□ さざめく不安 □
珍しく相手になる黄金聖闘士がいなくて、貴鬼くんの相手をしていると、自分の動きが以前と違っていることに気付いた。
ほんの少しの動きで、なんとなく貴鬼くんの次の動きが解ってしまい、貴鬼くんが右側に回ろうとする前に、体が自然に貴鬼くんを避けようと動く。
行動を先に読まれた貴鬼くんは、戸惑ってすぐに次の動きにうつろうとするけど、それも貴鬼くんが少しの体の動を動かすだけで先に動いてしまう。
前は動きを見切って、ある程度は追いつけるように動いていたけど、今は何も考えてなくても体が動いてしまう。
「お姉ちゃん!前よりも動きが速いよ?これじゃあオイラ、何もできないよ!」
「そ、そう?」
たしかに貴鬼くんの訓練も一緒にしているのに、これだと全く意味がない。
困ってしまい、貴鬼くんの師であるムウの方を見てしまう。
ムウは何か考えているようで、こちらの方を見ずに視線を少し下げて考え事をしているようだった。
考え込んでいるムウが珍しくて、ついムウの方を見てしまう。
「ムウ……?」
「……、どうかしましたか?」
声に反応したムウと目が合うと、いつもどおりに微笑んでくれるけれど、なんだろう……ほんの少し違和感を感じる。
いつもなら、近くにいれば常に視線を感じていたような気がするけど……さっきのムウは、どこか遠くを見ているような雰囲気で、少しだけ寂しさを感じてしまった。
こんなムウは初めてで、なんて言葉をかければいいのか解らなくて、何も言えなくなってしまう。
「……?」
「ううん、なんでもないの」
何も言わなかったせいで、ムウは不思議そうにこちらを見ながら近づいてくる。
それでも、やっぱり言えなくて曖昧に微笑んでいると、シオンさまもムウにつられるように近づいてきた。
「少しずつだが動きがよくなってきたな。そろそろ小宇宙を使ってみるか……」
「小宇宙を使ってということは……技も出していいんですか?」
「ああ。も組手ばかりで飽きただろう?それに時間もあまりないからな……小僧の相手ばかりさせていても仕方あるまい」
「時間?そういえば、もう少しで1ヶ月が経つんですね……」
すっかり忘れていたけど、冥界に紹介するという話があった気がする。
そういえば少し前に冥界からの使者が来ていたけど、挨拶も何もしていなかったから、少し失礼なことをしてしまったのかもしれない。
「ふむ……青銅達がいれば、ちょうど良い相手になったが……さすがにアテナから借りるという訳にもいかぬしな」
「青銅?ああ、青銅聖闘士ですか……そういえば、黄金と白銀ばかりで青銅を見たことがないような……」
今の聖域にいるのは、ほとんが黄金聖闘士ばかりで、たまに白銀に合うぐらい。
そういえば、すごくたまに白銀の近くに青銅っぽいのが居たような気がするけど、親しく話しているところを邪魔するわけにもいかなくて、その場を後にしたことがあったっけ。
「、会う必要はありませんよ。彼らの大半は、日本にあるアテナの屋敷にいますから、日本に行けば会うことになるはずです」
「え、なんで沙織ちゃんのところに?」
「ああ、今代のアテナは日本育ちだったからな。アテナを育てた者が、聖戦に備えて聖闘士が必要だからと、孤児院から聖闘士候補を引き取って聖闘士にさせたらしいが……」
アテナがいるから、聖戦の準備に聖闘士を育てたなんて、すごく準備が良いなぁって思ってしまった。
ということは、沙織ちゃんを育てた人は沙織ちゃんがアテナであることや聖戦のことを知っていることになる。
どんな人物かすごく気になるけど……ふいに、幼い沙織ちゃんの近く、すごく印象深いおじいちゃんが居たのを思い出した。
