□ 逢瀬の協力者 □
童虎と2人で待っていると、ムウが奥にある台所から飲み物を運んできた。
近づいてきたムウと目が合うと、持ってきた飲み物を手渡される。
「、どうぞ」
「ありがとう」
受け取ったミルクティーから、ミルクの匂いに合わさるように紅茶の香りがした。
ちょっとだけ飲んでみると、ミルクの濃くて滑らかな味が濃いめに入れた紅茶ととてもあっていて、すごく美味しい。
「ムウこれ、すごく美味しい」
「そうですか。に喜んで貰えて良かったです」
美味しくて、つい顔が緩んでしまう。
ふと目が合うと、ムウは穏やかな笑みを返してくれた。
そんな些細な事なのに、なんだかすごく幸せな気分に浸れる。
「老師も、こちらをどうぞ」
「すまぬな」
童虎の前に紅茶を置くと、ムウはすぐ隣に、まるで寄り添うように座った。
それがちょうど童虎の向かい側に2人で座る形になってしまい、何かおかしな構図になってる気がしたけれど、自然になったものは仕方ない。
ムウと離し易いようにと向かい斜めに座っていた童虎は、なんとも言えない顔をしていたけれど、ムウは全く気にしてないようだった。
「それで、今日はどうしたのですか?」
「実はね、情報収集と状況をみるために女中に変装して宮内を散策することになったの」
「はぁ……まあ、何もしないよりは良いかもしれませんが……ですが、いったい何があってそうなったのですか?」
不思議そうな目をして、ムウはこちらを見てくる。
とくに理由という理由はなくて、本当に思いつきだけの実行だったから説明に困る。
「え……う~んと、思いつきと勢い?」
「は、相変わらずですね。それでシオンとアテナには事情を話しているのですか?」
ムウは何かを思い出したらしく、くすくすと笑っていた。
思い当たるところが多くて、思わず顔が引きつるように苦笑いしてしまう。
「う、うん。ちゃんと説明したけど……それに沙織ちゃんとシオンさまの許可もちゃんと取ってるわ」
「ならいいのですが……、もしかして女中の姿の時は、1人で行動を?」
何か問題でもあるのだろうかと思わずムウの方を見ると、ムウはこちらの方を見つめていた。
後ろめたいことは何もないのに、なぜか視線を逸らせてしまった。
「そうだけど……だって、童虎なんて連れ歩いてたら、ばれるじゃない」
「そうじゃな、ちぃーとばかり目立つしのう」
「ちょっとってレベルじゃない気がするけど……」
思わず半眼で童虎を見てしまう。
どう考えても、私服で教皇宮内を歩いている人間なんて、目立つに決まっている。
しかも教皇宮内で働いている人の大半は黄金聖闘士の顔を知っているから、どう考えてもすぐに気づかれる。
「そうかのう?これでも、あまり目立つような行動は控えておるのじゃが」
「行動は控えめでも、見た目が目立ってるから!」
「はははっ!これは手厳しいのう」
ふいに童虎から快活さが消えると、急にムウを見据えた。
「ムウよ、何を気にしておる。最近のは、ずいぶんと力をつけておるしのう。何も問題はないはずじゃ」
「そうそう、童虎だってこう言ってるし」
童虎の援護に一緒になって頷いていると、ムウは諦めたように溜息をついた。
「老師がそう言うのなら、別に反対はしませんが……1つだけに忠告しておきます。女中の姿でシオンの私室に立ち入ることは止めてください」
「え……」
「いいですか、。1人でシオンのところに行こうなどと、絶対にしてはいけません」
「そうじゃのう……が1人でシオンの私室に行くなど、自ら火に飛び込むようなものじゃ」
妙に真剣なムウに、勢いに圧されるように何度も頷いた。
童虎も童虎で、じっとこちらの方を見てくる。
少し大げさなんじゃないかと思ったけれど、2人があまりにも真剣だったから、頷くしかなかった。
「わ、わかったわ。行く時は、誰かを連れていくわ。それでいいんでしょ」
「……は、危機感があまりにも無いので少し怪しいですが……まあ、いいでしょう」
「失礼ね、危機感ぐらいちゃんとあるわよ」
「シャカの腰に引っ付いたり、シオンに跡を付けられたりしたのにですか?」
しっかりと覚えていたらしく、刺さるようなムウの視線が痛い。
言い訳なんてとてもできなくて、耐え切れずに視線を逸らしてしまった。
