□ 銀の出会い □



結局、食べて飲んで騒いでだんだんと楽しい気分になってきたところで、ムウに教皇とアテナが心配するからと言われて自室へと戻らされることになった。
楽しい時は時間が過ぎるのがあっという間で、外に出て月の位置から時間を読み取って、はじめてずいぶんと時間が経っていたことに気づいた。
真珠のような満月を見ながら、背伸びする。ワインで火照った頬に風がひんやりとして気持ちいい。

「気分は晴れましたか?」
「うん、だいぶね。本当はね、時間が欲しかっただけなの……記憶を思い出に変える時間がね。でも、今日になって私には大切なモノがまだ沢山あるんだって気づかされたわ。だからきっと、私はもう大丈夫。心配かけてごめんね」
「いえ、気にしないでください。それだけ私たちにとってはが大切な存在ということですよ。もちろん、アテナの巫女としてではなくとして、大切なのです」

自分自身を見てくれていることが、とても嬉しくて、涙が薄っすらと目に溜まっていく。
人前で簡単に泣くなんて、いつの間にこんなにも弱くなってしまったんだろうと思いながら、空を見上げた。
少しだけ滲んだ月を見ながら「ありがとう」と呟くと、12宮の階段を一段一段上っていく。

「前を見ないと危ないですよ」
「ちょっ、ムウ……っ」

いきなりムウに手を引かれ驚いて振り向くと、ムウと視線が絡んだ。
ムウは優美さの中に穏やかさを秘めた微笑みを浮かべていて、その微笑みに心臓がどきりと跳ねる。
思わず視線そらせると、手を繋いでることを意識してしまう。繋いだ手から体温が伝わって、余計に気恥ずかしさを感じる。
この空気に耐え切れずに必死に話題を探すと、ふいにいつもならシオンさまが飛び込んでくるのに、今日はいないことに気づいた。

「そういえば、シオンさまは?いつもなら飛び込んで来てると思うんだけど……」
「ああ、それはですね。シオンさまには何も言ってないからですよ。一応、女官長には伝えてるそうなので大丈夫でしょう」
「だから来なかったのね。いつもだったら、飛び込んで来てるのに」

最近ほんの少しだけ子供っぽいところをみせるシオンさまを思い出して、なんだか可愛いと思ってしまって小さく笑みがもれる。
けどすぐに、この間のシオンさまとの出来事を思い出した。あの時のシオンさまは、少しおかしかった。
でもすぐに元のシオンさまに戻ったのだから、きっと一時的なものだったんだと、そう思うことにした。

「そうですね、あの方ならやりかねません。だからこっそりとだけを呼んだのですよ」
「ふふっ……ばれたら、怒られるわよ?」
「その時は、その時ですよ」

ムウは、どこかイタズラめいた笑みをくすりと零した。
思量深い彼にしては凄く珍しかったけど、でも少し親近感を感じて微笑み返す。
階段もほとんど上り終わって、教皇宮の入り口の辺りに差しかかった時、草むらの方から気配を感じた。

「ムウ、そこに誰か居るみたいだけど……」
「ええ、小宇宙からして一般人のようですが……この時間にというのは、少しおかしいですね」

ムウの言うとおり、もうずいぶんと月も高く上がってきているのに、一般人が教皇宮の茂みの方に居るなんておかしすぎる。
近づこうとすると、ムウに止められた。

「もしかして、女官か女中の方かもしれません。女官と女中の方々が住む場所は、男子禁制なので……その、」
「男子禁制と、茂みって関係があるの?女聖闘士の居住区も男子禁制だもの。女官も女中も男子禁制に決まってるわ」

彼にしては、言葉をはっきりしないので不思議に思ったけど、気になったので近づいた。
月明かりの中、灰色に近い銀色の髪を持った同じ年くらいの少女が必死に草むらを掻き分けて何かを探していた。
よっぽど真剣に探しているのか、近づいても気づいた様子がない。
服をみてみると、シンプルで装飾がほとんどついていない。
女官だと女中よりも身分が上がり、服装も少し装飾がされているので、この子は女中だと気づいた。

「貴女、そこで何をしてるの?」

声をかけると、びくりと身体を揺らして振り向いた。
驚いて見開かれた紺碧色の瞳は、涙らしきものが覆っている。

「あ、貴女様は……っ、巫女さま?!それにアリエスのムウさまも……っ!なぜこのような所に?!」
「私は巫女の護衛ですよ」
「ちょっと黄金たちと会ってたの。気にしないで。それより貴女、ここで何してるの?」
「わ、私は……探し物をしておりました」

