□ 姉妹協定 □



ゆっくりと目を開けると、部屋の明かりが目を直撃した。本気で眩しくて、何度も目を瞬かせる。
身体をゆっくりと起こしてみると、なんだか身体がぎこちない。全身が鉛のように重くて、不思議に思っていると、声が聞こえた。

「目が覚めたのですね。まだ、無理をしてはいけませんよ。貴女の身体は、さっきまで氷の中だったのだから」

ゆっくりと声のした方を振り返ると、薄紫の長い髪の少女がこちららに近づいてきた。
まだ頭がぼんやりとして、自分のおかれている状況が掴めない。でも、この少女の声はどこかで聞き覚えがあった。

「貴方は……そういえば、私は……氷の中に、閉じ込められて……あ、そっか」
「本当に、あの時はありがとうございました……。わたしは、なんとお礼を言えばいいのか……」

感無量と言わんばかりに、ほんのりと目に涙を浮かべながらお礼を言う少女に、困ったように微笑んだ。
本当に、こんな風に素直に言われるとちょっと照れてしまう。
あの時は、本当に素直に力を貸したいと思ったから、そしてあの時たまたま力が蓄積されていたからできたことで。

「ううん。いいの……私は、あなたの思いに答えただけだもの……だから気にしないで……。それにね、貴方が私を見つけてくれたから、できたことだしね。もしかしたら、私はずっと氷の中で眠っていたのかもしれないでしょ?だから私の方こそ、見つけてくれてありがとう。それに、お互い様ってことでね」

最後の方を少しおどけた風に言うと、少女を驚いた風に瞬きを2,3回ほどした後に「優しい方ですね」と言いながら微笑んだ。
とても穏やかに笑うこの子に、なんだか凄く親しみが沸いてくる。こんな妹が居たら、きっと楽しいのかしらと思わず思ってしまった。

「ねえ、ここはどこ?」
「ここはギリシアの聖域です」

聖域と聞いて、一瞬信じられなかった。紅い絨毯が部屋中に敷かれて、品の良い調度品に、綺麗な薔薇が机の上に飾っている。
このベッドだって天蓋付のベッドで……聖域に数年は居るけど、こんな部屋は見たことない。

「……聖域にこんな場所……あったかしら?」
「ええ、あります。ここは、アテナの間の横にある客室です」

一瞬、ぼんやりとしていた頭がアテナという単語に反応して目が覚めた。
アテナの間がある所といえば、教皇の間の後ろ。つまり黄道12宮のさらにその奥の神殿で、聖闘士といえ普段なら絶対に入れない場所。

「……はあっ?!なんで私、アテナの隣の客室に居るのっ?!?!わけがわからないわ!」
「驚かせてしまって、ごめんなさい。氷から開放されたさんを運ぶ場所が無くて、とりあえずこちらに運んだのです」
「え、うん。わかったけれど……とりあえず、アテナからお許しは頂いたの?勝手に神殿に人間を運んだらダメよ?」

いくらなんでも、勝手にアテナの隣の部屋を使用するなんて、それはちょっと不味い気がする。
ふと少女を見ると、小さく笑っている気がする。人が心配してるのに、この少女は何を呑気に笑ってるんだかと思って少しムッとした。

「ええ。それはもちろんです。許可はちゃんとあります。だから、気にせず安静にしてくださいね」

少女にそっと手を添えられてベッドに戻される。別に抵抗する理由もないので、そのまま寝転んだ。
そこでやっと、この少女は誰なんだろうと思えてきた。凄く今更な気がするけど、せめて名前だけは聞いておかないと不便だ。

「ねえ、貴女の名前は?」
「私ですか?私は……城戸沙織と言います」
「そっか……じゃあ、沙織ちゃんだね」

言った瞬間に、どこかで同じようなことを昔したような感覚が襲ってくる。そういえば……小さな頃に、全く同じことを言った記憶がある。
どこだったかを必死に思い出して、過去の記憶を辿っていくと、なんとなく思い出した。子供の頃に参加した、伯父主催のパーティ。そこで出合った子供が同じ名前だった。
そう、ちょうどこんな髪色で……成長したら、まさにこんな子になってるはず。

