□ 呼応 ~ Prologue ~ □



深い深い意識の底にまどろんでいた。暖かさも冷たさも何もない、すべての感覚を失ったような、死にも等しい感覚。
その最中、まどろみの中で消え行く意識を消さないように、ほんの僅かに残っていた小宇宙を少しずつ少しずつ、溜め込んでいた。
きっとそれは、人間の生存本能がさせた無意識だったのかもしれない。

時間間隔を完全に失っている時の中で、何度も慈愛に包まれるような、小宇宙を感じていた。
それは自分に向けられていた小宇宙じゃなかったけれども、その慈愛にあふれた神々しい小宇宙は、微かに感じ取れた。
いつもなら、きっとまどろみの中にいただろうけれど、今回の小宇宙は、微かにに自我を思い出させるほど悲しみに満ちていた。
だから、語りかけた。

(……どうして、そんなに、悲しんでいるの……?)

いきなりの小宇宙の問いかけに、驚いたような反応が返ってきた。

(あなたは、いったい……?)

私?私は……そういえば、聖闘士だったんだ。その事を、薄っすらと思い出した。
星座は……?……川だった気がする。大きな、大きな……川。そう、エリダヌス川。
そのエリダヌス川を模った星座、そう……私は、エリダヌス座のだったんだ。

(わたしは…………エリダヌス座の、……)
……あなたも、聖闘士なのですね)
(……うん。……そう。……ねぇ、何がそんなに悲しいの?)

躊躇っているように、微かに小宇宙の幅が揺れた。だから、話してもらえるまでじっと待つと、やや躊躇いがちに語りかけてきた。

(私は……闘いの中で、沢山の命を散らせてしまいました。それは、平和への道……地上を守るための戦いでした)
(うん……そうだね。それは聖闘士の宿命。正義のため、平和のためと……みんな、命を懸ける)

そうやって、みんな聖闘士の誇りを胸に抱き、信念を貫いていく。そうして、地上のためにと命を散らしていく。
私も、聖闘士である以上は、そうやって生きているのだから。まあ……生きてるのかどうか微妙なところなんだけれども。

(それは、わかっています。……ですが、これが本当に正しいことなのでしょうか?彼らにも、未来はあったのでは?と、思ってしまうのです)

本来なら死なない未来もあったんじゃないかと……確かに、未来なんてものは1つじゃない。
幾重にも広がっていって、その一本を辿っているのに過ぎない……だから、彼女の言ってることは、ある意味正しいのかもしれない。
もしかして……と、思うのは愚かなことかもしれない。けれど、それを願うのは悪いことじゃない……他人に向けるその気持ちは、きっと……。

(……優しいね……でもそれはきっと、大切な心なんだと思う)

また彼女の小宇宙が揺らいだ。それはまるで、肯定されることに驚いているみたいだった。

(そして、もしもう少し私に力があれば……彼らの時間を帰してあげられるのにと……そう、思ってしまう瞬間があるのです)

ああ、だからこんな風に胸を痛めていたんだね。小宇宙に悲しみを漂わせて。
自分の力が足りないからと……もしかしたら、時間を返せたのかもしれないのにと……。
だったら、私を使えばいい……そう、素直に思った。

(だったら、私の力を貸してあげる……。ずっと、まどろみながら小宇宙を貯めてたの。その力を一気に解放すれば、あなたの助けになれると思うの)

どうもまた、躊躇っているみたいだった。よく躊躇う子だなぁと、ぼんやりとした意識の中で思った。

(……本当に、良いのですか……?)
(うん。だから……そのために、私を探して……)
(あなたはいったい……どこに?)
(私にもわからないの……ここはね、何も、感じないの……)

自分でさえ、どうなっているのかがわからない。なにか、大事なことを忘れている気がする……そうだ、確か……ダイヤモンドダストを凌いで……ダイヤモンドダスト?
それは、氷の攻撃……ああ、そういえば水瓶座のカミュに攻撃されたんだっけ……そして最後に、フリージングコフィンで……氷付けにされたんだ。

(最後に水瓶座のカミュの攻撃を受けたから、たぶん、どこかで氷付けにされているかもしれないわ……)
(いったいどこに?)

意識が、ゆっくりと深遠に落ちていく……また、まどろんでいく。

(……ごめんね……もう、そろそろ、保てないの。……もし、私を見つけたら、あなたの願いの力を解放してね……)

また深遠の闇に包まれたような、生きているのかどうかさえ危うい意識の深淵に、吸い込まれるように沈んで行く。




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慈愛に満ちた、大きな小宇宙を感じた。それによって、また微かに意識が目覚める。ああ、彼女が着たんだと。

(やっと……見つけました。あなたは、こんな場所に居たのですね)

どこか安心したような小宇宙が語りかけてくる。音は何も聞こえないけれど、小宇宙だけは使えるのが、なんとか救いになったみたいだった。

(うん。あなたの願いを、小宇宙に乗せて開放して……私も、それに合わせるから……そうすれば、足りない力が補えるかもしれないわ)

(ありがとうございます。では、はじめますね)

体に震動が伝わってきた。たぶん、彼女の小宇宙の影響かもしれない……今までなかった外側からのアクションに、私の全小宇宙を解放する。
そうすることで、外と内の両方から力が加わって氷が解けるように砕けた。

彼女の小宇宙に、自分の爆発的に膨れ上がった小宇宙を混ざらせるように重ねる。小宇宙自体に性質があるけれど、彼女のはとても神々しくて慈愛に満ちている。だから、私もそれに合わせるように慈しむような優しさを混ぜる。

もう居ない両親からもらった、沢山の愛情……優しい気持ち。私の、大切な思い出たち……。混ぜ合わさり、どんどんと膨らむ小宇宙は、やがては黄金ににも似た、白い世界を作り出した。

そうして白い世界の中で、極度の疲労と小宇宙の急激な消費により、私は意識を失った。