□ 献花 □
天秤宮の次にある処女宮に足を踏み入れると、ふわりとやわらかいお香の匂いが漂う。
興味と好奇心で奥へと入ってみると、奥の部屋の中央にある台座の上で座禅を組んでいるシャカが見えた。
「なんで、座禅……?」
「ほう、座禅を知っているのかね?」
「小さい頃に、お寺で見たことあるの……まあ、うろ覚えだけど」
シャカは興味を持ったようで、少しだけこちらに顔を向ける。
瞳は完全に閉じられているのに、なぜか目が合ったような感覚に陥った。
「お寺?ああ、そういえば君は日本人だったのだな」
「え、ええ。たしかに日本人だけど……そこまで詳しいってわけでもないわよ?」
「そうか……」
シャカは静かに返事をしたけど、それが心なしか残念そうに見えた。
きっと日本に興味があったのかと思い、シャカに聞いてみることにした。
「シャカは、日本に興味があったの?」
「うむ、あの国は面白い。多種多様な信仰があるというではないか」
「まあ……神道とか仏教とかが共存しているくらいだし……あるといえばあるかな。でも、精神の自由が保障されてるから、信仰とかに無関心な人は多いかも……」
習ったのなんて昔で、あまり覚えていないけれど、曖昧な記憶を辿って自分の憶測を話す。
シャカも興味を持ったのか、話に耳を傾けてくれる。
「精神の自由?」
「そう、精神の自由。自由に考えて、自由に行動できる権利。つまり、入りたくない人は宗教に入らなくても良いって事かな?」
「ふむ、確かに一理ある……人は皆、理解できないものを受け付けようとはしない。それもまた、仕方の無いこと……」
どうも納得したらしいシャカは、静かに台座から立ち上がり、歩き始める。
てっきりどこかに出かけるのかと思い、見ているとシャカが立ち止まりこちらに振り返った。
「、君に見せたいものがある。着いてきたまえ」
「え、ええ」
なぜか瞼を閉じているのに、迷いなく進むシャカに感心しつつ、素直にシャカの後を付いて歩く。
とても立派な扉の前でシャカは立ち止まると、扉をゆっくりと開ける。明るい日差しが入ってきて少し眩しい。
興味深く覗き込むと、青々とした草花が茂るとても綺麗な花畑が見えた。
「すごい……綺麗……。入っても、いいの?」
「ああ、入りたまえ。元々そのために連れて来たのだよ」
「ありがとう、シャカ」
扉の向こうに足を踏み入れると、草花の香りを含んだ風が吹いて頬を撫でる。
瞼を閉じて全身でその風を感じると、とても心地よかった。
「とても素敵……でも、なんで処女宮にこんな場所があるの?」
「この沙羅双樹の苑は……元々、私の死に場所と決めていた場所なのだよ。前のハーデスとの戦いのとき、私はここで散った。だが、それは私が決めての事だ」
温かで穏やかな日の光が差す沙羅双樹の苑で、シャカはそんなことを考えていたのかと思うと、なんだかすこし物悲しげな気分になる。
とても綺麗な花が沢山咲いているのに、まるでこの花たちはシャカの献花のような存在で、美しいのに儚い。
「シャカ……なんだか、少しだけ悲しい感じがするね」
「なぜかね?人は生まれ、いずれ死ぬ……それは真理だ」
「たしかに死ぬけど……シャカはきっと、沢山の死を見てきたのね。だから死を身近に感じるのかもしれない」
献花なんかにしたくなくて、座り込むと一つ一つ丁寧に花を摘み、編んでいく。ふと小さい頃に亡くした両親を思い出した。
あの時、とてつもない不安感と、寂しさや孤独の方が勝っていたけど、たしかに私もシャカと同じことを考えたことがあった。
けど、時間が経つたびに色々なことを経験して、成長と共に色々と考えて、自分なりに昇華して乗り越えてきた。
「そうかも知れぬな」
「でも、それだと前に進めないよ。死んだ人たちの分まで、生きていかないと……」
「生きる、か……」
「そう、難しいかもしれないけどね……。それに、人によって生きる意味も少し違うかもしれない。何かを残したい、護りたい……沢山の想いや考え方があると思うの」
「では、問おう……、君はなぜ生きる?」
花冠を編んでいた手を止めると、シャカの方に振り返った。
シャカは瞼を閉じているはずなのに、まるで凝視しているようにこちらに顔を向けている。
その見せない視線に、自分自身の生き方を問われていることに気づいて、真剣さを伴った誠意で答えないといけないと思った。
「私は……巫女であり聖闘士だわ。アテナに仕え、護ることが最上。酷い人も沢山居るけど、親切な人も沢山いるこの世界を、地上を護りたいの……どんなに偽善だ綺麗ごとだと言われたっていい。だって、私がしたいからすることだもの。だから私は、平和を愛するアテナに仕える巫女として、聖闘士として生きるの」
「そうか……、君は強いのだな。そして、不思議な存在だ。アテナが気に入るのにも納得がいく」
「……強いのかどうかは、わからないけど……一応、ありがとう」
それきり会話が止まった。けどなぜか、その静けさが心地よかった。もう少しで編みあがりそうな花冠を黙々と編み上げていく。
編みあがった花冠の完成度に一人で満足すると、シャカに見せようと振りかえる。けれどシャカは居なかった。
「シャカ……?」
辺りを見渡しても、どこにも居ない。もしかして戻って行ったのかもしれないと思い、花冠を手に持って扉の方に向かっていく。
扉の付近に近づくと、シャカが誰かと話しているらしく話し声が聞こえてきた。不思議に思い覗き込んでみると、ムウが居た。
なんでムウが居るのか不思議に思い見ていると、ムウも気づいたらしく目線が合う。その瞬間、ムウが柔らかに微笑んだ。