□ 絡まる想い -前編- □



沙織ちゃんとお茶をしていて、ムウの誕生日プレゼントを何にしようか悩んでいると話すと、買い物に日本を進められた。
たまたま報告で居合わせたシャカがその話を聞いていて、日本に一緒に行ってくれることになった。
翌日には、沙織ちゃんが手配してくれた自家用ヘリでシャカと日本へと向かった。
朝から体が熱っぽい気がするけれど、きっと気温がいつもより高いせいで、気のせいだと思った。

「ふむ。これは思っていたよりも、大変かもしれぬな」
「ほんと、なんでこんなに……」

城戸邸で着陸したあと、お店の多い大通りまで車で送ってもらったけれど、大通りに近づけば近づくほど人が増える。
大通りで付近で降りて、人ごみの中を歩いていった。
まさか今日が日本での祝日で、思っていたよりも人が多かったのは予想外だった。
人の波の中を移動するのが大変で、交差点で立ち眩みのような眩暈がした

、大丈夫かね?」
「う、うん……とりあえず、お店を見たいんだけど……これだけ人が多いときついかも」
「ああ。これだけの人だ、はぐれてしまう危険性がある。、なるべく離れぬように」

なんだか熱っぽくて体が重い。それに眩暈が止まらなくて、思わず手で頭を押さえてしまう。
こんなに体調が悪いのは、久しぶりだった。
シャカにどこかで休みたいと頼もうとして、ふと目の前を見るとシャカの姿がなかった。

「あれ……シャカ?どこ?」

信号を渡りきると、そのまま電信柱に手を着いてもたれる。
このまま座り込んでしまえば、少しは楽になるかもしれないけれど、きっと目立つ。
どこか人気のない場所にいって、少し休まないとと思っていると、誰かと肩がぶつかった。

「たっ……あ、ごめんなさい」

人通りが多かったせいもあるけれど、もしかしてこの場所は邪魔になったかもしれない。
眩暈がするのを我慢して顔を見上げると、見知らない男性が2人いて、なぜか嬉しそうに顔がニヤけている。
ずり下がった大きいズボンに、顔中のあちらこちらにピアスを付けていた。
髪もずいぶんと金髪が痛んでいて、根元の辺りが黒茶色っぽかったので染めて痛んでいるんだと、ぼんやり思った。

「お、ねーちゃん大丈夫かぁ?」
「あー……こりゃあ、ずいぶんとしんどうそうだなぁ」
「大丈夫ですから、放っておいてください……」

放っておいてと言っているのに、人の話も聞かずに2人は目配せしあう。
思わず顔をしかめるけれど、2人は左右から挟みこみ、片方ずつ腕を掴んで引きずってくる。
両腕を引っ張られ、仕方なく前へと進んでしまう。

「んなこと言われてもなぁ~。ねーちゃん、俺たちが良いとこに連れてってやるよ」
「そうそう、すぐに楽になるからねぇ~……お、あの辺りとかよくね?」

あの辺りって聞いて、まるで行き当たりばったりのような感じに、嫌な予感しかしない。
なんとか振り切ろうかと思ったけれど、体調のせいで体が重くてかなり辛い。
迷っている間に建物と建物の間の道へと引きずられていった。

「……ここに、何かあるんですか……?」
「ねーちゃん、看病するからさぁ、ちょっとばかし大人しくしててくれよなぁ?」

気持ちの悪い息遣いと、品定めするような視線、獲物を甚振る前の醜く歪んでいく顔。
あまりの気持ち悪さに鳥肌が立ってしまい、急所を狙って逃げようかと考えたけれど、体調的に2人同時はキツイものがる。
頭痛がするし眩暈がするし、体は鉛のように重いしで最悪だけれど、そんなことは言ってられない。
なるべく早く、1人ずつ片付けようと決めた。
伸ばしてきた手を掴んで引っ張り、体制を崩させると、思いっきり股間にめがけて膝を振り上げた。

