□ 記憶 □



あれからいくら考えても、いつ雲雀さんと出会ったのかを思い出せない。だいたいヒントが花なんて……元・緑化委員だから花関連なんて沢山あるのに・・・なんて事ばかり考えてたら時間ばかりが過ぎて気がつけば放課後になっていた。
この日は掃除当番の日で掃除をしないといけないんだけど、雲雀さんに呼ばれてるんだっけ。でも、さすがに掃除をすっぽかすっていうのも気が引けたから掃除することにした。
ほとんど掃除も終わりかけの頃になってきた頃に、沢田くんが話しかけてきた。

「あのさ、さんって4月の時にチューリップ配ってなかった?」
「何、いきなり…」

チューリップ……?そういえば、緑化委員に入ってから初めて咲いた花がチューリップだったっけ。卒業間近の先輩たちが、沢山植えたおかげで沢山咲いたんだっけ……それで、沢山のチューリップが咲き誇るのがとても嬉しく、それをみんなに配ったっけ。誰と誰に配ったかまではあまり覚えてないけど…・・・。

「そういえば……ハヤテにそっくりな雰囲気の子にも配ったような……一人でしょんぼりと掃除してたからあげたんだけど……あれって、もしかして沢田くん?」
「あはは…うん。たぶんオレかな…」
「へぇ……あの頃は確かいつも一人だったよね?それで男子からよく掃除を押し付けられてて……常にどじばっかりして笑われてたっけ……」
「う、うん…」

はっと気づいた時には、首をだらりと下げて落ち込んでいた沢田くんが居た。ちょっと、言い過ぎたかもって少しだけ反省した。

「で、でもほら……それも個性の一つじゃない?だから気にしないほうが良いって!それに今はお友達も居るでしょ?」
「あ、ありがとう・・・・・・」

それってどんな個性なのって自分にちょっと突っ込みたくなったけど、今は絶対に言わない方がいいって思ってそのままにっこりと笑っていると、沢田くんも笑い返してくれた。

「あの時さ、そのチューリップに凄く救われたんだ。だから、ありがとうって言いたくて…でも、言うタイミングがなかなかみつけれなかったんだ…だから、その…あの時のチューリップ。ありがとう」

面と向かって真っ直ぐにお礼を言われたことが、なんだか気恥ずかしくて顔が少しだけ火照ったのが解った。このままここに居るのは、ちょっと無理かもと思って雑巾の入ったバケツを掴んで「洗いに行ってくるね」って伝えてそのまま水道に向かっていった。




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火照る顔を無視して、バケツの水を取り替えて雑巾を洗っていると、ふとチューリップを配ってた時のことを思い出した。
あの時は確か…沢田くんにあげて…それから、たまたま出会った校長にあげて…そのまま職員室でも配ったんだ……それから、天気が良かったから屋上にも行ってみたんだ・・・・・・。
そこで……学ランを着てる人に出会って・・・・・・って!?あれって……雲雀さん!!?

「嘘……え、でも……あれは……」
「なにブツブツ言ってんだ?」
「え?!あ、獄寺くん……何?どうかしたの?」
「どうもしねぇーよ。それより、掃除終わってっぞ?おめーが遅いからって十代目が心配してんだよ」
「終わってるの?!ごめん、ちょっとバケツおねがい!」
「あ?!おい!こらっ」

バケツと雑巾を獄寺くんに任せることにして、急いで応接室まで来ると軽く扉を叩いてみる。返事がないから、もしかして聞こえてないのかもって思ってもう一度叩いてみるけど全く返事が返ってこない。もしかしたら何かの作業に夢中になって気づいてないかもしれないと思って、仕方なく扉を開けて中の様子を見ることにした。

「居ない…?」

窓側にある椅子に座ってるはずの人物が居なくて、部屋全体を見回してみるけど居ないものは居なかった。ここで突っ立って待つよりも中に入って待ってようって思って中に足を踏み入れかけた時、すぐ後ろから声が聞こえてきた。

