□ 花冠の乙女 □



目が合った瞬間に柔らかく微笑まれると、なぜか胸が高鳴ってしまい、思わず顔を逸らしてしまう。
自分でもなんて怪しい動きをしているんだろうと思うけれど、そんな行動なんて気にもせずにムウは近づいてくる。

「丁度よかった。、この間いただいたリンゴをアップルパイにしてみたのですが……もしよければ貰ってもらえませんか?」
「え、この間のリンゴってもしかして……街で勘違いされた時のリンゴ?」
「ええ、それです」

そういえばあの時、お礼代わりに渡したリンゴは、一人で食べるのには量があったことを思い出す。
まさかアップルパイになって帰ってくるとは夢にも思ってなかったので少し驚いた。
ふいに小さい頃よく食べていたことを思いだしてしまい、懐かしい気持ちにもなる。

「もしかして、わざわざ渡すために私を探してたの?」
「暖かいうちに渡しておこうかと思いまして。今回はとても良い出来なんですよ」
「じゃあ、貰っておこうかな……」

返事をすると、ムウがアップルパイが入っているらしい箱を差し出してきた。
差し出された箱を受け取ろうにも、花冠が手に握られていた状態で受け取れなかった。

「あ、この花冠……どうしよう」
「そうですね。せっかくですし、飾ってみては?」

飾ると言われ、思わずムウの艶やかな藤色の長い髪をじっと見てしまう。
ムウの雰囲気が柔らかいせいか、花冠がとても似合いそうだった。

「飾るって……ムウの頭に?」
「いえ、私は遠慮しておきます」

きっぱりと断られ、仕方なく諦める。この花冠をどうしようかと悩んでいると、シャカが目の端に入った。
ちらりとシャカを見ると、サラサラの金色の髪が花冠にとても似合いそうだった。

「シャカ、ちょっとこっちに来て」

いぶかしげに首を傾げながら、シャカが近づく。今度は断られる前に、シャカの頭の上に花冠を載せてみた。
思ったとおり、とてもサラサラの金の髪にシャカの涼しげな顔立ちが、違和感なく花冠と溶け込んでいた。

「これは、何かね?」
「何って……花冠だけど」
「それはわかっている。なぜ、私の頭に載せる必要があるのかと、聞いているのだがね?」

いつもの涼やかな声なのに、口調はいつもよりも強い。
ただ似合いそうだからという、あまり深くない考えだったので、そのまま返事を返した。

「え……だって似合うもの。これが本当の乙女座……なんちゃって」
「ほう……六道輪廻で六界廻りと天舞宝輪で感覚を奪われるのと、はどちらの方が好みかね?」

シャカの小宇宙がどんどんと高まっていくのを肌で感じた。これは本気でシャカの技を食らってしまうかもしれない。
身の危険を感じて、思わず一歩ほど後ろに下がった。なぜかシャカも一歩ほど近づいてくる。

「ご、ごめんなさい……凄く似合うから、つい……」
「君は、いったいどういう頭をしているのかね?まったくもって理解不能だ。それに私は男だ、このような花冠が似合っていると言われてもまったく嬉しくは無い」
「シャカ、大人気ないですよ?は謝っているではありませんか。だったら、それで終わりで良いのでは?」
「たしかにそうだが……」
「それに、言うほど本気で怒ってるというわけではないですよね?」

それほど怒っていないというのは、どういう意味だろうとムウの方を振り返る。
ムウの視線はいつのまにかシャカの方を向いており、何かに気づいているようだった。

「……ムウ、それはどういうこと?」
「よく見てください。シャカが本気なら目を開いてますよ」

ムウに言われてシャカの顔を見ると、しっかりと目を閉じていた。
でも目を閉じているのは、目が見えないからで……その時に、もしかしてシャカの目は見えるのではと気づいた。

「開いてるって……シャカは目が見えないから閉じてるわけじゃないの?」
、君は何か勘違いしているようだが、私は目が見えないわけではない。小宇宙を高めるために視覚を絶っているだけだ」
「そうなの?……さすが黄金聖闘士ともなると発想が違うわね」
「君の発想に比べたら可愛らしいものだがね」

頭に載せた花冠のことを言っているのだと気づいて、思わず苦笑してしまう。
今更になって、これはもしかして物凄く不味いことをしたのではと気づき、思わずムウの方に話をふる。

「そ、そういえばムウ。アップルパイをくれるんでしょ?」
「そうでした。これ、出来立てですからとても美味しいですよ」

ムウから渡された箱は凄く暖かくて、美味しそうなバターとリンゴの匂いがふんわりとする。
さっき童虎のところでご馳走になったばかりで、一人で食べきれる自信が無い。それで処分に悩んでいると、シャカが目に留まった。
もしかしたら、これでシャカの気が逸れるかもしれないと思いつき、シャカの方にアップルパイを向ける。

「このアップルパイ、一人で食べきる自信が無いんだけど……シャカも食べる?」
「ふむ、アップルパイか……たまには良いだろう」

シャカはアップルパイに興味を持ったらしく、頷きながら返事を返した。
さすがにムウを放置して二人で食べるのにも気が引ける。ムウの方に顔を向けると、ムウもこちらに気づいて目線が合う。

「えーっと……ムウも一緒にどう?」
「はい、ぜひともご一緒させてください」

ムウはにこりと微笑み、どこか嬉しそうに返事を返してきた。
結局、アップルパイはこの三人で食べることになり、シャカの案内で客室へと向かって行った。