なんというか、すごく威厳に溢れていて近寄りがたい雰囲気だったけど……あの人だと思うと、なぜか納得してしまう。
「幼いアテナとは、孤児院から引き取られた際に、出会ったらしい。つまりアテナとは、幼馴染ということだ」
「沙織ちゃんにも幼馴染が居たんですね……やっぱり仲が良いんですか?」
「仲は……良い方だろうな。よく連絡を取っているようだ。場合によっては、その青銅達のみを連れて休暇に出かけることもある」
沙織ちゃんからは、あまりそういった話を聞いたことがなくて新鮮だったけど、教えてくれなかったことが少し寂しい。
でも話題にすることもなかったし、いきなり実は幼馴染がなんて言われても、反応に困っていたかもしれない。
きっと沙織ちゃんなりに、気を使ってくれていたのかもしれない。
「すごく仲が良いんですね。それってもしかして、サガの乱の時に活躍した青銅達なんですか?」
「ああ、そうだ」
「ふふっ、今度会ってみたいです。沙織ちゃんのことで話が合いそう」
「星矢達の話を聞く限りでは、活発な性格をしていたようだが……成長したのだろう。もし会うことがあるのなら、話してみると良いぞ」
サガの乱に活躍した青銅達がいることは、噂話には聞いていたけど、沙織ちゃんの幼馴染なんて初めて知った。
しかも休日にも一緒に出掛けたりするなんて、かなり仲が良いんじゃないかと思う。
「シオン、立ち話もよいですが、そろそろお昼になりますよ」
「そうか、時間か……昼にするぞ、」
「あ、はい」
話が終わったとたん、貴鬼くんが走り寄ってきた。
そのまま手を握ってくると、先導するように手を引っ張ってくる。
「ねえ、お姉ちゃん。オイラ、装飾用のブレスレットを練習で作ってるんだ!できたらあげるよ!」
「そう、ありがとう。将来が楽しみね。貴鬼くんはアリエスだっけ?」
「うん!オイラは牡羊座だよ!」
よく考えたら、シオンさまは元アリエスでムウは現在のアリエスで、貴鬼くんは未来のアリエス候補かぁ……まさか三世代に囲まれるなんて、すごいことなのかもしれない。
本来は3世代がそろうことなんて、まずありえない。
「お姉ちゃん!早く行こうよ!」
「慌てなくても、ご飯は逃げないから大丈夫よ」
「そうじゃなくて、オイラがお腹ペコペコなんだよ!」
言うと同時に、貴鬼くんのお腹が音を立てた。
あまりにもタイミングが良すぎて、思わずクスクスと笑ってしまうと、手を強く引っ張られてしまい、引かれるように足を進めた。
子供らしい行動に、なんだか微笑ましくなってくる。
「朝ごはん、ちゃんと食べてきたの?」
「うん!でも朝も早いから、この時間はいつもお腹が空くんだ」
「そういえば、修業中だっけ……それなら仕方ないわね。水汲みとか牧割りとか、体力づくりに色々するでしょう?」
「う~ん……オイラの場合、体力づくりというか……サイコキネシスの訓練みたいなものだよ」
言われてみて気が付いたけど、ジャミール出身ってほとんどがサイコキネシスが使えるんだっけ。
ムウは普通に使っていたから、生まれた時から普通に使えるものかと思ってた。
「サイコキネシスて、訓練が必要なのね」
「うん!集中力すごく使うんだよ。失敗することもあるし……」
「そっか……使えないから訓練なんて考えたこともなかったわ。やっぱり使いこなすのも大変なのね」
ふとシオンさまの方を見ると、何か物言いたそうに貴鬼くんを見ていることに気が付いた。
貴鬼くんは気づいていないらしくて、そのまま嬉しそうに鼻の頭を指で掻いている。
「……ムウ。言葉遣いをどうして矯正しなかった?」
「私には、ちゃんとした言葉づかいで話していますから……元来の性格からくるものでしょう。どうしようもありませんよ」