「え、あ……そ、それは……ごめんなさい」
「本当に、少しは私の気持ちにもなってください……」
これ見よがしに溜息を吐いたムウに、童虎は何かを感じ取ったらしくてムウの方を見る。
ムウはその視線に気づいたらしく、童虎の方を見た。
「少しばかり気になるのじゃが……おぬしら、少し仲が良すぎぬか?」
「まあ、それは……ええっとー」
やっぱりこの座り方をみたら、さすがの童虎も何か思うところがあったらしくて、何かを考えるように眉を寄せている。
ムウはくすくすと小さく笑うと、こちらに視線を向けてきた。
「、この間あげたものを……」
「えっ、うん」
この間ムウから貰ったものと言えば、指輪くらいしか思いつかなかった。
首にかけてあったチェーンを取り出し、外してムウに渡した。
ムウはチェーンから指輪を外すと、まるで流れるような動作で左手の薬指にはめてくれる。
最後に、仕上げと言わんばかりに薬指に軽く口付けた。それが何を意味することなのか、童虎にはすぐに解ったらしい。
どこか勝ち誇ったようなムウとは対照的に、恥かしさのあまり顔がどんどんと熱くなっていく。
ちらりと見てると、童虎の顔が引きつり始めていた。
「こういう関係ですが?」
「おっ、おぬしら……いつの間に……」
「つい最近ですね。……ここまでくるのに、ずいぶんと苦労しました」
ムウに肩を引き寄せられ、自然と寄りかかってしまう。
童虎の視線が気になってしまい、恥ずかしさのあまり目の前のティーカップに視線を移してしまう。
「ちなみに聞くが、シオンはそのことを知っておるのか?」
「知らないはずですよ。まあ、知っていたとすれば……あのシオンが大人しくしているとは思えませんが」
「そうじゃのう……知らぬから、平静を保っていられるのじゃろうな」
童虎とムウの会話で、巫女になったきっかけを思い出した。
白羊宮の風呂場を借りて、うっかりムウに裸を見られたって話でも、シオンさまは怒っていた。
それに護衛をつけたり、からかってきたりしてきたことを考えると、激怒するような気がする。
「わしは、あまりそういったことは苦手じゃ……だから何も言わぬ」
「賢明なご判断……さすが老師です。それで少しご相談があるのですが……最近、との時間があまり取れません。どうしたら良いと思いますか?」
童虎に相談って、いったい何を言っているのかとムウの方を見てみると、いつも通りの笑みを浮かべているだけだった。
心なしか、何か黒いものを感じるような気がするけれど、きっと気のせいだと思いたい。
ちらりと童虎の方を見てみると、顔が思いっきり引きつっていた。
「何かあれじゃのう……まあ、良い。、わしは今から五老奉に出かけてくるぞ」
「え、どうしたの童虎?」
「、老師は気を使ったのですよ。このまま、ご好意に甘えましょう」
ムウはそのままの体制で童虎が立ち去るのを上機嫌で見送ると、こちらの方に向き直った。
肩に回っていた手に力を入れて、引き寄せられる。
気がついたら、ムウの膝の上に乗っかるように上半身を横抱きにされていた。
「なんだか使ったというより、使わせたような気がするんだけど……」
「細かいことは、気にしてはいけません。せっかく、二人の時間を持てるというのに……」
顔を上げると、思っていたよりもずっと距離が近いらしくて、すぐ間近でムウと視線が交じる。
翡翠色の瞳をどこまでも優しげに細められると、顔が熱くなってきて、胸が苦しいくらいに高鳴ってしまい、思わず視線を逸らしてしまう。
「可愛いですね、耳まで真っ赤ですよ。照れているんですか?」
「だ、だってムウが……」
「私が?」
好き過ぎてと言いかけて、ちらりとムウの方を見てみると、すごく楽しそうな笑みを浮かべていた。
これはもしかして、反応で楽しんでいると気づいた。
「もうムウっ!私で遊ばないでっ!」
「ふふっ……が、あまりにも可愛い反応をするからですよ。それに、ずっと我慢していたんです……ですから多少は、ね?」
「ムウ……」
言われてみれば、さすがに人目があるところでは何もされなかったけれど、あれは我慢していたのかと気づいた。
顎に軽く触れられ上を向かされると、被さるようにムウの顔が近づいてきた。
受け入れるために目を閉じると、甘い熱が降ってくるのを待った。