□ 予期せぬ別れ □



サガが不在の双児宮を抜けると、金牛宮に進んだ。
金牛宮も不在で、ムウの話では近くの村のお手伝いに出かけていないとのことだった。
そのまま白羊宮も抜けて、太陽の位置から方角を読んで、ひたすら修業地を目指した。
ムウと雑談をしながら1時間も歩いていると、見覚えのある森が見えてきた。

「こんなところに森が……」
「ふふっ。驚いたでしょ?この森のずっと向こう側が、私の修業した場所よ」

森と言っても平らな土地でないため、かなり足場が悪い。その中で川を見つけて川沿いを上流へと向かって歩いていく。
やがて水が激しく流れる音が微かに聞こえてくる。そのまま歩いていくと、やがて大きな滝が見えてくる。
その滝の近くにある丸太で作られた質素な小屋へと進んだ。

「ここですか?」
「ここよ。懐かしい。師匠、元気にしてるからしら?」

扉を叩いてノックをしてみるけれど反応が無い。不思議に思って、扉を開けると中に入った。
そこは記憶の中よりも、妙に薄暗くて埃っぽくて、まるで人の気配が感じられない。

「師匠……?」

嫌な予感がして、部屋中を探し回るけれど誰も居ない。外に出て思い当たる場所を必死に探しあたる。
滝の周りをくまなく探して、鬱蒼とした森の奥深くへと入り込む。
すぐ後ろに居るムウは、黄金聖闘士だけあって、どんな不安定な足場でも易々と着いて来る。

、恐らくもうここには居ないのでは?……落ち着いて、小宇宙を探ってみてください」
「小宇宙……?」

言われたとおり、目を瞑り神経を張り巡らせる。森の中のどこにも師匠の小宇宙は感じられなかった。
もしかして何かあったのかもしれないと不安になり、誰か知っている人を探そうと思いついた。

「ムウ、ごめん。私これから、ちょっと知り合いでも探しに行くわ。ムウは先に帰ってていいわよ」
「いえ、せっかくここまで来たのですから、一緒に探します。それに一人で探すよりも、二人で探した方が見つけやすいでしょう?」

ムウのもっともな申し出を受けようか断ろうかと悩んでいると、とても知っている気配を感じた。

「なんだい、見覚えがあると思ったらやっぱりじゃないか」

まさかと思い声の方を振り向くと、そこにはシャイナが居た。
森の外で出会うことがあっても、ここで出会うことはほとんどなかったから驚く。

「え、嘘……なんでシャイナが居るの?」
「わたしが居たら悪いか?」
「別に悪くはないけど、シャイナがここに来るのが珍しいなって思って……」
「ああ、そういうことか。たまたまお前たち二人が歩いている所を見てね。もしかしてかもしれないと思って来てみたのさ」

わざわざシャイナが探すなんて、何かあったのかと勘ぐったが、それよりも今は自分の師を探すことが先だった。
もしかしてシャイナなら、行方を知っているのかもしれないと思い訪ねてみることにした。

「ねえ、シャイナ。師匠が見当たらないんだけど、どこに行ったか知らない?」
「……やっぱり、お前は知らなかったんだね。来て正解だったよ」
「なに?……いったい、なにがあったの?」
、落ち着いて聞くんだ」

ただただ、嫌な予感しかしなかった。
それでも一部の望みをかけて、シャイナが口を開くのを待った。

「お前の師匠、バシレイオスは……死んだよ。一年前にね」

一番、聴きたくない言葉だった。
まるで別の世界の話をされているような、信じられない思いでいっぱいになる。

「……シャイナ、なに言ってるの?……師匠が、死んだなんて」
、お前にとっては辛いだろうが……バシレイオスは、もう居ないんだ」
「うそ……嘘よっ!そんなのっ……」
「お前は知ってただろう?!あいつの心臓が、そう長くもたないことをっ!」

シャイナの一言で、いっきに現実へと戻される。そう、シャイナの言うとおり、最初から知っていた。
いつかは覚悟しなければいけないことだと、師匠にも言われていたのに、こんな形の別れになるなんて考えたことが無かった。
でも、心が追いつかない。頭では解っているのに、感情の方が勝る。

「ごめん、取り乱して……そうね。最初から、解ってたのに……」
「……
「わざわざ教えに来てくれたんだよね?ありがとう、シャイナ。私は大丈夫だから」

シャイナに心配をかけないように、上手に笑えてるのかわからないけれど、なんとか微笑む。
このまま居ることができずに別れを告げて、また小屋へと引き返す。途中でムウが付いてきていることに気づいた。

「ごめん、ムウも先に帰ってていいよ?私は、ちょっと用事があるから……」
「本当に、用事ですか?」
「うん。だから先に帰って」

こんな弱っているところを誰にも見せたくなかった。だからムウには早く帰ってほしくて、用事も無いのに用事があるといってしまう。
ムウは、少し躊躇っているようだったけれど、話を信じたらしく、少しして来た道を戻って行った。

「ごめんね、ムウ……でも、今はほうっておいてほしいの……」

吸い込まれるように大滝へと足を進める。滝壷の近くで適当な岩を見つけると、その岩の上で座り込む。
滝の流れる音を聞きながら、大滝を眺める。色々な思い出が蘇って、辛くて仕方なかった。
それをずっと耐えて耐えて、ひたすら耐える。身体が冷え切った頃、人の気配を感じて振り向くと、帰ったはずのムウが居た。

、貴方の用事はそれですか?」
「ムウ……なんで?帰ったんじゃないの?」

てっきり帰ったと思っていたムウが、なぜか帰ってなくて驚いてみてしまう。
ムウは真っ直ぐ向かってくると、すぐ隣に立ち、視線を合わせるようにかがむ。

「その状態のを置いて帰れるわけないでしょう」
「大丈夫、なんでも……っ」

返事をしようとすると、ふわりと抱きしめられた。
突然のことで驚きすぎて動けずにいると、ムウの腕に力が篭った。

、貴方は馬鹿ですよ。見ている私が辛い」
「なっ……なにをっ」
「泣きなさい、。そうやって、ずっと色々なものを一人で抱え込んできたのですね」

頭を撫でるようにムウの手が覆いかぶさる。優しい手つきには、沢山の労わりを感じた。
暖かな体温と、包み込まれるような抱きしめかたに、なぜか心地よさと小さな安心感を覚えた。

「今だけは、泣いて良いんです。誰も、見ていませんから」
「むうぅ……ふぅっ……ぅっ」

次から次へと嗚咽と涙が零れ落ちる。聖闘士しての生き方を教えてくれた師は、もうどこにも居ない。
小さな頃とは違い、人を失うことを理解してしまった今の心の痛みは苦しくて、まるでぽっかり心に穴が開いたように切なくて仕方なかった。
ただムウの腕の中で小さな子供のように泣き続け、やがて精神的な疲れから意識が途切れていった。