□ アテナの巫女 □
式典当日、準備のため早朝から泊まっていた客室からアテナの神殿へと移動した。
沙織ちゃんに挨拶をしようと部屋に入ると、どこからともなく現れた数人の女官に囲まれて、あっという間に禊という形のお風呂に入らされた。
体を手際よく拭かれると豪華な部屋に通され、巫女の衣装だという服を数人がかりで着せられて、化粧を施される。
あまりの手際の良さと速さに呆然としているうちに一通り終わっていた。
「さま、お支度の方が整いましたので、わたくし達は失礼いたします」
「え、ええ。ありがとうございます」
一礼すると女官たちは足早に去っていった。それを見送ると、部屋の奥に置かれた姿見の鏡で確認する。
鏡に映っている自分の姿を見て、一瞬誰なのかわからなかった。
顔立ちは普段と違い、化粧のせいかずいぶんと大人っぽい印象を与える。纏め上げられた髪には、白百合の飾りがついており黒髪にとても映えている。
服は沙織ちゃんの着ているドレスにとても似ている白いドレスで長袖がついており、袖の先端と襟の部分に薄紫色の細やかなレースのフリルが付いている。
呆然と鏡を見てると扉を叩く音がして、慌てて返事をした。すると、シオンさまが入ってきた。
「ほう……これはまた、ずいぶんと見違えるな。どこの女神かと思ったぞ」
「そ、そんな……恐れ多いです、シオンさま」
外見に対して褒められるなんて、今までになかった経験だ。なんだか恥ずかしくて、つい顔を逸らしてしまった。
シオンさまがくすくすと笑っている声が聞こえてきて、余計に恥ずかしい。なんとか話題を変えようと悩んでいると、また誰か扉を叩いた。
返事をすると今度は沙織ちゃんが入ってきた。私を見たとたん、本当に嬉しそうな笑顔を零しながら近づいてくる。
「まあ!素敵ですわ、お姉さま」
「沙織ちゃんまで……」
「アテナもこう言っておる。もっと自分に自信を持て、」
「え、ええ。ありがとうございます、シオンさま」
全く自身がないため曖昧に笑って答えると、シオンさまが頷いて「さて、行くか」と言い放った。
それに沙織ちゃんも「ええ」と答えるから私も返事の変わりに頷く。
それを合図に三人で部屋から出て、目的の教皇の間へと向かった。
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沙織ちゃんと私とシオンさまが教皇の間に入ると、ざわついていた教皇の間は一気に静まり返った。
事前に聞いた話だと、聖闘士の頂点に立っている黄金聖闘士のみ収集をかけたらしく、見覚えのある顔ぶればかりだったので安心できた。
「皆さんに集まっていただいたのは、もう皆さんも知っているかもしれませんが……この度、アテナの巫女を選定いたしました。その宣言と儀式を執り行うためです」
アテナの発言に、黄金聖闘士の動揺が広がった。"アテナの巫女"という者は今まで存在しなかったから当たり前かもしれない。
「皆のもの、騒ぐでない!これはアテナの意志だ、それを我々が口出しするものではなかろう!」
シオンさまの怒声に、皆が静まり返る。沙織ちゃんは一言だけ礼を告げると、また話を続けた。
「ここに居る彼女は、エリダヌス座の聖闘士です。みなさんも知ってのとおり、彼女の力添えがなければ黄金聖闘士復活を遂げれなかったでしょう。その功績と、彼女の資質……なにより、その人格を評価して、彼女を巫女といたしました」
ムウを除く黄金聖闘士全員が、驚いたようにこちらを見ている。
さっきから顔ばかりを見ているから、きっと仮面を取り外しているから物珍しげに見ているだけだろうと憶測をつけた。
