□ 決裂 □





病室で二人……静かな沈黙が部屋の中に広がってる。ふいに、イーピンが惚れているっていう沢田くんの言葉を思い出した。こんな感情知らない……でも、解るのは恭弥さんの為を思ったら、別れた方がいいのかなくらいで……なんだか胸が重くて、息苦しい。
回りを見てみると、ベッドの側にイスがあった。そのイスを引き寄せて座ろうとしたら、恭弥さんに腕を引っ張られてそのまま倒れこんだ。

「ちょっ……きゃぁっ……もう!さっきから何なんですかっ?!……あ、もしかして……」
「何?」

そういえば、病気になって寝込んでる時って、妙に心細くて、不安になる。まさかと思うけど……恭弥さんも例外なく同じなのかなって思った。起き上がろうとして、体を起こそうとすると腕でしっかりと抱きしめる形で固定された。

「なんでもないです。それより、放してくれません?」
「嫌。もこのまま一緒に寝たらいいよ」

すぐ間近に感じる体温と、いつもよりもずっと近い声。しかも微熱のせいで、声がいつもより甘い感じがする。なんだか胸が苦しくて、心臓に持病でもあるの?って疑いたくなるほど心拍数が上がった。

「む、む、無理です!絶対に無理です!お願いですか放してくださいっ!あ、じゃあ手を繋いであげますから!」
「は?なんで手を繋ぐ必要があるの?このままでいいでしょ」
「もう!この体制って結構疲れるんですよ?だから放してください!ちなみに私、全然眠くないですからね!」

なんとか恭弥さんに離してもらって、起き上がった。その時に、窓際に置いてあったお見舞い用のフルーツと花瓶に添えられた花が目に入った。そういえば……病院に来る前に花束を、買ってきたはず。

「あ……恭弥さんのお見舞い用に持ってきた花束、どっかに忘れてきちゃった?!」
?」
「えっと……どこに置いたっけ……」

思い出そうとしても全然記憶にない。というか、どこまで持ってたかも覚えてない。必死に思い出そうとがんばってみるけど……全く記憶になくて、反対に頭が痛くなってきた。思わず口から「どうしよう…」って独り言を、繰り返し言い始めてた。

「来る時にはあったんでしょ?最初に来た道を辿っていったら見つかるんじゃない?」
「それもそうですよね!じゃあ、ちょっと探してきますね!」

返事を聞く前に、急いで病室から抜け出して玄関に戻る。そこでよく考えてみると……もう病院の玄関に着いたときからなかったような……ということは、ディーノさんの車の中?!がっくりと肩を落とすと、ため息をついた。もう諦めて病室に戻ろうと思い振り返ったときに、ディーノさんの声が聞こえたような気がした。一瞬、驚いて振り返ったら本当に居た。

「よっ、
「ディーノさん?!帰ったんじゃなかったんですか?」
「ああ、そーなんだけどな……ほら、。忘れてただろ、これ?」

花束を目の前に差し出されて、思わず受け取る。ピンクのバラと白いカスミソウ……うっかりディーノさんの車に置いてきた花束だった。驚いてディーノさんの方を見ると、頭をまるで子供にするように軽く撫でられた。

「これ……わざわざ届けに着てくれたんですよね。ありがとうございます」
「ははっ、気にすんなって!でもまあ、ちょっと安心したぜ……しっかりしてるよーで変なところで抜けてて……ああ、だなって」
「ディーノさん……それ、褒めてるんですか?貶してるんですか?どっちですか?」
「え?!あ、いや……悪ぃ、褒めてるつもりだ」
「もうっ、ディーノさんも変わりませんよね……」
「そーか?これでも結構変わったって思ってるんだけどな……」

そう言いながら頭を掻いてるディーノさんを見てると、さっきの会話のせいもあるけど…・・・結局どっちも変わってないんだってことに気づかされて、それがなんだかおかしくて、笑いが漏れた。少し前を向くと、ディーノさんも釣られるように笑っていた。ひとしきり笑い終えてからディーノさんの方をちゃんと見た。

「じゃあ、私も戻りますね。忘れ物もちゃんと見つけれたし」
「ああ。じゃあな、

ディーノさんに別れ際の挨拶をすると、また病室に向かって歩いた。途中で、私とたいして歳の変わらない女の子と男の子が廊下側にあるベンチで座って話し込んでいるのが目に入った。どうもカップルみたいで、凄く引っ付いて幸せオーラ全快って感じで話している。男の子の方が、ほんの少しだけ恭弥さんに似てて、胸が締め付けられるように痛かった。それをなるべく視界に入れないように早足で恭弥さんの病室に向かった。

「すみません!ちゃんと花束ありました!」
「そう。よかったね、見つかって」
「はい!あ、お花……窓辺にある花と一緒に、飾ってもいいですよね?」
「別にかまわないよ」

一言お礼を言うと、花瓶のサイズが合わないことに気づいて慌ててナースステーションで花瓶を借りてきた。どうも、看護士が恭弥さんのお見舞いに来た人って覚えてくれてたらしくて、花瓶をなぜか「差し上げます」と言われて渡された。とりあえず受け取ってから、手洗い場で水を入れて持って帰った。あとは普通に花束を解いて、花瓶に一本ずつバランスを見て刺していく。恭弥さんのためを思ったら別れた方がいいのかな……ううん、もう別れないと。そう思ったら、なぜか胸が苦しくなってくる。

「前に……私が凄く告白されてた時がありましたよね」
「ああ、うん。あったね」
「それで雲雀さんが、風紀が乱れるから付き合ってることにしたら良いって言い出して……それに私も、甘えるように話に乗ってしまったんですよね」
「……?どうしたんだい?急に」

すべての花を花瓶に挿してから振り向くと、恭弥さんが訝しげな目でこっちの方をじっと見てる。その目に視線が合わせられなかった。それでも言わないとと思い、必死に別れの言葉を発するために口を開く。




「やっぱり、あの話は無かったことにしましょう。だから、さよならです。雲雀さん」




目に熱いものが込み上げて、視界が揺らぐ。それでも構わずに、せめて最後ぐらいは笑顔でいておこうって思って笑ってみるけど、上手く笑えなかった。恭弥さんの方を見てみると、恭弥さんにしては珍しく目をめいいっぱい広げて驚いていた。
それを見て、私いったい何してるんだろって……なんかもう、自分の中が泣きそうなくらい苦しくて、でも恭弥さんの幸せを考えたらこうしないといけないんだって思ってて……正しいはずなのに苦しくて無茶苦茶で……ただ一つはっきり解るのは、恭弥さんなら絶対に何かを言ってくるってくらいで……恭弥さんの言葉を聞くのが嫌で、言われる前に全速力でそこから逃げ出した。