□ 幼き日の願い -前編- □



せっかくシオンさまに部屋まで来てもらって勉強を見てもらっているのに、なかなか頭に入らない。
隣にいるシオンさまも、さすがに気づいたらしくて休憩を挟んでくれた。
原因は、もうすぐムウの誕生日なのに、プレゼントがなかなか決まらずに悩んでいることだった。
でもシオンさまにも相談しづらくて黙っていたんだけど、さすがにこの雰囲気は話さないといけない気がする。

、何か悩みでもあるのか?」
「え、あ。悩みというか……もうすぐ、ムウの誕生日じゃないですか。それで、どうしようかなって思って……」
「つまり、誕生日プレゼントが決まらなくて悩んでいたというわけか……」
「そうなんです。でも、何も良い案が浮かばなくて……」

どこか呆れたように溜息をするシオンさまに、やっぱり話さなかった方が良かったのかもしれないと、ちょっと思った。

からのプレゼントなら、なんでも良いと思うが?」
「何でもいいって言うのが、余計に悩む原因なんです」

まずムウの欲しそうな物が全く解らない。
せめて何か役に立つものでもと考えるけれど、ほとんど自分で用意してるみたいなので、思いつかない。
ふと、小さい頃を思い出す。あの頃は何も深く考えずに、とりあえず自分の気に入った物をあげていたっけ。

「子供の頃なら、身近にあるものをプレゼントしてたんですけど……さすがにもうそんな年齢じゃないですし」
「そういえば、とムウは小さい頃は仲が良く、よく2人で遊んでいたな。……2人で私の誕生日にプレゼントとして花の冠をくれた時には驚いたぞ」
「はい?花の冠……?あ、ああ!ありましたありました!ムウがそういえばって急に教えてくれたものだったから、何も用意してなくて急いで作ったんですよ!」
「急いで作ったようには見えない出来栄えだったが……。それにしても、よくムウが一緒に作ってれたものだな」

たしかにシオンさまの言うとおり、ムウが一緒になって花冠を作っていたなんてある意味凄いことなのかもしれない。
小さい頃はムウのことを友達のように思っていたから、できたことなんだと思う。

「幼い頃のムウは、穏やかな性格と外見で女の子と勘違いされることも多くてな。そのようなことは断りそうな気もするが……」
「ふふっ……あれってムウに無理矢理、花畑に連れて行くように頼んだんですよ。まあ、最初は戸惑ってましたけど……でもそのうち手伝うとか言って、ムウが花を選んで私が花冠にしてました」
「どおりでムウにしては、可愛らしいことをしていると思ったぞ。そもそも聖闘士に誕生日を祝う習慣などないからな。なんとなくで話したのだろうが、が慌てているのを見て心変わりでもしたのだろう」

黙々と編んでいるのを隣で見ていて、手伝いますと言って花を選んでくれたんだっけ。
それでシオンさまの花冠が完成すると、ムウは自分でも花冠を作って頭の上に乗せてくれたのを思い出した。
ティアラみたいって言うと、ムウは眩しげに目を細めていたけれど……もしかしてムウは、あの頃から思いを寄せていたのかと思うと、なんだか嬉しいようで恥ずかしい。

「ああ。あの花冠なら捨てるのが惜しかったのでな、ドライフラワーにして私の部屋の壁に飾ってあるぞ」
「え!?あれまだあったんですか……すごく、懐かしい」
「今度、私の部屋に見に来ると良い」
「はい!ああでも、先にムウの誕生日プレゼントを決めないと……」

もうすぐどころか、明日が誕生日なのにどうしようと焦りが出てくる。
シオンさまは小さく微笑むと、

「それなら、本人に聞くのが一番早いかも知れぬな」
「そうですよね。本当なら、サプライズにしたかったんですけど……時間がないから、聞いてみます」
「そうだな、それが一番早いぞ。さて、そろそろ休憩も終わりだ」

煎れてあった紅茶を全て飲み干すと、そのうち侍女のアイカテリネが片付けに来るのを考えて、テーブルの片側に置く。
シオンさまは教科書代わりに使っている本を開くと、再開するためにテーブルの上に広げた。



