□ 不安と出会い □
やっぱり、ムウがおかしい。
紅茶に映った自分の顔をみながら、ふと原因を考えてみると、自分の行動が問題だらけなんじゃないかと気づいた。
そもそも、ムウが怒ることばかりしていたような気がする。
シャカのこともそうだし、シオンさまのこともそうだし……むしろ、思い当たることだらけで、不安になってくる。
「どうしよう……」
「どうかなさいました?」
「アイネ……」
思わず振り向いてしまったどけ、心配そうにこちらを見てくるアイカテリネから、視線を逸らしてしまう。
ここでアイカテリネに聞いても、おそらく考えることは同じなんじゃないかと思ってしまう。
そもそもどう考えたって、原因は自分にあるようにしか思えない。
話し出すのを静かに待っているアイカテリネに根負けするように、いつもよりも小さい、呟くような声で語りかけた。
「あのね、ムウのことなんだけど……」
「ムウさまですか?」
「その、もしかして私……ムウに、あきられてるのかなって思って……」
アイカテリネは驚いたように何度か瞬きをすると、戸惑ったように首を傾けた。
「……ムウさまに限って、それは……」
「でも私、ムウを怒らせてばかりだし……しかも怒るってわかってたのに、止めれなかったし……もしかして、優しいから、甘えてたのかな」
「一度、ムウさまと話し合ってみてはいかがですか?」
「……もし、あきられていたらって……怖くて、聞けない」
そもそもどう考えても、あのムウの反応はおかしい。
考えれば考えるほど、不安で不安で仕方ない。
「朝、会った時も私に興味無さそうだったし……階段で転びそうになっても、ムウも近くに居たのにシオンさまが助けてくれたし……お昼の食事の時だって、いつもなら横に座ろうとするのに、今日は違っていて会話も少なかったの」
「そ、それは……わたくしからは何も言えませんが、」
「その、ね……原因を考えてみるとね……シャカの時もそうだけど、シオンさまのこともあって……ムウを怒らせることをいっぱいしたなって」
やっぱり温厚なムウでも、限度を超えてしまったのかもしれない。
それに何度も注意されているのに、全然守っていなかった。
「やはりムウさまに限ってそんなことは……」
「でも思い当たることが多すぎて……」
「さま、あまり思い詰めても仕方ありません。一度、よく話し合ってみてはいかがですか?」
「話し合うって言われても……こんなこと初めてで……」
よく考えてみると、ほとんどムウの方から来てたっけ。
自分から会いに行かなくても、会いにきてくれていたから、最近はあまり会いにいくことすらしてなかったような気がする。
やっぱり甘えすぎていたのかもしれない。
「さま、一度気分転換にお出かけなさってはいかがですか?」
「……外に?」
このまま部屋の中にいても、気分が落ち込んでいくだけかもしれない。
だったらアイカテリネの言うとおり、ここはやっぱり気分転換に外を歩いてみるのがいいのかもしれない。
それに女官たちの行動も気になるし、それに護衛を連れて行くよりは、今は気分的に一人が良い。
「ありがとう、アイネ。少し気分転換に出かけることにするわ」
「かしこまりました。すぐにご用意いたします」
アイカテリネが用意した服を着て、髪を染めてまとめあげる。
最後にカラーのコンタクトをすると、向かいの部屋に待機しているはずの童虎の元へと急いだ。
**************
久しぶりに着替えて、こっそりと部屋から出ると、童虎が待機している部屋へと向かう。
部屋の前で小宇宙を抑えちゃいけなかったんだっけと思い出し、微かに小宇宙を出しながら、扉を叩くとすぐに童虎が出てきた。
「、いったいどうしたんじゃ?……なんじゃ、また探索か」
「うん、やっぱり少し気になっちゃって……聖域内を歩くだけだから、それに何かあったら小宇宙で伝えるから」
「……そうか、わかった。だが、あまり心配をかけるんじゃないぞ」
童虎は少し黙ってこちらを見ていたけど、すぐに察してくれたらしく、頭を豪快に撫でてくれた。
髪型が崩れそうで少しあせったけど、気遣いがうれしかった。
「ありがとう、童虎。本当に気分転換みたいなものだから、大丈夫」
「何があったかは知らんが、気分転換は良い事じゃ」
どこに行こうかと考えていると、そういえば地下があれからどうなったのか気になった。
たぶんシオンさまと沙織ちゃんがしっかりと調べていると思うけど、行く場所もないし、もう一度行ってみようと考えた。
人目を避けるように話し声がする場所や物音がする場所を避けて、地下へと小走りに向かう。
ふいに人の話し声が聞こえてきて、探してみるといくつもある部屋の中で、一番奥の部屋からだった。
そっと扉に耳を当ててみると、女の人の声が聞こえてくる。
"だから言ったのよ、わたくしでよければって"
"え~、でもデスマスクさまよ?たとえいけても、後のことを考えなさいよ"
ゴトゴトと何かを移動させている音がするから、おそらく探し物をしながら世間話でもしているところみたいだった。
でもデスマスクが出てくるって……いったいデスマスクとなにがあったのか気になってしまう。
"大丈夫よ、目撃者がいれば逃げれないでしょう?"