なぜか下を向きながら話す。きっと、目に涙が溜まっているのを隠しているつもりかもしれないと思って何も言わなかった。
なるべく怖がらせないように、穏やかに話しかける。

「探し物って、何を探してるの?こんなに外が暗いと、見つかるものも見つからないわ。また明日にでも探したら?」
「わかっております……ですが、あれは私にとって大切な物。どうか、このまま探すことをお許しください」

頭を下げたまま、まるで固まったように動かない。
もしかして私たちが立ち去るのを待っているのかもしれない。
けれど、放っておくこともできずに目線をこの子に合わせるように膝を着く。

「いいわ。私も一緒に探してあげる。それで、どんな物を探しているの?」
「そんなっ、恐れ多くてできませんっ!どうか、私のことはお気になさらず、お戻りくださいませっ」
「大切な物なんでしょう?だったら、早く見つけないと。ね?」

迷っているようで視線を何度も左右に泳がせると、意を決したように口を開いた。

「銀の花のペンダントです……中央に、小さなブルーサファイアとダイヤモンドがあしらってあります……母の、母の形見なんです。たった一つ、母が私に残してくれた、大切な物」

同じように母を失ったので、気持ちが痛いほどわかった。
安心させるように頭を撫でると、驚いたように顔を上げて見つめてくる。

「大丈夫、きっと見つかるわ」
「巫女さま……」

よっぽど不安だったのか、女中は崩れるようにしゃがみ込んだ。
それから少しして女中が落ちつくと、月明かりを頼りに一緒になって草むらを掻き分け探し始める。
ふいにムウに呼ばれたので振り返るとムウはどこか少し上のほうを見ていた。

「ペンダントというのは……もしかして、あれですか?」
「え……」

ムウの視線の先を見ると、低い木の枝の先に小さな物が銀色に光っていた。
近づいてみると、それは銀でできた花のペンダントだった。

「あれですっ!あぁ……見つかって、本当によかった……っ」
「あんな場所に……どおりで見つからないわけね」

銀のペンダントを取ると、目に涙をいっぱい貯めながら微かに震えている女中の両手にペンダントを握らせる。
渡したペンダントを硬く握ると、泣きながら必死にお礼を言いながら頭を何度も下げる。
首を振って「気にしないで」と安心させるように微笑みながら告げると、女中は固まったように動かなくなった。

「貴女、名前は?」
「……っはい。アイカテリネと申します」
「アイカテリネ、気をつけて帰ってね」

アイカテリネは頭を深く下げると、走り去って行った。
最後まで見届けムウの方に振り返ると、ムウは辺りを見渡していて何かを考えているみたいだった。

「それにしても、おかしいですね」
「なにがおかしいの?」
は不思議に思わなかったのですか?地面ではなく、木の枝に引っかかっていたことですよ。身に着けていたのなら……自分の首よりも、上にある木の枝に引っかかっている、ということは……ありえません」

ムウの言うとおり、たしかに落としたにしては不自然すぎる。
それに自分の母親の形見をそんな簡単に落とすなんて、考えられない。
だったら、それは本人以外の誰かが故意的に捨てたって事になる。

「誰かが……放り投げたって事?」
「もしくは……そこの窓から捨てた、ということになりますね」

ムウの視線を追うように教皇宮の窓を見ると、自分の使っている部屋だった。
日当たりがいいからとシオンさまが進めてくれて、けっこう自分でも気に入っている部屋だ。

「なんで、私の部屋……?」
「そこまでは、わかりません。ただ、嫌な予感がします。自分が巫女の立場であることを忘れてはいけませんよ、
「う、うん。立ち振る舞いに気をつけるわ」

不思議に思うことがいくつもあったが、答えは見えなかった。
このままここに居ても仕方ないので、教皇宮の自室へと戻って行く。
扉の前でムウにお礼を言わないとと思い振り返った。

「ムウ、ここまでありがとう。それとね、ずいぶんと落ち着いたから今度、師の墓参りに行ってみようと思うの」
「そうですか。その時は、私に声をかけてください」

どちらにしろ護衛を連れて行かないといけないので、ムウに頼んでしまおうと思って返事を返した。
それにムウなら、ほとんどの事情を知っているから説明することもない。

「うん、ありがと。おやすみ、ムウ」
「おやすみ、

ムウを見送ると、扉を閉める。部屋の中を見渡すがいつもと全く変わらない。
アイカテリネのこともあって少し自室に不審があったけど、このぶんなら大丈夫そうだと思い、着替えるとベッドに潜り込んだ。
今度シオンさまに頼んで鍵をつけてもらわないと、っと考えながら眠りに着いた。