□ 惹かれ会う想い □
シャカと処女宮を出ると、なぜか入り口の横にある柱の辺りでムウと童虎が立っていた。
駆け寄りながら声をかけると、2人とも同時に振り向いた。
「ムウと、童虎?」
「……話の方は、終わったのですか?」
「なんじゃ、思っていたよりも早いのう」
「う、うん……でもどうして、2人ともそんなところに居るの?」
2人とも入り口の前に立っていて、処女宮を通過しようとしているようには見えなかった。
どちらかと言えば世間話をしているか、入り口の横で誰かが来るのを待っていたように見える。
不思議に思っていると、ムウと童虎が話すよりも先にシャカが口を開いた。
「おそらくだが、が来るのを待っていたのだろう。微かにだが、さきほどから2人の小宇宙を感じた」
「シャカ……そうだったの。全然、気がつかなかったわ」
探知できる範囲が違うから気づかなかったけれど、シャカの方はとっくにムウが着ていたことに気づいていたみたいだった。
だから途中で話を切って、ムウが心配していると忠告してくれていたんだと解った。
「わしはムウを見かけて、ここで少しばかり話をしておったんじゃ」
「私は、の様子が気になったものですから……」
ムウにしては珍しく、どこか躊躇いがちに話していた。
シャカの言うとおり、やっぱりムウに心配をかけてしまったのかもしれない。
「ムウ……心配かけちゃったみたいで、ごめんね」
「いえ。それよりも大丈夫ですか?……ずいぶんと落ち込んでいるようでしたが」
ふとシオンさまとのことを思い出してしまい、思わずうつむいてしまう。
ムウが近づいてきた気配を感じて恐る恐る顔をあげると、心配そうに覗き込んでくるムウと目が合った。
「う、うん……そのことで、ちょっとムウに話したいことがあって……」
「、私でしたらいくらでも話を聞きますよ」
頬にムウの指が触れて、自然と顔を上げるとムウと視線が合った。
ふいにムウが、安心させるような穏やかな笑みを浮かべた。
それに安心感を抱いてしまい、ついムウの腕に手を添えるように掴んだ。
「……」
「……ムウ」
頬に触れていた指が滑るように下へと流れ、顎を捕らえれる。
翡翠色の瞳に魅了されたように動けなくて、顔を近づけてくるムウに合わせて自然と瞼を閉じかけたとき、咳払いをする音が聞こえた。
その音で周りに人が居たことを思い出して、慌ててムウから離れた。
「ごほんっ、あ~……は、夕刻にアテナと食事の約束があるんじゃろう?」
「うん、夕刻までには帰るけど……でもまだ時間があるから大丈夫よ?」
「じゃがのう、話がすぐに終わるとも思えん。なるべく早めに話し合ったほうが良いじゃろう」
童虎の言うとおり、すぐに終わるような話じゃないかもしれないから、なるべく人の通らない場所でムウと2人で話したい。
やっぱりムウの守護している白羊宮にでも行こうかと考えていると、童虎が気まずげに話しかけてきた。
「それとのう、白羊宮に向かうのは止めた方が良いと思うぞ?おぬしら2人で行くと、時間通りに帰ってくる気がせん」
「そ、そうかしら……でも場所も無いし、やっぱり白羊宮に……」
少し遠いけど、白羊宮ならムウの守護している宮ということもあって安心感がある。
でも童虎が助言してくれているのを考えると、やっぱり白羊宮は止めた方がいいのかもしれない。
どうすればいいのか悩んでいると、シャカが口を開いた。
「、それなら沙羅双樹の苑を使うと良い」
「え、いいの?」
「ああ、あそこならそう簡単に人も来ないだろう」
たしかに沙羅双樹の苑なら、誰かが来るということもなくていいかもしれない。
申し出が嬉しくて、つい頬が緩んでしまう。
シャカは、返事を返すように微笑返してくれた。
「ありがとう、シャカ「では行きましょう、」」
「えっ、ちょっとムウ?」
まだシャカと話が終わっていないのに、いきなりムウが腰に手を回してきて引き寄せてくる。
いきなりのことに驚いて身動きができないでいると、あっという間に体が密着してしまう。
身動きが取れなくて戸惑っていると、童虎とシャカをその場に残して、そのまま処女宮の奥へと連れて行かれた。
「ムウ、どうしたの?」
「どうしたもなにも……シャカと微笑み合っているのを見て、私が何も思わないと本気で思っているのですか?」
普段どおり穏やかに見えるけれど、微かに眼光に鋭さが宿っていて、口調も固い。
もしかしなくても怒っているんだと気づいた。
たしかにムウにしてみれば、面白くなかったのかもしれない。
「そ、それは……なんかごめんね」
「はぁ、まったく……それよりも、私に話があるのですよね?」
「う、うん……」
沙羅双樹の苑に着くと扉を開けて、そのまま扉の奥へと向かっていった。
太陽の光に照らされて咲き誇る花々が美しくて、思わず魅入ってしまう。
ムウは沙羅双樹の苑の中央まで来ると立ち止まって、こちらに振り向いた。
「は、いつもどの辺りに?」
「えっと、お花を摘むとき以外は、座りやすいからあの沙羅双樹の間の石の上に座ってるけど……」
「そうですか……、もしかして私の知らないところで頻繁に着ていませんか?」
どうして気づいたのかと思って、ついムウの方を見てしまった。
視線が合ったとたん、ムウはどこか確信したように溜息をついた。
さすがに誤魔化したりするわけにもいかず、正直に答えた。
「頻繁には着てないけど……その、ここだと聖域内だから……」
「たまに着ているといったところですか……そのことについては、後でゆっくりと話し合いましょうか」
なぜか笑みを浮かべながら"後でゆっくりと"を強調して言ってくるものだから、何か恐ろしく嫌な予感しかない。
押し黙っていると、ふいにムウから笑みが消えて、少し心配そうにこちらを覗き込んできた。
「それで、シオンと何があったのですか?」
ムウの一言に、思わず息を呑んでしまう。
気づかれていると解っていたけれど、本人に直接尋ねられるとどうしても頭が上手く動かない。
なかなか言い出せないでいると、ムウは無理に聞こうとはせず静かに待っているだけだった。