「がっ…っ!!!!」
「お、おいっ」

蹴られた男は身を丸めて壁の方へよろめくと、壁際にあったゴミ箱と一緒に倒れた。
それを呆然と見ていたもう1人の男が、我に帰ったように勢いよく拳を振り上げてきた。

「よくもっ……っ!!」
「貴方も邪魔よ」

男の拳を横にそれてかわすと、背中を蹴ろうとして勢いよく足を振り上げる。
けれども、軸にした足元に何かあったらしくて滑った。
いったいなんで倒れたのか原因が分からなくて、足元をよく見るとゴミ箱が倒れたせいで、ゴミが錯乱していた。
まさか足元のゴミに足を滑らせるなんて、不覚だった。
急いで立ち上がろうとした時に、横っ腹に鈍痛にも似た衝撃が走って壁に叩きつけられた。

「かふっ、ぅ……っ」
「こんクソアマがぁっ……!」

蹴り飛ばされたと気づいた時には、何度も蹴られていて身を護るのに丸くなるのが精一杯だった。
こんな時に、シャカいったいどこに行ってしまったんだろうと考えていると、急に相手の動きが止まった。

「うががぁっ!……て、手がぁっ!」
「貴方たち、ここで女性相手になにをしていたのですか?」

なぜかムウの声が聞こえてきて、熱のせいで頭がおかしくなったんじゃないだろうかと疑った。
確認するように、ほんの少しだけ顔を上げてみてみると、男が手首を捻り上げられていた。
それも相当な力で掴まれているらしく、顔が痛みに耐え切れずに歪んでいる。

「あっ、あっ……な、なんもしちゃいねえよっ!ほんとだ!手を離してくれっ!!」
「この状態で、それが通用すると思っているのですか?私は、ここで何をしていたのかと、聞いているのです」

必死に身じろいで逃げようとしている男とは対照的に、怒りを含ませた冷たい声が聞こえた。

「ひっ!……わっ、わかった!わかった言う!た、楽しませてもらおうとしただけだ……っ」
「下衆な……っ」

男は小さな引きつり声をあげると急に大人しくなり、そのまま地面に倒れこんだ。
少しして誰かに抱き起こされ、薄っすらと閉じかけの瞼を明けるとムウが辛そうな顔をしていて、なんだか悲しくなる。

「ひどい事を……、大丈夫ですか?」
「……ムウ?……なんで、こんなところに……」

聖域に居るはずのムウが、なんで日本に居るんだろうと、上手く回らなくなった頭でぼんやりと見上げながら思った。
ムウは、熱を測るように額に手を当ててくる。
その手が冷たくて気持ちよく、目を閉じた。

「やはり、熱が出ていますね」
「ん……ちょっと、しんどいかも」

ムウの腕の中は暖かくて、密着してるせいか、微かに香の良い香りもしてくる。
酷く安心してしまい、ムウにもたれ掛るようにそのまま身を預けた。
それをムウは不安がっていると思ったらしく、そっと頭を撫でてくれた。

「もう大丈夫ですよ、私が付いていますから……」
「ムウ……うん」
「とりあえず、ここから移動しましょう」

返事をするように頷くと、横抱きに抱えあげられた。
さっき急所を蹴り上げたせいで悶絶していた男が回復したらしく、血走った目でこちらを睨んでた。

「てめぇーら……っふざけんじゃねえぞっ!」
「本当に懲りない人たちですね。、すぐに終わらせます」

両手が使えないという状況だったのに、ムウはすごく器用だった。
殴りかかってくる男に足払いをすると、体制を崩した男のみぞおちに、見事に方膝をめり込ませていた。
男は喉に何かを詰まらせたような短い呼吸をすると、声を上げることもなく、そのまま地面に崩れ落ちて動かなくなった。

「これで少しは、懲りると良いのですが……」

ムウの言葉に返事を返したいけれど、体がかなり辛い。
しかもムウが傍に居てくれる安心感のせいか、さっきから眠気が強くて、瞼が重い。
ムウは気づいていたしく、眠気を促すように抱えている腕に力をこめた。

、体が辛いのでしょう?少し、眠りなさい」

ムウがあまりにも優しく語りかけてくるから、そのまま眠るように意識を手放した。