□ 望んだ願い、蒼く広がる海 - 後編 -  □



出かける準備が終わり、お昼の入ったバスケットを抱えるとすぐに扉の前に待機しているシオンさまに声をかけた。
シオンさまは準備が終わったと気づいたら、聖域から出てすぐにスニオン岬へと連れて行ってくれた。
途中で人に会ったらなんて説明をしようと心配していたけれど、結局は奇跡的に誰にも会うことなくスニオン岬についた。

「シオンさま!この海、底が見えてすごく綺麗です!それに水平線が見えますよ!」
「フッ……本当に子供みたいだな」

あまり見ることのない綺麗な海に、つい興奮してしまったけれど、少なくとも人を子供の姿にしたシオンさまに言われたくはない台詞だった。
思わず、子供姿のシオンさまをじとーっと見てしまう。

「誰のせいでこんな姿になってると思ってるんですか……」
「すまない、私のせいだな」

全く悪びれも無く、軽く笑みを浮かべながら謝っているシオンさまに何を言っても無駄かもしれないと悟った。
浜辺に座り込むと、綺麗な貝殻が転がっているのが目に入った。
右手で貝殻をそっと拾い上げて左手の中に収めていると、他にも綺麗な貝殻が転がっていた。
それもついでに拾っていくと、また違う貝が目に付いた。次から次へと拾っていく。

「もうっ、本当は悪いことをしたなんて全く思ってないんでしょう?」
「そんなことはないぞ。少しは……、さっきから何をしておるのだ?」

さっきから座り込んで何かを拾っているのが気になったらしくて、シオンさまは不思議そうな目でこちらを見る。
何を拾っていたのか解るように、左手の中に収めている貝殻をシオンさまに見えるように向けた。

「え、貝殻が綺麗だから拾っているんですけど……あ、記念にシオンさまも拾います?」
「いや、私は別にいいが……それは、楽しいのか?」
「楽しいというより、綺麗ですし、せっかく来たんだから持って帰ろうかなぁ~って思って……」

岩陰に隠れるようにして半分ほど埋もれていた貝があったので気になった。
手にとってみると、手の平サイズはありそうな大きな貝殻が出てきた。

「あっ!シオンさま!この貝すごく大きいですよ!」
「ほう、これは見事だな」
「渦巻いてますし、海の音が聞こえるかもしれませんよ!」
「……海の音か……聞こえると良いな」

さっそく手に持って耳に当ててみようとした時、何か赤い蟹のような足が見えた。
まさかそんなもの出てくるなんて全く思ってなくて、驚きすぎて浜辺に落としてしまった。

「ちょっ!何か変な物が入ってますけど!何か居ますよこれ!!」
「変なもの?いったい何を……」

シオンさまは拾い上げると、中身を見て正体に気がついたらしく、1人で納得するように頷いた。

、これはな……ヤドカリだ」
「ヤドカリ……?ヤドカリって、貝殻を背負って歩いてるあれですか?」
「そうだ。たまたまこの貝に住み着いておったのだろう」

ヤドカリ入りの貝を浜辺に置くと、少ししてヤドカリは足を出して逃げていった。
シオンさまは何か思い出し笑いをしたように、珍しく声を抑えるように笑っていた。

「何か、おもしろいことでも思い出したんですか?」
「いや、少し考えてただけだ。それにしても良かったな、。ヤドカリごと耳に当てなくて」

少し意地の悪そうな笑みを浮かべたシオンさまに、もしかしてヤドカリごと耳に当てるのを想像していたと気づいた。
つい、あのまま耳に当てていたらと考えてしまい、最悪な想像をしてしまった。

「そんなこと想像しないでください!!」
「すまぬ。ああ、もしに何かあっても私が居るので大丈夫だぞ」
「そ、その時はよろしくお願いしますね……まあ、何も無いのが一番ですけど」
「そうだな、何も無いのが一番良い」

なんだか嬉しそうに微笑まれたけれど、子供の姿なので可愛さが目立った。

、腹は空いておらぬか?そろそろ、お昼にしても良いと思うのだが……」
「そうですね、ご飯にしましょうか……」

いったんバスケットの置いてある浜辺まで行くと、バスケットを空けた。
バスケットから紙ナフキンを取り出して1枚をシオンさまに渡すと、もう1枚を自分の膝の上に広げた。
それから2人でバスケットのサンドイッチを食べ始めた。

「美味しいですね、シオンさま」
「そうだな、いつもと景色が違うだけでずいぶんと味も変わるものだな」

透き通った大海原を見ながらのご飯は、部屋の中で食べるよりもずっと美味しかった。
ついつい食が進んでしまい、次から次へとサンドイッチを食べていった。

、こっちだ」
「はい?」

呼ばれて向くと、口元にサンドイッチを押し付けられる。
なんとなく口を開いたら、そのままサンドイッチを押し込まれた。
押し込まれたサンドイッチは肉とソースが挟まっていたらしく、食べづらい。
きっと体が子供サイズだから、ふだんの1口が2口になるせいかもしれない。
なんとかサンドイッチを食べ終わると、口周りに違和感があった。

