□ 幼き日の願い -後編- □
すごく賑やかに盛り上がって楽しかったけれど、少ししたら落ち着きを取り戻した。
ムウとシオンさまが話し合っているのを見かけて、近づこうとすると2人とも気づいたらしく視線が合った。
2人同時に微笑んでくれるのはいいのだけれど、自分の方へ来ると信じているらしく、じっーとこちらの方を見たまま待っている。
どっちに行けば良いのか解らなくて、曖昧に微笑むとすぐに料理を取りに場所に移動した。
そこで食事をしていると、ワインを片手に持っているアフロディーテが話しかけてきた。
「、どう?楽しんでる?」
「あ、アフロディーテ。うん、料理も美味しいし賑やかだし楽しいわよ。でもみんな揃ってたら、もっと楽しいのにね」
周りを軽く見渡すと、人数の半分も居ない。
ちょうど任務に就いてたりアテナの護衛だったりで、なかなか揃わなかった。
アフロディーテは、くすりと笑みを零すと手に持っているワインを一口だけ飲んだ。
「それは仕方ないね、まさか誕生日だからといって、任務を放棄するわけにもいかないだろう?」
「うん、それはそうなんだけど……」
「は優しいね。でもが祝ってくれるだけで、みんな嬉しいと思うよ?」
「そ、そういうものかしら……」
優しいと真正面から言われて、なんだか恥ずかしいような気持ちになる。
思わず熱の篭る顔を逸らしていると、アフロディーテの小さな笑い声が聞こえて、余計に恥ずかしい。
ふと誰かが近づいてくる気配を感じて振り返ると、ムウが傍まで来ていた。
「、何を話しているのですか?」
「え、ムウ……別にたいしたことは話してないわ。ただ、みんな揃ったらもっと楽しかったのにって話してただけなの」
「そうですか。今でもずいぶん賑やかだと思いますが……」
呆れたように溜息を零すムウの視線の先を追うと、なぜかミロとカミュとデスマスクとシオンさまがトランプをしていた。
ミロとカミュとデスマスクは解るけれど、シオンさままで一緒になってしているのは不思議だった。
「なんでシオンさまも混じってるの?」
「あれかい?あれはね、勝った者がを部屋まで送り届けるらしいんだ」
「は?なんでそんなことに……というか、よく考えたらシオンさまって私と同じ教皇宮に帰るんだから、別にトランプで勝負しなくても……」
「おそらく、あれはシオンの戯(たわむ)れでしょう。シオンは、ああいった駆け引きには強いですから、シオンが勝って終わりでしょうね」
ムウに言われて気がついた。シオンさまは教皇だから、ああいった駆け引きに慣れているというレベルじゃないほど、強いんじゃあ……。
それに少し驚いたようにアフロディーテがムウの方を見た。
「ああ、そうだよ。今のところは、教皇が圧勝しているよ。それでもみんな、最後まで諦めないみたいだけどね」
「アフロディーテは参加しなかったのね」
「いや、最初は参加していたさ。でも連敗してしまってね、分が悪いと思って諦めたわけだよ」
「私は最初から呼ばれもしませんでしたが……」
穏やかに笑みを浮かべているのに、どこか寒いものを放っているムウに、アフロディーテは珍しく視線を泳がせていた。
「君の守護している白羊宮は一番下じゃないか。一番遠いからということで、はじかせてもらったんだよ」
「そうですか?ライバルを減らすためにしたようにしか見えませんでしたが……」
「そ、そうかい?君の気にしすぎだよ。じゃあ、私はちょっと様子を見てくるね」
穏やかなのに冷ややかなムウの視線に耐え切れなかったらしく、アフロディーテはとうとう向こうの方に行ってしまった。
それをムウはじっと見つめ"あれは、図星ですね"と、呟いた。
絶対に解っててしてたでしょう、と思わず言いたくなった。
「あ、あはは……そういえばムウ、さっきまでシオンさまと話してなかったっけ?」
「ええ、懐かしい話を少し……。小さい頃、シオンの誕生日に花の冠をプレゼントした話です」
そういえば、つい先日シオンさまと話したことを思い出した。
その話をムウにまで話すってことは、よっぽど懐かしかったのかもしれない。
「ふふっ……シオンさま、その時の花冠をドライフラワーにして、まだ飾ってるらしいわよ」
「そうですか……なんだかくすぐったいですね」
「そう?私は嬉しいけど……」
手に持っていた取り分け用の食器をテーブル上に置くと、飲み物に手を伸ばした。
ホワイトワインだったらしく、ちょっとアルコールの香りがした。
「、この後のことなんですが、少し用事ができました。の部屋に行くのが遅くなりそうですが、待っていてくださいね」
「あ……う、うん」
楽しそうに告げるムウを余所に、思わずこの後のことを想像してしまって、ちょっと焦る。
挙動不審になりかけていると、すっと壁の方に追いやられ、気がついたらムウが前にいて、壁とムウに挟まれていた。
なんだろうと思ってムウの方をみると、額に軽く口付けされた。
場所が場所なだけに驚いてムウの方をみると、ムウは幸せそうに微笑んだ。
「大丈夫、見えてませんから」
「で、でも……こんなところで……」
ちらりとムウの背後に見える光景が気になって仕方ない。
ムウは耳元に唇を寄せると、楽しそうに呟く。