「では、儀式に移ります。アテナとの繋がりを作るため、わたしの血を取り込んでもらいます……その血に、エリダヌスの聖闘士が耐え切れば、彼女は巫女と足りうる資格を得たとし、巫女と認定されます」
若干の動揺がでたけれど、先ほどに比べたら可愛らしいものだった。
けれど、その中で一番動揺していたらしいカミュとサガがアテナに向かって言い放った。
「なっ……それでは、彼女が危険すぎませんか!アテナ!」
「もしっ、彼女が耐え切れなければどうするつもりですか?!」
「ええ、そうですね。確かに、危険ではありますが……ですが、それは彼女も承知しています」
「サガ、カミュ。心配してくれて、ありがとうございます。でも、私は決めたんです。巫女になると……だから、いいんです」
二人の気持ちが嬉しくて、にこりと笑顔を向ける。二人は納得しないという表情だったけど、言葉を飲み込んでくれた。
儀式用にと用意されていた、ワインの入ったゴブレットと黄金のナイフを女官が沙織ちゃんの前に用意する。
沙織ちゃんはそれを受け取ると、黄金のナイフで指先を少しだけ切った。そこから滴り落ちた血は、少しずつゴブレットの中のワインに落ちていく。
ある程度の量をゴブレットに注ぐと、沙織ちゃんはそのゴブレットをそっと持ち上げ、こちらの方に歩み寄ってきた。
「さあ、これを……」
「ありがたく、頂戴いたします」
ゴブレットを沙織ちゃんから受け取ると静かに口をつけ、ゆっくりと喉に流し込む。
ワインのアルコールの匂いが鼻腔をくすぐりながら、体内へと入っていく。
全てを飲み干してゆっくりと息を吐くと、一気にアテナの血の反動が出てきた。
まるで体中の血液が逆流していくような、心臓をわしづかみにされ揺さぶられてるような、そんな苦しみが全身を襲う。
あまりの苦しみに、うまく息ができずに冷や汗が吹き出てくる。体内をかけめるぐる苦しみから、立っていられなくて床に両手両膝を着いた。
「かはっ……っはぁ……っぅ」
「っ、しっかりせい!」
「お姉さま、気をしっかりと……っ」
沙織ちゃんとシオンさまが何か言っているけれど、周りの声なんて気にしていることができないくらい、苦しくて苦しくて。
なんとか息を整えるように、呼吸を意識しながらおこなう。そして川の流れをイメージした。
血液だって水分であることは変わりない。だったら、血液の流れを川の流れのようにイメージして……正しい流れに変えればいいんだ。
緩やかに、規則正しく……体内の小宇宙を血液の流れに沿って循環させていく。そうするとずいぶんと楽になっていく、やがて心臓の苦しみも治まった。
「二人とも……ありがとう。なんとか、乗り越えれたと思います」
「そうか。よくやったな、」
「ええ、ええ。がんばりましたね、お姉さま」
ゆっくりと立ち上がると、姿勢を正して前を見据えた。
それをきっかけに、沙織ちゃんも前を見据えて宣言を始める。
「皆さん、彼女はアテナの血を自力で耐えました。これより、エリダヌスのを……アテナの巫女とします。位は教皇と同列とみなし、スターヒルの立ち入りも許可します。なお、意義・異論は認めません」
沙織ちゃんが言い終わると、少しの間を置いて拍手が鳴り始めた。
それが合意の拍手だと解って、黄金聖闘士全員に認められたことに嬉しさを感じた。
肩に手を置かれて、振り返ってみるとシオンさまが微笑んでいた。
「、これからの勉強は大変だと思うが、気を抜くでないぞ。特に星読みと礼儀作法……これは余が直々に、しっかりと叩き込むから覚悟するのだな。そうだのう……まずは星読みの勉強から始めるとするか……」
勉強という言葉に、一瞬だけ頭の中が止まった。つまり、1から色んなことを叩き込まれるわけで……。
なぜか嬉しそうなシオンさまに、顔が引きつりかけながら、ただ一言「お願いシマス」とだけ答えた。