******************



廊下で偶然に出会ったムウに世間話のように"欲しいものってない?"って尋ねると、不思議そうな顔をしていたけれど、すぐに何かに気づいたらしくて"部屋で待っていてください"と、その場から消えた。
ずいぶんと経ってからムウが部屋に尋ねてきて、赤いマフラーみたいな物を渡された。
これはいったい何って聞こうとしたら、頬に口付けられた。
いきなりのことで呆然としていると"私の欲しいものは、1つだけです。楽しみにしていますよ"と、それはそれは楽しげに告げていった。
触れた頬を手で押さえながら、じーっと受け取った赤いマフラーみたいな物を見ていると、アフロディーテが尋ねてきたらしくて声をかけられた。

、どうかしたのかい?」
「あ、アフロディ-テ。あのね、これなんだと思う?」

受け取った赤いマフラーみたいな物をアフロディーテにみせると、少し悩んだ後に何かに気づいたらしくて少し微笑んだ。

「これは……ずいぶんと大きいけれど、リボンかい?」
「リボン……でもリボンの使い方っていったら、飾りつけよね」

アフロディーテの手に握られている白い薔薇の花束が、リボンで飾り付けられているのが目に付いた。
よく箱や物を人にプレゼントする時は、こういう風にリボンで飾ることが一般的だったはず。
そう気づくと、もしかしてこのリボンは飾りつけのためのリボンだと気づいた。

「飾り……ラッピングをするのかしら?」
「それだけ大きいと、人間でもラッピングできそうだね」
「そ、そうよね。ありがとう、参考になったわ」

人間をラッピングという言葉に、ちょっと顔が引きつりかけた。
つまり自分自身をラッピングしてプレゼントは私という、とんでもなく恥ずかしいことを要求されているんだと気づいた。

「ああ、そうだ。これをにと思って持ってきたんだ。見事に咲き誇っていたからね、ぜひにプレゼントしようと思ったんだ」
「え、そんなに立派な薔薇、私が貰ってもいいの?」
「もちろん。君のために持ってきたんだから、受け取ってもらわないと悲しいな」

白薔薇の花束を受け取ると、アフロディーテは花束から1本だけ薔薇を取って髪に飾りつけてくれた。
満足そうに微笑むアフロディーテを見ていると、前にも同じことをしてくれたのを思い出した。

「ふふっ……相変わらず、口が上手いわね。でも、そろそろ夜の準備をしないといけないから、またねアフロディーテ」
「ああ、今晩は白羊宮だったね。こう毎月誰かの誕生日を祝っていると、何か習慣のようになってくるよ。それじゃあ、また後で」

アフロディーテを見送ると、受け取った薔薇を花瓶に生ける。
とりあえずムウから渡された特大リボンは、ベッドの上に置いておく。
それから急いで入浴を済ませ、着替えると侍女のアイカテリネが"せっかくですから"と香油を髪や肌に塗りこんできた。
髪型を整えて少しだけ化粧をすると、普段はあまりしないけれど髪飾りにアフロディーテがくれた白薔薇を耳元に付ける。
ちょうど準備が終わった辺りに、誰かが扉を叩いた。急いで返事をすると、扉が開いた。

。私だが、一緒に白羊宮へ向かうぞ」
「え、シオンさま?わざわざ迎えに来てくれたんですか?」
「ああ、私も白羊宮に向かうのでな、そのついでだ。、その薔薇は……アフロディーテか?」

シオンさまは、興味深げに髪に飾られている白薔薇を見る。
白薔薇の位置が耳元だから、ふとシオンさまと視線が合う。

「ええ、さっき薔薇を届けてくれたんです」
「そうか。それにしても、今日は一段と美しいな」

シオンさまの惚れ惚れするような視線が、妙に恥ずかしい。
思わず視線を逸らすように横を見る。

「そ、そんなことは……」
「フッ、照れているのか?可愛いな、は。さて、時間も無い。そろそろ行くとするか」

外を見ると、陽がずいぶんと傾いていて、橙色に染まっていた。
そろそろ出ないと、到着の時間が遅くなるかもしれない。
差し出されたシオンさまの手を握ると、そのまま手を引かれるように真っ直ぐに白羊宮へと降りていった。