"あら、ずいぶんと計画的じゃない"
"ふふっ、それくらきちんと考えてるわよ。それより、そろそろ行きましょうよ。もう掃除も終わってる頃よ"
"そうね、"
出てきそうな気配がして、急いで隠れないとと思って周りを見ると、いくつかの部屋と降りてきた階段しかない。
扉は開け閉めの音がするから、ここは来た道を戻ろうと出入り口の階段の方をみると、知らない女の子が不思議そうにこちらを見ていた。
花瓶を持っているのを見ると、おそらく片付けに来た女中なんだろうと気づいたけど、それよりも気配に気づかなかった自分に驚いた。
ここは知らないふりをして通り過ぎた方がいいのか迷っていると、女中の方が真っ直ぐにこちらに向かってきて、そのまま腕を掴んで引っ張ってきた。
女官達の居る隣の扉に向かうと、そのまま扉を開けた。ドアノブが壊れているらしくて、音がしないまま扉が開いた。
「えっと……」
部屋の明かりをつけると、薄暗くて気がつかなかったけど女中の服をきているのを見て、やっぱり女中だと気づいた。
少し幼さのある顔立ちに、赤茶色の髪と青い瞳が馴染んで見える。
いつもアイカテリネや沙織ちゃんを見ているせいか、普通の顔立ちがすごく新鮮に見える。
「巫女さまですよね?なんでこんなところに居るんですか?それにその格好は?」
「え、あなた……気づいてたの?」
どうやら気づいたから、助けてくれたらしい。
それにしても、感がいい子だなと思わず感心してしまう。
「まあ、顔と声はそのまんまですし……それより、どうしてそんな格好をしているんですか?」
「え、えっと……散策?」
「散策?髪色と目の色を変えて、ついでに侍女の服を着てですか?どんな散策なんですか……」
ありえないと言いたそうに目を半目にして、覗き込んでくる。
なんとなく居心地が悪くて、思わず話を濁したくなる。
「たまには、気分転換してみたい時もあるの」
「あっ!わかりました!前に地下でアイネが襲われたって噂があったから、それの調査とかですか?」
思いっきり当てられてまったこととアイカテリネを知っていることに、思わず驚いて見つめてしまった。
しまったと思ったときには、女中の子は嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「ふっふ~ん・・・・・・これは図星ですね!」
「図星って・・・・・・あなた、もしかしてアイカテリネを知ってるの?」
「知ってるも何も、少し前までアイネとは同室でしたもん。あ、侍女は個室を与えられてないんですよ。だいたいは2人で1室ですねー」
「そうなの?」
「女官の方々は個室を与えられるみたいですけど・・・・・・まあ、下っ端ですし、そんなもんですよ。この花瓶だって、女官の変えてのたった一言で地下の物置行きですし」
両手で花瓶を持つと、左右をに揺らして女官のお使いで来ましたアピールをしている。
ふと花瓶を止めると、花瓶の中を覗き込むように視線を落とした。
「指示を出すのは女官の人で、動くのは女中・・・・・・昔はそんなことはなかったらしいですけどね、いつの間にかこうなってたらしいです」
「そうなの?でもアテナ神殿に使えてる人は、そんなことはないみたいだけど・・・・・・」
「アテナ直属は、本当に選抜されてるらしくて、全員が女聖闘士か元女聖闘士らしいです。完全に分け隔てられてますよ」
そういえば、前に遭遇した女官の人も似たようなことを言ってた気がする。
アテナ神殿の女官には関わりたくないみたいなことを。
「だから女官の方々は苦手らしいみたいですよー・・・・・・でも本当は、下手にちょっかい出せないからですよ、あれ」
「ちょっかいが出せないって・・・・・・」
そういえば前にアイカテリネから似たような話を聞いたっけ。
やっぱりアイカテリネが言う通り、本当に結婚相手を探しに来たんだと呆れてしまう。
「もしアテナ神殿の方と問題をおこしたら、首が飛ぶどころの問題じゃないですよ。女官は基本的に家柄に泥を塗るようなことは避けますからねー。近づかない方がいいって決まってますもん」
「・・・・・・家柄ね」
「それに、将来の旦那さん探しに来てるようなもんですよ?女ばっかりのアテナ神殿の女官と仲良くなってどうするんですか」
「それもそうね」
基本的にアテナ神殿は、女聖闘士ととして女神アテナを至上としてるはずだから、教皇宮の女官達と価値観が全く違う。
それで仲良くなんて、かなり無理がある。
「そういえば、次期教皇候補のサガさまも人気があるみたいなんですけどー・・・・・あれですね、教皇になってしまったら色々とやっかいみたいですね」
