□ 選択の時 □



初めて聞いた巫女という単語に、完全に頭が追いつかなかった。
そもそもアテナに巫女なんて居たっけ?という考えとそれ以前に私は聖闘士で、という考えがぐるぐると回って頭が混乱してくる。

「巫女……?私が?……でも、私は聖闘士で……」
「ええ、わかっています。だからこそ、お姉さまの意思が必要なのです。なにも聖闘士であることを捨てろとは言いません。ただ、その際は優先順位を変えていただきたいのです。巫女を優先にして、聖闘士をその次にと。巫女であり、聖闘士でもある状態になってしまいますが……ですが、その状態なら顔を見られていようが問題がなくなります」

淡々と告げる沙織ちゃんだけど、ようは巫女になってしまえば女聖闘士の掟は巫女の後に来るから、ムウとの関係も解消できると。
なんだか魅力的な話に聞こえてきてどうしようかと本気で考え込んでいると、シオンさまが私と沙織ちゃんの間に割り込むように間に入ってきた。

「アテナの巫女など……余は聞いたことがないぞ」
「ええ。今まで、そのような存在はありませんでしたから……これが一番重要なことですが、巫女に任命する際に、洗礼を受けていただきます。わたしの血を少しだけ、お姉さまの中に取り込むのです」
「な、何をっ……そんなことをすればはっ」
「アテナ、それはどういうことですか?神の血を体内に取り入れるなど、危険すぎます!」
「極少量なら問題はないと思います。それに、お姉さまは聖闘士です。身体にかかる負荷も耐えられると私は信じています」

ムウとシオンさまの慌てぶりと沙織ちゃんの話からだいたいの憶測がついた。
人間の身に女神の血を受け入れるということは、やっぱりなんらかの副作用のようなものがあるのかもしれない。

「このわたし……アテナの巫女になるということは、なんらかの繋がりが必要となります。そのために、今までわたしは巫女という存在を作りませんでした」
「だが……もしものことがあったらどうするのだ?」
「そうです。事が起こってからでは遅いのですよ」
「シオン、ムウ。貴方たちが言っていることはもっともなことです。ですが、お姉さまには巫女としての素質があります。だからこその提案なのです」
「私に……素質が?」

素質という意味がわからなくて、思わず首を傾げた。沙織ちゃんは、はっきりと頷くと口を開いた。

「少し前に、お姉さまに黄金聖闘士復活の力を貸していただいて頂きました。その時に、お姉さまの小宇宙に触れて気づきました。お姉さまには、巫女としての素質があります……。わたしの小宇宙を受け入れてしまう許容性に、融合性……恐らく、特異体質なのでしょう」

黄金聖闘士の復活……たぶん私が氷付けされていた時の話だ。たしかに、あの時に私の小宇宙と沙織ちゃんの小宇宙は直接触れ合った。
そうして、小宇宙を重ね合わせた結果の奇跡だった。

「お願いします、お姉さま。このわたし、アテナの巫女になっていただけますか?」
「わ、私は……」

澄んだ瞳が、微かに不安で揺らいでいるのが見えた。小さな頃の沙織ちゃんをふいに思い出してしまった。
ただ、守ってあげないとと思ってしまう。安心させるように小さく微笑むと、ゆっくりと片膝をついて胸元に手を置いて頭を下げる。

「アテナ。その役目、お受けいたしました」
「ありがとうございます、お姉さまっ」

嬉しそうに抱きついてくる沙織ちゃんを抱きしめていると、なんとも複雑な顔をしたシオンさまとムウと目が合った。

「本当に、それでいいんですか?」
、わかっておるのか?アテナの巫女になるということは……一生を捧げてしまうようなものだ。一度なってしまえば、辞退など許されぬ」
「ええ、わかっています」
「ならなぜっ」

納得がいかないと言わんばかりの顔でムウとシオンさまがこっちを見ているけれど、そんなのは全然気にならなかった。
それでも、二人の言葉は私のことを心配しているから出てくる言葉で、それを蔑ろにすることはできなかった。
だから安心させるように微笑むときっぱり告げる。

「ふふっ……心配してくれて、ありがとうございます。私、後悔なんてしません。沙織ちゃんの力になりたいんです。……まあ、沙織ちゃんのお願いに弱いだけなのかもしれませんが」

少しの間を置いてから、二人同時にわざとらしく大きな溜息をついた。
あまりのタイミングの良さに、なぜかそこだけ師弟らしさが垣間見えて、思わず笑ってしまうところだった。
けどすぐに優雅に微笑むムウと悠然と微笑むシオンさまが目に入って、心臓が高鳴る。

「仕方ありませんね……が決めたことなら、好きにしたらいいと思いますよ。私はもう、止めません」
「うむ。自信が決めたことなら、余にも止めるすべはない」

顔に熱が集まっていくのが自分でもわかる。この二人の微笑みは、本気で心臓に悪いということがよくわかった。
仮面をしているけれど、妙に恥ずかしくなってしまって思わずお礼を言ってからすぐに視線を沙織ちゃんに向けた。
そうすると沙織ちゃんは、任命式の準備をしますのでと笑顔で立ち去った。なんだか居づらくなって私もここから逃げるように退散した。