしてもこの子、将来はきっとシオンさまそっくりで美人になるだろうなと思わず見つめてしまった。
「おはよう、」
「え?え?……もしかして、シオンさま?」
名前を呼ばれたのもあるけれど、話し方がシオンさまと全く一緒だったので気づいた。
それに自分が子供の姿になっているし、もしかしてシオンさまもそうかもしれないと考えた。
「ああ、そうだ。私だ」
あまりのことで呆然としていると、どこか得意げな顔でシオンさまは頷いた。
まさかでも、いくらなんでも、シオンさままで子供の姿ということは、完全に頭が追いつかなかった。
「なんでシオンさまも子供の姿に……」
「なに、簡単なことだ。昨日、夕食を共にしたときに、の飲み物に少し細工をしておいたのだ」
「細工って……まさかシオンさま、仕込んだんですか?!」
驚いてシオンさまの方を見ると、やっぱりどこか愉しそうにしていた。
いったいなにがどうなって、子供の姿になるということになったのか、全く解らなかった。
「なんでそんなことを……」
「効果は一時的だが、子供の姿に退行する薬を飲んでくれと言われ、素直に飲むとは限らぬからな」
「それはまあ、そうだけど……って、いくらなんでもいきなりは無いです!」
「細かいことは気にするな、ほんの悪戯心といやつだ。それよりも、時間が無い。いくぞ」
「ちょっ、シオンさまっ」
いきなり手を引っ張られ、服の裾を踏んづけて転んでしまった。
シオンさまは、驚いたように目を見開くと、少しして気づいたように数回ほど頷いた。
「服か……アイカテリネ、子供サイズの服を持ってきてはくれぬか?ああ、ついでにお昼は外でするのでな、何か食べ物も頼む」
「かしこまりました、少々お待ちくださいませ」
アイカテリネは頭を下げると、すぐに部屋から出て行った。
シオンさまと2人きりになり、おずおず話しかけた。
「あの、シオンさま。出かけるなら別に、こんなことしなくても良かったんじゃないですか?」
「……とムウには、小さい頃の思い出が沢山あるが、私とにはあまりない……」
どこか気落ちしたように話すシオンさまを見て、昔を思い出す。
まだ母が生きていた頃、よく里帰りといっては聖域にきて師にあたるシオンさまと弟弟子のムウに顔を見せていた。
ムウは年が近かったせいもあったけれど、その時からムウは物静か穏やかで話しやすかった。
母はそれを察していたらしく、よくムウのところに連れて行ってもらったけれど、そのぶんシオンさまとの時間が削られていた。
「そういえば母さまは、いつも聖域に来たらムウのところに連れて行ってくれましたし……シオンさまとは、少しの間しか話せませんでしたっけ」
「そうだ。の母は、すぐにムウのところへとを連れて行くのでな……可愛がろうにも、ムウと遊んでいるを見ていると、邪魔することはできなかった」
たしかに子供同士が愉しそうにしているところに、邪魔をするのは気が引けるかもしれない。
「……それに今日は、私の誕生日だ。ならば、少しばかり我侭を言っても良いと思ったのだ」
つまり小さい頃の思い出が沢山あるムウが羨ましくて、つい誕生日ということで実行してしまったのかもしれない。
なんだか可愛らしくて、思わずくすりと笑みがこぼれる。
「そうだったんですか。それでシオンさまは、どこに行こうとしてたんですか?……まあ、あまり聖域から離れられないから、遠くには行けませんけど……」
「……そうだな、あまりみなに心配はかけられぬ。なるべく近くの……、海を見たくは無いか?」
そういえば海は、ほとんど言った事がない。
纏っていた聖衣が川と縁が深かったせいで、いつも川ばっかりだった。
たまには一面に広がる大海原というものを見てみたい。
「海ですか?はい、たまには見てみたいです!」
「そうか、なら海に決定だな」
扉を叩く音が聞こえたので返事をすると、すぐのバスケットと服を抱えたアイカテリネが部屋へと入ってきた。
「失礼します。こちら、お昼にサンドイッチをご用意いたしました。服は、こちらでよろしいでしょうか?」
「うん、ありがとう」
受け取った服を見てみると、白色を基調とした可愛らしいワンピースだった。
袖にはレースとフリルが付いていて、ワンポイントにお花の飾りが付いている。
ちゃんと靴まで準備されていて、いつでも出かけれそうだった。
服を着替えようとして、シオンさまが部屋にいることに気づいた。
「シオンさま、あの……ちょっと部屋から出てもらえます?」
「今は子供の姿なのだ。別に気にせずとも、着替えれば良いではないか」
「なっ……何言ってるんですか!私が気にするんです!!」
必死になって訴えているのに、シオンさまはくすくすと喉を鳴らして笑っていた。
軽く睨むように見ると"わかった"と返事を返して外へと出た。
急いで着替えて靴を履くと、髪を纏め上げて出かける準備を進めた。