□ 隠される真実 □
沙羅双樹の苑でムウと2人きりという特殊な状況だけれど、ムウとの間に沈黙が漂っている。
それが余計に話し辛かったけれど、いつまでもこうしているわけにはいかなくて、ためらいがちにムウに話しかけた。
「ムウ、その……怒らない?」
「……話を聞いてみないと、わかりません」
それはもしかして、ムウが怒る可能性もあるということだと気づいた。
それでも、やっぱりちゃんと話さないといけないと考えて、少し躊躇がちに口を開いた。
「その、部屋でムウ達と別れた後……沙織ちゃんに進められ散歩していたんだけど、最後にシオンさまとあったの」
「もしかして、が自分の部屋に帰ってくる前ですか?」
ムウの言うとおり、部屋に戻ろうとして教皇の間を通ったときだったから、正直に頷いた。
「うん……たまたま教皇の間を通ったら、シオンさまがいたの」
「そうですか……シオンはアテナを送ると言って、そのまま教皇の間に向かったのですが、まさかと遭遇するとは……」
「それでね、シオンさまに教皇の間にある小部屋まで連れて行かれたの。シオンさまに小部屋を使ってもいいって言われて……すごく嬉しくて」
あの時は、こんなことになるなんて少しも思っていなくて……だからすごく嬉しくて、お礼を言ったんだっけ。
「それでシオンさまにお礼言ったんだけど……その、その後、シオンさまに口付けされたの」
恐る恐るムウの方を見ると、ムウはまるで固まったように動かない。
不安になってしまい、ムウを見つめているとムウは何かに気づいたように口を開いた。
「……シオンに?」
「う、うん。私にもシオンさまがどうしてあんなことをしたのか解らないの……。いくらお礼だからって、どうして、あんなことを……」
あれは、お礼なんてものじゃなかった気がする。
軽く触れるなんてものじゃなくて、まるで恋人にするような口付けだった。
あの時、思わず驚いてシオンさまの方を見ると、シオンさまは満足そうな笑みを浮かべていた。
私の反応を見て、すごく嬉しそうというか楽しそうで……まるで望んでいたみたいで……。
「童虎から、私がシオンさまの愛していた人にすごく似てるって前に聞いたことがあるけど……でも、だからって…っ」
いくらなんでも重ねて見ているなんて、シオンさまに限ってないと思いたい。
だったら、どうしてシオンさまはあんなことをしたのだろうと……似ていたからにしては、いきすぎている。
でも、もしかしてもっと別の意図があったとしたら……そう、たとえばもっと……。
何かがはっきりと解りそうになる前に、ムウに肩を掴まれて軽く揺さぶられた。
「、!気をしっかり持ってくださいっ」
「っ……ムウ、私……シオンさまが、わからなくて……っ」
シオンさまのことしか考えれなくて、答えが出そうなのに出したくなくて、どうしても頭が混乱してくる。
ふいに腕を引っ張られて体勢が崩れると、そのままムウの胸に飛び込むよな形で抱きしめられ、そのままゆっくりと地面に座り込んだ。
いきなりのことで少し驚いたけれど、微かに漂うお香の匂いと触れ合う体温が心地よくて、ひどく安心してしまう。
そっと抱きしめ返すと、安心させるように頭を撫でてくれた。
「ずっと落ち込んでいた原因は、それですか……」
「だって、今までそんな…こと……あれ」
今までに、近いことが何度かあったような気がする。
たしかムウがそれですごく怒っていたような……でも、そのたびにシオンさまの悪ふざけの延長って思っていて……。
考えがまとまる前に、頬にムウの手が触れてきた。
導かれるように自然と顔を上げると、翡翠色の瞳と目が合った。
安心させるように穏やかに微笑まれると、なぜか胸が苦しくなってくる。
「いいですか、。シオンの年齢を考えてください」
「シオンさまの年齢?童虎と同じで、軽く200歳は超えてるらしいけど……」
急にシオンさまの年齢を聞いてきたから、不思議に思って首をかしげた。
「ええ、そうです。シオンから見れば、私もも子供も同然。つまり、ただの戯れかもしれません」
「戯れ……あれが?」
あの口付けは、戯れで済まされるようなものじゃなかったような気がする。
だから今までずっと悩んできたのに、いったい何を言っているんだろうと思ってムウを見つめてしまう。
「少し行き過ぎていますが、可能性としてはありえますよ。それには、小さい頃からシオンを知っているでしょう?」
「う、うん。母さまに連れられて、よくシオンさまに会いに着たもの」
「シオンにとっては、気心が知れた仲のようなもの……つい、やりすぎてしまったのかもしれません」
もしかして愛していた人に似ていたせいもあって、ついしてしまった可能性があると。
それはそれで問題があるような気がするけれど、可能性が無いとも言い切れない。
「そういうものかしら……」
「ええ、そういうものです」
ほんの少し違和感があるような気がするけれど……深く考え込んでしまうよりも、そう考えた方が良いかもしれない。
それにムウが言うのだから、それで良いような気がしてきた。
「だとしたら、次からシオンさまとどうやって接すれば……」
「いつもどおり、アテナの巫女として接すればいいのでは?」
「いつもどおりに……でも、できるかしら」
あんなことをされて、普段どおりにシオンさまとちゃんと話せる自信はあまりない。
シオンさまを見たら、どうしても思い出してしまうかもしれない。
不安と自信の無さから、自然と視線が下がってしまう。
「……無かったことにすれば良いのですよ」
「……無かったことに?」
「ええ。ずっと気にしていたら、だってシオンと接しにくいでしょう?」
穏やかに落ち着いた口調で話されて、思わず頷いてしまう。
「そ、それはそうだけど……」
「それに……もしシオンが悪戯のつもりでしていたら、どうするつもりですか」
「どうするって言われても……でも本当にそうだったら」
あまりにも過剰に反応していたことになるし、そうなれば恥ずかしすぎる。
思わず顔を伏せると、頬に触れていたムウの手が自然と腰へと回ってきて引き寄せられた。
そのまま身を任していると、腰から密着するようにしっかりと抱きしめられる。
ムウが少し屈んだらしくて、耳元に息がかかってくすぐったい。
「ですから、忘れていつもどおりに接すればいいのですよ」
「忘れて、いつもどおりに……。そうよね………それが一番良いもの」
もう考えて悩むことに疲れてしまって、ムウの言うとおりに何も無かったことにして、忘れてしまうのが一番良い。
何度も髪を梳くように頭を撫でられ、あまりにも心地よくて、そのまま持たれるように頬を寄せると瞼を閉じた。