「照れているも、可愛いですよ……」
「も、もうっムウったら……耳元で呟かないでっ」
ふいっと顔を逸らすと、トランプの決着がついたらしく、ミロとデスマスクの悔しそうな声が辺りに響いた。
気になってムウをそっと押しやってみると、テーブルにうつ伏せのデスマスクとカードを睨んでいるミロと大人しく座っているカミュが見えた。
その中でシオンさまだけが楽しそうに席を立ち上がり、こちらに向かってくる。
ムウはそれを確認すると、真剣な顔でこちらを見てきた。
「、いいですか。部屋に着いたら、すぐに部屋に入りなさい。間違ってもシオンと立ち話をしてはいけません」
「え、なんで?」
「シオンは、少し酒を飲んでいるようですから……。いいですね、。絶対にすぐに部屋に入ってください」
「う、うん」
圧されるような形で返事をしてしまう。ムウは返事に納得したらしく、微笑んだ。
たしかにムウの言うとおり、酒が入ってるからという理由で絡まれるのは、あまり嬉しくない。
「、そろそろ時間だ。帰るぞ」
「シオンさま……もうそんな時間ですか?」
「ああ、月もずいぶんと傾いているしな。明日のことも考えると、そろそろ帰った方が良い。それに、もう充分だろう」
返事をする前にシオンさまに手を引かれて、白羊宮から教皇宮へと連れられるように帰っていった。
途中までアフロディーテやカミュもいたけれど、それぞれちゃんと自分の宮へと帰った。
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ムウに言われたとおり、部屋の前につくとすぐにシオンさまに挨拶をして自室へと入った。
とりあえず、受け取った特大リボンを四苦八苦しながら、がんばって体に巻いてみる。
何かを察したらしい侍女のアイカテリネは、リボンが綺麗に巻けると自室へと退室してしまった。
1人で静かに部屋で待っていると、待っている時間ほど緊張するものはないと、これほど痛感することもめったに無いんじゃあと、余計なことを考えてしまう。
「?居ますか?」
「む、ムウ!え、えっと……どうぞ」
すこし挙動不審になりながらムウに返事をすると、ムウは扉をあけて部屋へと入る。
こちらを見て柔らかく微笑むと、座っているベッドへと近づいてくる。
「くすくす、ちゃんと解ってくれたんですね。あとはこれで……完成です」
手に持っていたらしい、銀色に輝く小さなティアラを載せてくれた。
ムウはそのまま隣に座ると、小さい頃のように眩しげに見てくる。
「なに、これ……ティアラ?」
「ええ……急いで作ったので、少し小さいですが……まあ、これはこれで趣がありますね」
「もしかして、花冠の代わりに作ったの?」
さすがに夜に花を摘みに行くことはできないし、しようと思っても探すのが大変だと思う。
あの時は昼間だったからできたことで、夜はさすがにきついかもしれない。
それを考えて聞いてみると、ムウは穏やかに頷いた。
「ええ、そうです。あの時は、私の誕生日が終わった後で……から花冠を受け取っているシオンを見て、羨ましいと……そう、思っていたのですよ」
「だって、まさかムウの誕生日とシオンさまの誕生日が近いなんて思ってなかったんだもの……」
「まあ、言わなかった私にも責任はありますね……。もっと早くに告げていたら、は私にも何かをしてくれましたか?」
「もちろんよ」
知っていれば、絶対に祝っていた自信あるから、自信満々で答える。
ムウは小さかった頃を思い出したらしく、少し遠くを見るように目を細めると、嬉しそうに微笑んだ。
「シオンの花冠を作った後、に送った花冠。あれは、にもっと私のことを見て欲しかったから……シオンのことを考えながら、必死になって花冠を作っているの気を引きたかったんですよ」
「え……そうだったの。私、小さくて……ただ、単純に嬉しいなくらいにしか……」
「……そうですよね。いつも想っているのは、私ばかり……」
たしかにムウのことを好きだと自覚したのは、つい最近。
ムウは、もうずっと前から自覚があったようで、そのことを考えるとなんて言えばいいのか解らなくなる。
「そ、そんなこと無いわよ!私もムウのこと好きだし……」
「くすくす……今は、ですよね?でも、それで良いんです。ずっと欲しかったものが、やっと手に入ったんですから……」
顎に手をかけられ上を向かされると、そっと唇を塞がれる。
舌先で突かれたので、ちょっとだけ空けると、そこからいっきに口付けが深まった。
慣れない口内の刺激に震えが止まらなくて、縋るようにムウの腕を握ると、さらに向きを変えて口付けが深まった。
それをなすがままに受け入れていると、やがて満足したらしくムウはやっと離れていった。
体の緊張がすっかり抜けてしまって、そのままベッドに倒される。
「ね、……私へのプレゼント、頂いてもいいですか?」
愛しげに目を細め、どこか熱の篭った目で見られると、頷くしかなかった。
胸元に結んであるリボンの結び目を引っ張られると、リボン結びで留めていたリボンはしゅるりと解けた。
なんだかもう、些細な抵抗の意思さえなくなってしまって、ムウを受け入れた。