□ 重なる面影 □
シャカに案内されて客間の席に童虎と座っていると、少ししてシャカが飲み物を持ってきた。
飲み物をテーブルに置くと、シャカは向かい側の椅子へと座る。
シャカに出された飲み物を手でとって見てみると、チャイだった。
少し飲んでみると、ミルクティーの風味に独特の甘み、それにスパイスのふんわりとした柔らかな味わいが美味しい。
そのまま少しずつ飲んでいると、隣から童虎の溜息が聞こえてきた。
「他の者にもこれくらい愛想があればのう……」
「あはは……愛想の良いシャカなんて、シャカじゃないと思うわ」
童虎は考えるように少し黙ると、想像してしまったらしく嫌そうに顔をしかめた。
「……たしかに不気味じゃ」
「でしょう?」
童虎の反応が何か面白くて、くすくすと笑ってしまう。
シャカは童虎との会話をしっかりと聞いていたらしく、呆れたように息をついた。
「愛想などを振りまいて、いったい何になると言うのかね?」
「え、えっと……」
言われて考えてみると、人間関係を円滑化するくらいしか思い浮かばなかった。
それに愛想がいいって事は、社交性が高いってことだから、人と衝突することはまずないかもしれない。
「まあ、社交性みたいなものだし……人間関係を円滑にすることはできるんじゃないかしら?」
「ふむ。だが聖闘士に人間関係を気にする必要などあるのかね?そもそも人間関係などを気にしていては、とうてい聖闘士などになれはしないが……」
たしかに人間関係を気にしていたら、精神が乱れるし、小宇宙の会得以前の問題な気がする。
そもそも聖闘士になるまえに修行ができない。
そう考えると、それほど社交性は必要ない気がしてくる。
いやでも、それはそれで何か問題がありそうな気がする……そこまで考えて、なぜかシャカを見てしまった。
「多少は必要だと思うが……それは必要最低限あればいいことだ」
一瞬、シャカが何を言っているのか理解できなかったけれど、すぐに意味を理解した。
思わず童虎の方を見ると、童虎も驚いたようにこっちに振り向いた。
「童虎……どうしよう、シャカが正論を言ってるわ」
「こんなこともあるんじゃな……」
「、老子……2人共、私をどういった目で見ていたのかね?」
シャカの閉じられた瞼の奥から刺々しい視線を感じて、これは少し失礼な事を言ってしまったかもしれないと今更になって焦ってきた。
思わず誤魔化すように乾いた笑みを浮かべた。
「おぬしは結構あっさりしておるからのう。興味の無いことには、まるで無関心じゃ」
「あはは……人にあんまり興味なさそうだったから、つい」
始めて処女宮でシャカとあった時、シャカは瞑想中だったせいもあるけれど、その印象が抜けない。
でも話してみると、思っていたより話しやすかったのは意外だった。
「そのわりには、には興味津々じゃがな」
「そ、そうかしら?いつも変わらない気がするけど……」
会えば会話をして、たまにお茶をする程度で、興味津々と言われても実感が無い。
童虎は半目になると、呆れたような溜息を零した。
「何を言っておるんじゃ、ついさっきも気になるからと処女宮の入り口まで来ておったじゃろう?」
「そう言われてみれば……でもあれは、私が侍女の格好をしていたから気になって……あれ、でもこれって結局……」
興味があるから、気になったということなんじゃないかと気づいた。
童虎は同意するように頷くと、チャイを飲み始めた。
「そうじゃ。が気になってしまって仕方ないと行動で言っておるじゃろう?」
「た、たしかに……」
よく考えてみたら、すごく素直な行動をしていたのかもしれないと、思わず頷いてしまう。
シャカは、自分が話の中心になっていることに、全く動じることもなく話しかけてきた。
「それよりも。髪色と服装がずいぶんと違っていたが、いったい何があったのかね?」
「う~んっと……シャカが任務に行ってから色々とあったの」
シャカが任務と言って聖域から離れて、ほんの数日間で色々とありすぎた。
何か話せばいいのか悩んでしまうけれど、とりあえず順を追って話すしかないと考えた。
「どこから話せばいいのか悩むんだけど……今ね、シオンさまの提案で午前中だけ特訓を受けてる最中なの」
「特訓?、君はアテナの巫女だ。巫女としてするべきことが他にもあると思うが……」
まるで強くなる必要はないと言われているようで、何か納得がいかない。
これでもアテナの聖闘士なのに、やっぱり巫女であることばかりを求められる。
それが自分の選んでしまった選択の結果だとしても、求めていたのはこんな形じゃなかった。
「シャカ、私はたしかにアテナの巫女だけど……聖闘士でもあるの。だから守られるだけの存在というのは嫌なの」
ふと、前にもシオンさまと似たような会話をしたことを思い出した。
あの時、シオンさまに言われたとおり自分の
少しの間のあと、シャカは何かを思い出したように、笑みを浮かべた。
「フッ……、君は女神アテナとよく似ている」
「沙織ちゃんと?」
意外な一言に、不躾にシャカを見つめてしまう。
それに対してシャカは、気を悪くすることもなく頷いた。
「ああ。あれは、ハーデスとの戦いが始まったころだ。私は阿頼耶識をアテナに伝え、先に冥界へと渡った……」
静かな口調でゆっくりと話すシャカの声に耳を澄ませる。
