□ 同調 □
処女宮を出て獅子宮へと降りていき、獅子宮の中に足を踏み入れる。
獅子宮の中をムウと二人で進んでいると、中の住人は不在らしく人の気配が全くしない。
「獅子宮も居ないのね」
「アイオリアとアイオロスなら、二人仲良く鍛錬に行きましたよ」
「そうなの?本当に仲がいいのね、二人とも。でも、なんでムウが知ってるの?」
「処女宮に行く最中に、たまたますれ違いましたから」
ムウの話に納得しながら獅子宮を過ぎて、次の巨蟹宮へと進んでいく。
なぜか巨蟹宮に近づくと、ひんやりとした空気が肌を撫でる。
「ここ、相変わらず涼しいというか……なんか、寒気がするのよね」
「寒気?ああ、もしかしてデスマスクが飼っているアレのせいかもしれないですね」
「デスマスクって巨蟹宮でペットでも飼ってるの?」
「ペット?」
巨蟹宮の出入り口からデスマスクの声が聞こえてくる。
声のほうを見てみると、巨蟹宮の中からデスマスクが姿を現した。
「んなもん飼ってねぇーよ」
「じゃあ、何を飼ってるの?」
「おう、知りたいか?」
どこか楽しそうに話すデスマスクに嫌な予感がしたものの、あのデスマスクが飼っているものはいったいなんだろうと、興味が引かれる。
「、止めておきなさい。アレは、趣味が悪すぎる」
「でも嬢ちゃん、なんで寒気がするか知りたいんだろう?」
「それは、まあ……知りたいけど」
ムウの静止を無視して頷くと、ムウはこれ見よがしに溜息を付く。
デスマスクは、どこの悪党かと思えるほどにんまりと笑うと、くるりと反転して足を進める。
「なら、付いて来い」
「え、ちょっとどこに行くの?」
「何があっても、本当に知りませんよ」
「ムウは心配しすぎよ」
慌ててデスマスクの後を付いていくと、ムウもなぜか付いてきた。
デスマスクは薄暗い道へと進んでいく。後を追いかけるように進むと、どんどん薄暗くなり、しかも肌寒さも増してくる。
あるところまで行くと、今度は隙間風でも吹いているのかと思える音が聞こえてきた。
「なにこれ、凄く不気味なんだけど……」
「ああ、このあたりだな。嬢ちゃん、周りをよぉーく見てみな」
「……周り?」
言われたとおり周りをよく見てみると、なんだか沢山のぼんやりと青白いモノが壁一面に見えてくる。
しかもソレは呻き声のような声を発しているらしく、あちらこちらから声らしきものが聞こえた。
だんだんとソレが人の顔だと認識していく。慌てて辺りを見ると、左右の壁に天井、足元の床にまでびっしりとソレは浮き出ていた。
「っ……!ひ、人のか……っ。無理無理無理っ!」
「っ」
不意打ちで来る不気味な光景に、頭が追いつかずに隣に居たムウの背中に隠れるように抱きついてしまう。
すぐに壁一面のソレらの言葉がはっきりと聞こえ始めた。
苦しい、辛い、助けてと……それが壁一面の死霊の声だと解ると、いっきに悲しくて苦しくなる。
身体が震え始め、涙がポツリポツリと落ちてくる。
「?どうしたのですか?」
「お、おい。嬢ちゃん?大丈夫か?」
さすがにムウとデスマスクもおかしいと思い始めたらしく、焦り始める。
ムウは急いで背中に抱きついていたのを剥がすと、震える身体を包むように抱きかかえて明るい場所へと移動する。
「。大丈夫ですから、落ち着いてください」
「だって……っだって……っ」
「、目を瞑って」
ムウは抱きしめる力を強くして、意識を逸らさせると、腕の中に居る存在に小宇宙の波長を合わせて送る。
包まれるような安心感と、体の中に染み込むように流れ込む小宇宙が心地よく、ずいぶんと気分が落ち着いてくる。
落ち着いてくると自分の置かれている状況に気づく。近いというレベルを超えて、完全にムウに抱きしめられている。
非常に恥ずかしくなっていき慌ててムウから離れた。
「……っ私、ごめんなさい。取り乱して」
「いえ、気にしなくても良いですよ。すべての原因はデスマスクにありますから」
穏やかに話しているように見えて、後半はデスマスクに冷たい視線を送りながら話す。
ばつが悪そうに頭をかきながら、デスマスクが近づいてくる。
「いや、まさか嬢ちゃんが影響受けるなんて思わなくてよぉ。その、悪りぃな」
「ううん、気にしないで。付いて行った私も悪いしね」
「にしても惜しいよなぁ。どうせ抱きつくならムウじゃなくて、この俺さまにしとけばよかったのによぉ」
「……は?」
さっきまでばつが悪そうに謝っていたのに、いきなり何を言っているのかと思いデスマスクを見る。
デスマスクの話の内容が全く理解できなかった。
「いや、でもほんと嬢ちゃんはイイ胸してるよなぁ」
「デスマスク、何言って……ん?」
胸を掴まれた感触がして、なんだろうと気になって見てみると、見事にデスマスクの手が胸を掴んでいた。
しかもその手は何かを確認するように、しっかりと動いている。一瞬、何が起こったのか理解できずに固まってしまう。
「ほぉー。これはなかなかあるな……C、いや……Dぐらいか?」
「なっ、にを……っこのっヘンタイっ!!」
思いっきり至近距離からデスマスクめがけて拳を叩きつけるように殴りかかる。
デスマスクは後ろに下がって避けようとしたが、後ろには黒い微笑を浮かべたムウが佇んでいた。
「スターダスト・レボリューション!!」
「うぉっ……がはっ」
完全に不意打ちできたムウの技に、デスマスクは巻き込まれて見事に天上へと舞った。
空中でなんとか体勢を整えて、落ちてきたデスマスクにムウはもう次の技を出していた。
「ついでですよ、スターライト・エクスティンクションっ!!!」
「ちょっ、おまっ……っ」
何か言いかけているデスマスクは、ムウの作り出した宇宙の球体に吸い込まれていった。
球体は完全に消えると、さっきまで居たデスマスクの姿も無かった。
「ムウ。あの蟹、どこにいったの?」
「さあ?おそらく黄泉の国の入り口あたりにでも居ると思いますよ。まあ、仮にも黄金聖闘士ですから自力で帰ってくるでしょう。それより、時間がもったいないですよ。早く行きましょう」
顔は笑顔なのに、纏っている空気が不機嫌ですと語りかけてくる。
下手にムウを刺激するのはよくないと判断して、頷くと双児宮を目指して先に前へと歩く。
その後ろでムウが「私もまだ触っていないのに……」と苛立たしげに小さく漏らしたことは気づかなかった。