□ 躊躇う、頼み。 □



童虎を連れて自室へと戻る最中、童虎に町への買い物にムウと行きたいということを、なんて切り出せばいいのか悩んでしまう。
もしかしてだけど、護衛だからといって断られる可能性もあるので下手に話せない。
とりあえず童虎が行きそうなところを考えて、最近はあまり五老奉に行っていないことを思い出した。

「えっと、童虎?たまには五老奉に戻ってみない?」
「急にどうしたんじゃ」

いきなり話を振られて、童虎は驚いたように何度か瞬きをした。
さすがに話が急すぎたのかもと少し焦るけれど、してしまったことは仕方ない。

「いや、ほら……たまには春麗ちゃんに顔を見せに戻るのも良いんじゃないかなって」
「そうかのう……紫龍がおるし、別に心配することもないんじゃが……」

童虎は腕を組んで悩むように考えていたけれど、すぐに何かに気づいたらしい。
首を少し傾けると、こちらの方を横目で見る。

「もしかしてじゃが……は、誰か一緒に行きたい者でもおるのか?」
「え、あ……うん」
「なんじゃ、みずくさいのう……それならそうと早く言えばよかろう」
「まあ、そうなんだけど……なんだか言いづらくて」

童虎はあまり気にしていないらしくて、声を上げながら軽く笑った。

「つまりじゃ。は他の者と一緒に出かけ、その間わしは五老奉に出かけるということじゃな」
「そうなるかも。ごめんね、頼んでもいいかしら?」

童虎を見てみると、別に気を悪くするわけもなく軽く頷いた。

「別にかまわんよ。じゃが、は誰と出かけるつもりなんじゃ?まさかと思うが、シオンだと言うではないぞ」
「あははっ……さすがにシオンさまじゃないわ。前にムウと町に出かけたことがあって……だから今度もムウと一緒に出かけたいなって思って」
「なるほどのう。以前に出かけた時、よほど楽しかったんじゃな」

楽しかったというより、知り合い全員に勘違いされたという経緯があって、他の人とは行きづらいだけなんだけど……さすがにそこまでは言えなかった。
少し困ってしまい曖昧に微笑んでいると、童虎は何か察したらしくて、それ以上は聞かなかった。

「のう、それなら先に約束を取り付けに行った方が良くないかのう?それにの休みは明日じゃろう」

たしかに童虎の言うとおり、自分が休みの日だからっていきなり白羊宮に行っても居るとはかぎらない。
もしかしてジャミールに行っている可能性もあるかもしれないし、それだったら童虎の言うとおり先に言ってもいいかもしれない。

「それもそうよね。善は急げっていうし……うん、ちょっと白羊宮まで行ってくるわね。……あ、童虎も一緒に来てもらっていいかしら?」
「はははっ、かまわんかまわん。待機しているのも暇だしのう、どんどん出かけてくれてもかまわんぞ」
「ありがとう、童虎。じゃあ、そっさくだけど白羊宮に行きましょう」

教皇宮を出て12宮の階段を下りていると、童虎が何かを思い出したように口を開いた。

「不思議なんじゃが、ムウとおぬしは少し前まで喧嘩しておらんかったかのう?」
「えっと、そうなんだけど……ムウにおされたというか、説得されたというか……まあ、その色々とあったのよ!」

恥ずかしいのもあるけれど、なんて説明すればいいのか解らなくて、つい誤魔化してしまった。
童虎は少し不思議そうにしていたけれど、すぐに満面の笑みを浮かべた。

「まあ、あれじゃのう。仲が良いのは良いことじゃ!」
「そ、そうよね!」

快活に笑う童虎に釣られるように笑ってしまう。
仲良くなりすぎたような気がするけれど、さすがにそこまで言えなかった。
少しして白羊宮につくと、中へと入る前にムウが奥から出てきた。
ムウの方もこちらに気がついたらしく、目が合うと微笑み返してくれた。
それが嬉しくて、歩いている速度を少し速めると小走りのようにムウの方へと向かった。

「気配がしたので、もしかしてと思ったのですが……やはりでしたか。ああ、老師もご一緒ですか」
「気のせいかのう……まるでわしがオマケのように聞こえたんじゃが」
「いえ、そんなことはありません。それより、何かあったのですか?」

ムウはいつも通り穏やかな口調で童虎の話を軽く流すと、不思議そうにこちらを見てきた。
童虎は"何かシオンに似ておるな……さすがは師弟と言うべきか"と、ぼやいていて思わず苦笑してしまう。

「ムウにね、ちょっと頼みたいことがあってきたの」
「頼みごと?珍しいですね。ああ、お茶を出すので、奥へどうぞ」

ムウの隣に並ぶように立つと、ムウは白羊宮の奥へと続く道を歩き始めた。
童虎も反対側に立ち、しっかりと歩く速度を合わせていてくれる。

「そういえば、貴鬼くんはどうしたの?よくムウの近くに居たような気がするんだけど……」
「貴鬼なら、ジャミールです。さすがに四六時中、常に傍に居るわけでは無いですよ」

ムウは視線だけをこちらに向けると、微かに笑みを浮かべた。
言われてみれば、貴鬼くんはずっと白羊宮に居たわけじゃなかったのを思い出した。
たしかに修行のために白羊宮までムウに会いに来ていたんだっけ。

「ねえ、ジャミールで今はどんな修行をしてるの?」
「今は、午前中に採りに行った修復の材料を仕分けさせているところです」
「もしかして、それで材料の種類や使い方を覚えるの?」
「そうですよ。基本中の基本ですが、やはり類似している種類などもありますし、材料のミスは許されません。そのような時は経験と感がものをいう時もありますから」

ちゃんと修復師っぽい修行をしていて、なぜか少し感動してしまった。
ムウは気づいたらしくて、くすくすと小さく笑っていたけれど、すぐに何かを思い出したように口を開いた。

、ジャミールの帰りに新鮮なミルクを手に入れたんですよ。紅茶に入れてミルクティーにしましょうか」
「うん!すごく美味しそう!」
「本当はお菓子用にと思っていたのですが、濃厚で新鮮なミルクですから、きっと飲んでも美味しいですよ」
「そうなの?ふふっ、今からすごく楽しみ」

あまりに楽しみすぎて思わず顔が緩んでしまう。
それをムウは見ていたらしくて、くすくすと小さく笑った。
けれどすぐに何かを思い出したように童虎の方を見る。

「老師は……紅茶でも良いですか?」
「ああ、なんでもかまわんぞ」
「そうですか。では、ここで少し待っていてください」

ちょうど目的の部屋についたらしく、ムウは扉を開けると奥の方へと案内してくれた。
童虎と席に着くのを確認すると、ムウは飲み物を作りに台所へと消えていった。