声に落ち着きがあるせいか、すんなりと言葉が響いてきて、不思議と聞き入ってしまう。
「……アテナはそれを理解すると、青銅たちや他の黄金聖闘士よりも先に冥界へと向かった」
「そんなこともあったのう……アテナは思っていたよりも行動派じゃった」
「ふふっ……沙織ちゃんらしいというか、今とあまり変わらない気がするわ」
今だってグラード財団と聖域を行き来しては、色々と仕事をこなしているらしく、忙しそうだった。
周りに任せることはあまりせずに、そのほとんどを自分の意思で判断している。
「、少しは気分が晴れたかね?」
「え、あ……シャカ、いつから気づいていたの?」
「私が気づいたのは、の部屋の前で別れた時だ」
シオンさまにされたことをシャカに話すには、恥ずかしくてすごく話しづらい。
でもシャカと童虎には話してもいいのかもと悩んでいると、童虎が立ち上がった。
もしかして童虎は話しづらいと気づいたのかもしれない。
「……すまんな、わしは少し席をはずさせてもらう」
「童虎……なんだか気を使わせたみたいで、ごめんね」
「はははっ、気にせんでもよい。どうせシオンのやつが迷惑でもかけおったんじゃろう」
童虎の言葉に思わず息を呑んで固まってしまうと、童虎は驚いたように目を瞬かせた。
「なんじゃ、ずぼしか……、何があったか知らんが、シオンのことはあまりに気にせん方が良いぞ」
「ありがとう、童虎」
童虎は返事の代わりに満面の笑みを浮かべ、そのまま部屋から出ていった。
部屋にシャカと2人だけになると、シャカはこちらの様子を探るように静かだった。
なんて説明しようかと考えていると、シャカの方から話しかけてきた。
「、君は少し前に私と会った時は普段と変わらなかった。だが、その後……の部屋の前で会ったときには、様子がおかしかった」
やっぱりシャカは気づいていて、何も言わなかったんだと気づいた。
「いったい、何があったのかね?」
「……シオンさまに、教皇の間にあった小部屋に案内されたの……それでちょっと、色々とあったの」
色々という言葉で誤魔化しきれるものじゃなけれど、なぜか言い辛いのだから仕方ない。
シャカを真っ直ぐに見れなくて、思わず俯いてしまう。
「その、シオンさまが何を考えているのか解らなくて……でもそれ以上に、ムウになんて言えばいいのか解らないの」
「ふむ……それほど悩まなくとも、ムウにそのまま話してしまえば良いのではないかね?」
「でも……ムウ、怒らない?」
あれだけシオンさまには気をつけるように言われていたのに、実際は隙だらけだった。
それにあれは、お礼で済まされるものじゃない気がする。
おそるおそるシャカを見上げると、シャカは不思議そうに首を傾げた。
「怒る?むしろ、何も言わない方が怒ると思うが……」
「それもそうよね……。でも、ムウにはシオンさまに気をつけるように言われていたのに……こんなことに」
「、君の悩みの原因はそこかね?」
思わず固まってしまうと、シャカはそれを返事と受け取ったみたいだった。
少しして、シャカがゆっくりと語りかけてきた。
「教皇に何をされたかまでは聞かないが……おそらく、私やムウにとっては面白くないことだろう」
「あ……なんで」
「やはりそうか……」
シャカはそれだけ言うと、それ以上は追求しなかった。
でもそこまで気づいていて、気にならないのかが不思議だった。
「シャカは、気にならないの?」
「気にはなるが……ムウより先に私がから聞きだしたとすれば、ムウは怒らないかね?」
「……怒るといういよりも、すごく機嫌が悪くなると思うわ」
どう考えても恋人であるムウを差し置いて、シャカに先に相談しましたなんて、機嫌が悪くなるのが目に見えている。
怒るとか以前に、恋人というものがどういったものかを説教されるかもしれない。
「やはりそうか……気持ちはわかるが、ムウも少し寛容な心を持つべきだ」
「あ、でもムウが反応するのってシャカとシオンさまだけだから、そこまでは迷惑ってことは……」
童虎やサガと話していても、ムウは機嫌を悪くすることも注意するように言ってくることもなかった。
本当にシャカとシオンさまにだけ反応しているみたいだった。
「ふむ、つまり私と教皇は警戒されているということか……だが、その判断は間違いではないかもしれない」
「え、シャカ?間違いじゃないっていったいどういう「、君の様子がおかしいとムウも心配していた。早くムウのところに言った方が良い」」
シャカにしては珍しく、話を遮るように話しかけてきたので少し驚いた。
急に話を遮ったことは気になるけれど、もしかして聞かない方がいいかもしれないと思い、それ以上は聞けなかった。
それにシャカの言っているとおり、ムウが心配しているなら早く話しておいた方がいいかもしれない。
「う、うん……やっぱりそうよね。私、ちょっとムウのところに行ってくるわ」
「ああ、そうした方が良い。そこまでだが、私が送ろう」
「ありがとう、シャカ」
少し冷めてしまったチャイを飲み干すと、白羊宮に行くためにシャカと共に部屋を出た。
ムウに話せばシオンさまが何を思ってあんなことをしようとしたのか、もしかして解るかもしれない。
けれどムウがどんな反応をするのかが、すごく怖い。
知りたいのに怖いという複雑な思いを抱えながら、処女宮の回廊を真っ直ぐに進んだ。