「もしかして、グラード財団の……城戸沙織ちゃん?」
「え、ええ。そうですが」
「そっか……覚えてるかわからないけど、私ね。小さい頃に貴女とあったことあるの。…… という名前に覚えがない?」

もしかして、という思いで声をかけてみる。本当に昔のことだから、覚えてなかったら覚えてなかったで別にそれでもいいかなと思った。

というのは……家の方ですか?グラード財団と、一時は肩を並べるほどの財団だったとおじいさまから聞いています」

父が死んでからはよく知らないけど、確かに家は父の代で急成長したって聞いたことがある。よく母が父のことを自慢げに話してたから覚えてる。
でも、母が死に、父が死に、そして伯父が後見人となって私を聖闘士として送り込んだから、財団のその後は知らない。

「そう。今は伯父様が実権を握っているけどね。父が死んだ後になるかな。伯父様が、財団の総取り締まりの代表となった頃に、発表のためにパーティを開いたことがあるの。その時に、一度あったことあるの」

さすがに覚えてないかなって思って振るかえると、沙織ちゃんは瞳を見開いて何回か瞬きをして、呆然としたように呟いた。

「あの時の……お姉さま……」

その呟きは完全に覚えていたということで、かなり驚いしまい思わずベッドから身体を起こした。

「覚えてるの?!だって沙織ちゃんは、まだ3,4つくらいで……」
「ええ、覚えています。あれは、初めておじいさまに連れて行ってもらえたパーティでしたの。憧れや期待もありましたが、本当にわからないことだらけで、不安でいっぱいでした。その時に、さんが声をかけてくださって……まるで本当の姉のようにずっと手を握ってくださいましたよね?」

本当に懐かしそうに目を細めてこちらを見る沙織ちゃんに、小さな頃の面影が見えた。
不安を顔いっぱいに浮かべていたから、手を握ってあげるとこっちを不思議に見てその後にふんわりと笑っていたあの子。
その時の笑顔がそっくりで、やっぱりあの子だと確信した。そのとたん、懐かしい気持ちも溢れかえってくる。

「もし、よかったら……あの頃のように、お姉さまと呼んでもいいかしら?」
「もちろん、いいわよ」

あの時のように、そっと手を握る。もう家族は居ないけれど……姉妹と言うものに、少しの憧れがあったから本当に嬉しかった。

お姉さま……」
「何?沙織ちゃん」
「わたし、お姉さまを本当のお姉さまのように思ってもいいのかしら?」
「もちろんよ。私も、沙織ちゃんのような妹なら歓迎するわ」

二人で微笑みあうと、小さくくすりと笑う。その時、扉を叩くを音が聞こえた。
すぐに沙織ちゃんが返事をすると、なぜか教皇の服を着た緑色の髪の青年が入ってきた。

「アテナ、エリダヌス座の聖闘士は目覚めたか?おお、目覚めておるな。身体は大丈夫か?」
「え…………アテナ?」

今、アテナって単語が聞こえた気がする。それに、この部屋には私と沙織ちゃんしか居ないから必然的にアテナという単語は沙織ちゃんに向けての単語であって……ということは、アテナは沙織ちゃん。いや、まさかの聞き間違いということもあるかもしれないと思い青年の方を見てみる。

「そこに居るではないか。その方がアテナだ」

この青年はそういうけど、私はまだ信じられない。思わず沙織ちゃんの方を見て確認してみる。

「沙織ちゃんって……アテナだったりするの?」
「え、ええ。そうです」

困ったように頷いた沙織ちゃんを見て、一瞬だけ思考回路が考えることを止めた。
いやいやいやいや、いくらなんでも沙織ちゃんがアテナ?!どんなドッキリなの!!私ってずっとアテナにタメ口だったわけ?!しかもお姉さまと呼んでも良いって言ってしまったし!今後どうしよう!?と思わず頭を抱え込んだ。