「女官長とシオンさまはどうなってるのかしら?」
「あ、やっぱり気になります?あれは片思いみたいなもんですよ。それより教皇は、巫女さまに夢中らしいですもんねー」
ふと、なんだか見覚えのある小宇宙が近づいていることに気がついた。
本来ならあるていど抑えられている小宇宙が、主張するように全く抑えられていない。
おそらく、人避けの意味も込めてるんだと思うけど、こんなところに何の用があるのかと思ってしまう。
「夢中って・・・・・・きっと巫女だから気にかけてくれるだけよ」
「そうですかー?そういえば、巫女さまは気にならないんですか?」
それに立場上は同じだって、沙織ちゃんも言ってたし、同僚みたいなものだから気にかけてくれるだけかもしれない。
たまに行き過ぎたことをされることもあるけど、悪ふざけみたいな物だと・・・・・・。
「気になるって?」
「ほら、毎日のように顔を合わせているみたいじゃないですか!すごい噂になってますよ!ほぼ毎日、巫女さまの部屋に通ってるって!」
たしかに毎日のように部屋に来てくれるけど、ほとんど講義というか勉強を教わってるだけなんだけど。
やっぱり色んな人に勘違いされてるんだって思うと、思わずため息がこぼれた。
「それは、巫女としての教育のためにきてくれているの。それにシオンさまはシオンさまよ」
「そうですかー?教皇があんなにウキウキしてるのに、それだけじゃないですよー」
「ウキウキって・・・・・・」
どうしよう、さっきから扉のすぐ向こうに見覚えのある小宇宙を感じる。
おそらく会話を聞いているのは、シオンさまで間違いないと思う。
それにしてもこの子、話し方が庶民というか女の子っぽい気がする。
「そういえば、名前を聞いてなかったわね。名前は、なんていうの?」
「名前ですか?エレナって言います!」
「エレナは、町というか・・・・・・村出身?」
「そうですけど・・・・・・あ、フレンドリーな話し方ですみません。なんというか、巫女さまって話しやすいんですよねー」
親しみを持ってくれるのは嬉しいけど、扉のすぐ向こうでシオンさまも聞いてるって知ったら、どうするのかしらと疑問に思う。
「そ、そう・・・・・・たぶん、私の話し方のせいかも」
「あ!そうかもしれません!女官の方たちと違って、巫女さまは普通の話し方ですもん」
「巫女に就任したのが、つい最近だもの。それまでは、普通の女聖闘士だったのよ」
「え?!」
なぜかすごく驚いた顔で見てくるんだけど、いったいどうしたのか気になる。
「巫女さまって、本当に元女聖闘士だったんですか?・・・・・・その、女官の方達の間では、体裁が悪いから都合よく女聖闘士という設定にしたんじゃないかって噂が・・・・・・」
「え、体裁が悪いから女聖闘士ということにしたってこと?」
「まあ、噂は噂ですから!」
そういえば、前に女官がそれっぽいことを話していたのを聞いたような気がする。
変な噂を立てられるくらいなら、聖衣を纏って歩いてみるとか・・・・・・でもそうすると、シオンさまから苦情が来そうな気がする。
「本当に、女聖闘士なんだけど・・・・・・いっそうのこと、仮面をして歩いた方がいいのかしら」
「え、そんなもったいない!」
いきなり焦ったように真剣な顔でもったいないと言われてしまって、一瞬何を言っているのかわからなかった。
思わず不思議な物を見るような気分でエレナを見てしまう。
「は?もったいない?」
「あ、あはは・・・・・・いや、ほらあれですよー。せっかくの美人さんですし、隠す必要はないですよー」
エレナは、照れ隠しに頭を掻きながら、苦笑いを浮かべて焦り始めた。
なんだか賑やかというか、変な意味で面白い子だったので、思わずクスクスと笑ってしまった。
ふいに扉が開いて、シオンさまが入ってきた。
やっと入ってきたシオンさまに、思わず呆れたような溜息を零してしまった。
「私も隠す必要はないと思うが?」
「え、え、えー!?教皇じゃないですか?!?!どうしてこんなところに!?」
「シオンさま、少し前からそこに居たみたいよ・・・・・・」
「さすがには気づいたようだな」
「小宇宙ですぐにわかります。気づかない方がおかしいですよ」
楽しそうな笑みを浮かべるシオンさまに、思わず溜息を零してしまった。
ふと見ると、エレナは驚いたようにシオンさまを見上げて固まってしまった。
そういえばエレナは一般人だから、小宇宙には気づけなかったぶん驚きも大きいんだろうなって苦笑してしまった。