、口元もソースがついておるぞ」
「え……ぁ」

拭おうとした時、すかさず手を押さえられた。
そのまま口の端に付いたソースを、なんとシオンさまは舌先で舐めとった。
あまりのことで硬直して動けずにいると、そのまま唇の周りをくるりと舐め、そのまま唇に付いたソースも舐めとった。
最後に唇を重ねると、音を立てて離れていった。

「しっ、シオンさまっ!何するんですか!!」
「何をと?私はソースを取っただけだが?」

悪戯に成功した子供のように、愉しげに喉を鳴らして笑っていた。
もしかして遊ばれているんじゃないかと少しだけ考えてしまう。

「で、でも最後のあれはっ……」
「ちゃんと取れているのか確認しただけだ」

取れているかの確認とかいわれても、あれはどう考えてもキスだった。
しかも最後のは止めと言わんばかり、音までたてていた。
でも本人がそれを否定しているということは、違うということにした方がいいのかもしれない。

「もっと違うやりかたもあるでしょう!なんで舐め取るんですか!!」
「子供姿のが可愛すぎるのが悪いのだ」

シオンさまは、少し拗ねたようにそっぽを向いてしまった。
はっきり言って、シオンさまも充分に可愛いと思う。
もっと精神年齢を低くしてくれれば、うっかり馴染んでしまったかもしれない。

「何言ってるんですか……シオンさまだって、今は充分可愛い姿してますよ?」
「まあ、今の私たちを見ても子供が戯れているようにしか見えぬのだろうな……」
「実際、子供の姿ですしね……。そろそろ帰りましょうか」
「そうだな、あまり長いはしておれぬしな」

その後、個人の体質の差でシオンさまよりも先に元の姿に戻れた。
なんとか誕生日を祝う宴までに元の姿に戻り、みんなの前で子供姿を見せることはなかったけれど、シオンさまだけは元に戻れなかった。
みんな好奇心いっぱいの目でシオンさまを見ていたけれど、シオンさまは全く気にせずに宴を楽しんでいた。
ずいぶんと楽しんだ後、そろそろ月も高くなったから部屋に戻ろう廊下に出た時、声をかけられた。

「待て、。どこに行くのだ?」
「シオンさま……私、そろそろ眠りますね」

軽く挨拶をして立ち去ろうすると、シオンさまに服の裾を引っ張られた。
何か用事でもあるのかと思って、シオンさまを見てみると何か考え事をしているようだった。

「そうか……。ふむ、見てのとおり私は子供の姿だ。今なら一緒に寝ても大丈夫だろう」
「はあ?!何言ってるんですか!どこをどうしたら、そうなるんですか!」
「この姿なら無害も同様。何も問題は無いと思うが……」
「そ、それはそうですけど……」

たしかに傍から見たら、完全に子供だった。
中身にかなり問題があるような気がするが、それでも外見上は子供。

「それともは……それほど私を嫌っているのか?」
「え……あ、その」

子供特有の丸み帯びた輪郭に、どこか寂しげな瞳。
首をかしげると、いつもより短い髪がふわりと傾いた。
幼い外見からでも、将来はきっと美形になりそうな目元や口元や輪郭をしている。
それなのに、なんだかすごく可愛くて、はっきり言って、卑怯だと思った。
これじゃあ断ろうにも、断れない。

「す、少しくらいなら……」
「そうか!では今すぐに私の部屋に行くぞ」

さっきまでの雰囲気はどうしたの、と言いたくなるくらいにシオンさまは元気に腕を引っ張っていった。
そのまま部屋まで連れて行かれると、寝室へと連れて行かれ、ベッドへと案内された。
シオンさまは、なぜか大きめの服に着替えてからベッドへと潜り込む。
腕枕をして欲しいと言いわて、なんだか歳の離れた弟ができたみたいで微笑ましかった。

「おやすみなさい、シオンさま」
「ああ。おやすみ、

翌日の朝に目が覚めると、完全に元の姿に戻っていたシオンさまの腕にしっかりと抱かれていて、声にならない悲鳴を上げてしまった。
やたらと整った顔がすぐ近くにあって、しかもまるで抱き枕のように抱きつかれた。
首筋に息がかかってくすぐったくて仕方ないし、恥ずかしすぎて心臓が持たない。
もしかして、いつ戻るのか大体は解っていて、服を着替えてきたんじゃないだろうかと、疑ってしまう。
おそらくだけど、もしかして計画的に動いていたのかもしれない。
これ以上は、もう無理だと思ってシオンさまが目覚める前に、なるべく気配を消して急いで自室へと逃げ帰った。