「そういえば、お前は昔から愛想が良かったな……なるほど、元来の性格か……」
そういえば小さい頃のムウは、やっぱり今と同じような穏やかな性格をしていた気がする。
それでも貴鬼くんと違って、積極的に向かってくるような子じゃなかったっけ……。
無邪気に歩いていく貴鬼くんに手を引っ張られて、階段を進んでいく。
「あ、もう少しで着くよ!」
足を上げるスピードと引っ張られるスピードが合わなくて、階段の一番上の段で足先が引っかかった。
手を握られていたせいで、体勢を整えることができずに、バランスを崩してしまい、そのまま地面に向かって顔から落ちていく。
貴鬼くんが気づいて後ろを振り向くより早く、肩の辺りに手が回ってきて、そのまま支えられてしまう。
驚いて顔を上げると、すぐ近くにシオンさまの顔があった。
シオンさまは目が合うと、安心したように顔を緩める。
「大丈夫か?」
「え、あ……はい。ありがとうございます」
いつもなら、ムウが真っ先に来るのに……シオンさまが先に庇ってくれたことに茫然としてしまう。
ふとムウを見ると、なぜか驚いたように固まっていて、少ししてから気が付いたように、こっちに向かってきた。
ムウは、そのまま真っすぐに来ると、心配そうに覗き込んできた。
いつものムウなのに、やっぱり何かちょっと違う。
「、足は大丈夫ですか?捻挫などはしていませんか?」
「痛くはないから大丈夫……それにシオンさまが庇ってくれたし」
ふとシオンさまを見ると、貴鬼くんに説教をしていた。
怒鳴り散らしていないだけ、まだいいかもしれないと思って、そっとしておくことにした。
ムウは少しだけ安心したように笑みを浮かべて覗き込んでくる。
「そうですか……もし痛みがあるなら、すぐに言ってください。わかりましたね?」
「う、うん。ムウ……あの、」
「どうかしましたか?」
心配そうにこちらを見てくるムウに、いつもと少し違うけどって言いたいけど、なぜか言えない。
そのまま言葉を飲み込むと、曖昧に微笑んで首を振った。
「ううん、なんでもないの。気のせいみたい」
「そうですか……なるべく無理はしないでください。いいですね?」
「うん、ありがとう」
ムウは足に違和感があると勘違いしたらしく、何か言いたそうにこちらを見てくるだけで、それ以上は何も言わなかった。
なんとも言えない雰囲気を換えようと、まだ説教されている貴鬼くんとシオンさまの間に割り込む。
「シオンさま、そんなに長く説教をしなくても……」
「だが、今のうちにしっかりと教え込まねば」
「でも、貴鬼くんも反省してますし……ね、貴鬼くん」
貴鬼くんの方を見ると、反省したように頭を下げていた。
拳を握りしめているのが目に入って、すごく反省しているんだと気づいた。
「ごめんなさい……オイラが、もっとちゃんと考えていたら、お姉ちゃんを危ない目にあわせなかったのに……」
「私は大丈夫よ。それにシオンさまが庇ってくれたから、ケガもないし」
「でもオイラが「大丈夫だから……そんなに気にすることないわ。ね、シオンさま」
「がそこまでいうのならば、仕方あるまい……」
まだ何か言いたそうだったけど、気づかないようにしていると諦めたらしく何も言わなかった。
その代わり、さっきまで貴鬼くんが握っていた右手をシオンさまが握ってくる。
「行くぞ、」
「あ、はい」
ふとムウを見ると、何か言いたげにこちらを見てくるだけで、シオンさまを止めることはなかった。
いつもなら、なぜか対抗してシオンさまに対抗して左側に回ってこようとするにに、今日は貴鬼くんが左側に回って心配そうに手を握ってくる。
食事の時もムウは、いつもより少し口数が少なくなっていたような気がして、気になって仕方がなかった。