「遅かったね」
「?!ひ、雲雀さん!驚かさないでください…っ」
「君があまりにも遅いから、少し様子を見に行ってたんだよ」
「すみません、掃除当番だったんです」

雲雀さんは別段怒るわけでもなく、「そう」って一言だけ言うと応接室に入っていく。その場に突っ立ってるのも変かもって思って雲雀さんの後を追いかけるように部屋に入っていった。

「思い出せたの?」
「え、ええ…まあ。」

応接室のたぶん来客用と思われる椅子に指を刺して「座りなよ」って言ってくるから、言われたとおりに座ると雲雀さんも横に座った。あまりに近すぎる距離だったから少しだけ身を引いて距離をとった。

「それで?」
「確か、屋上に居ましたよね?それで私がチューリップをあげたんですよね?」
「うん、そうだね…あってるよ。正解。」

やっぱり、あの時の人は雲雀さんだったんだ……。なんだかピリピリとしてたから花をあげたんだけど、微かにだけど驚いてたような気がする。

「でも、なんでそれと関係があるんですか?」
「あの時、は幸せのお裾分けって言って僕にチューリップをくれたよね。その時の笑顔が忘れられないんだ……自分でも馬鹿馬鹿しいって思うよ……だから……」

雲雀さんは、話ながら自嘲気味に笑った。でも、言葉が言い終わると同時に真剣な顔をしてこっちの方を見てくる。その先は、だいたい言わなくてもわかった。

「雲雀さん……でも、私……男嫌いですよ?」
「うん、それくらい知ってるよ。原因も知ってるしね」
「え……原因って…・・・なんで知ってるんですか?!だって、あの時・・・…」

ハヤテの散歩中で……その時は時間も遅かったから、時間短縮にって思って普段なら通らない公園を抜け道として歩いてて、知らない人に襲われた。ハヤテが小型犬だったから向こうも侮ってきたらしい。
犯人は飛び掛るように私に向かってきて、勢いで倒されて頭を強く打った。そのせいで私の意識は途切れたけど、気づくとどこかの病院に居てハヤテは私を守ろうとしたために、犯人に殴打されて打ち所が悪かったせいで助からなかったらしく冷たくなってた。

「元々あの辺りは変質者が出るって話だったからね。並盛の風紀を乱すやつはちゃんと咬み殺さないとって思って巡回してたんだ。それでを見つけて、声をかけようとしたんだ。そうしたら君、襲われてたじゃない」
「じゃあ……あの時、助けてくれたのは…・・・」

ずっと、ハヤテが身を挺してかばってくれたって思ってた……でも、よく考えてみると、私は病院に搬送されてた。それは誰かが通報してくれたってことで…誰かが駆けつけてくれたってこと。あの時は、あの公園を通らなかったらとかあいつさえ居なかったらとかって、怖さと後悔ばかりが心の中で渦巻いてて、他の事は考えてなかった。

「僕だよ。君は気絶してたからね。わからないのも当然だよ」
「雲雀さん…」

名前を呼んだのは良いけど、本当に何を言ったらいいのかわからなくて困って黙っていると、雲雀さんの方が先に口を開いた。

「今すぐ好きになれとは言わない。これから好きになればいいよ」

ただ、じっと見てくる瞳から視線を逸らせなかった。だって、不安なのか目が微かに揺らいでる・・・・・・それを見つけてしまったから、どのくらい本気か解ってしまった。

「わ、わかりました……」

返事と共に頷くと、雲雀さんが滅多なことじゃない限り見せないんだろうなって思うような柔らかい微笑を向けてきて、心臓が少し苦しくなった。そのまま見入ったように見ていると、雲雀さんの顔が近づいてきた。
まだ少し体が震えているけど……きっと、本当に好きになるのは時間の問題だろうなぁって思いつつ、目を伏せた。