□ 不明瞭 □
教皇の間へ行くと、シオンさまが玉座の横に立っていて、先に教皇の間へと向かったシャカも近くに待機していた。
玉座には沙織ちゃんが座っており、3人共こちらに気づくと視線を向けてくる。
沙織ちゃんと目が会ったとたん、沙織ちゃんは少し焦るようにこちらへと足早に向かってきた。
「お姉さま!この聖域に賊が入ったと知らせを聞きつけて、急いで参りました。どこにもお怪我はありませんか?大丈夫ですか?」
「ありがとう、沙織ちゃん。私は大丈夫だから」
安心させるように微笑むと、沙織ちゃんも釣られるように微かに微笑んでくれた。
沙織ちゃんを連れて、教皇の間の奥に居るシオンさまのところまで行くと、シオンさまに頭を下げる。
「シオンさま、遅れて申し訳ありません」
「うむ。あまりに遅いので少しばかり心配したが、無事で何よりだ」
やっぱり心配されていたんだと思うと、苦笑が出てくる。
それと同時に、暖かいような気持ちも胸に溢れた。
「ご心配おかけして、ごめんなさい。すこし休憩していたんです」
「あのようなことがあって、お姉さまもお疲れなのですね」
「少しだけね。でも、ちゃんと休んだから本当に大丈夫よ?それよりも、本題に入りましょう」
沙織ちゃんは頷くと、近くに控えていたアイネを呼び寄せた。
アイネはアテナである沙織ちゃんのところまでくると、一礼してから膝をついて頭を下げる。
「では、本題に入ります。アイカテリネさん、本当に心当たりはありませんね?」
「アテナさま……わ、私は……アテナさまに誓って、心当たりは一切ございません」
「そうですか……では、なぜあの場所に居たのですか?」
黄金聖闘士とアテナと教皇の視線にアイネ相当緊張しているらしく、言葉がなかなか出てこない。
混乱しているらしいアイネと目が会った。安心させるように微笑かけると、緊張が解けたように少しだけ顔を緩ました。
アイネは両手を組んで、落ち着けるように一呼吸すると、ゆっくりと顔を上げて口を開いた。
「はい。あの時は、部屋を掃除しておりました。その際、部屋に飾られている花が少しばかり枯れていたので、花を取り替えようと思い花瓶を持ち上げたのですが、手が滑ってしまい花瓶を落としてしまって……困っていたところに、通りかかった女官の方に地下倉庫に予備の花瓶があると教えていただいたのです」
「その予備の花瓶を取りに地下倉庫へということですね。お話からは本当に偶然と考えられそうですが、賊が待ち構えていたことを考えると……本当に偶然なのか、少し怪しいですね」
沙織ちゃんは考えるように少し目を伏せると、こちらに視線を向ける。
少しして不思議そうに軽く首をかしげると、口を開いた。
「お姉さまも、どうして地下倉庫に足を運ばれたのですか?」
「私は……たまたま女官達の世間話を耳にして……その話が、地下倉庫に誰かをおびき寄せたという内容で、とりあえず様子を見に地下室へと向かったの。そうしたら、アイネが襲われてたのよ」
「こちらも女官ですか……お話から察するに、初めから女官の方が仕組んでいたように思えます……ですが、証拠がありません」
シオンさまも沙織ちゃんの言葉に同意するように頷くと口を開いた。
いつもよりも険しい雰囲気を纏っていて、思わず緊張したように身体がこわばる。
「人の伝聞を証拠にするわけにもいかぬ。もし聖域内部の者の犯行ならば、巫女を巻き込んだ時点でそれは謀反と同じ。それなりの罰を与えねばならぬ……聖域もそれなりに騒々しくなるではあろうな」
シオンさまの発言に沙織ちゃんは軽く頷いて「そうですね」と言うと、また視線をこちらに戻した。
「お姉さま、女官の方はどのような方か覚えていますか?お名前が無理でしたら、特徴などでも……」
沙織ちゃんに聞かれて、その女官の人たちの特徴を思い出そうとするけれど、まったく思い出せない。
女官の人たちは、教皇の間でよく見かけるので意識したことがなくて、女官の人という認識しかなかったため覚えていなかった。
こんな事態になるんだったら、しっかりと覚えておけばよかったと悔いる。
「ごめんなさい。あまりその女官を意識してなかったので覚えてないの」
「うむ、仕方があるまい。聖域に仕えている女官は、ほぼ教皇の間に集中しているのでな。よほどのことでなければ、覚えているものも少ない」
「そうですね。それにその時は、まだこういった事態になるとは思いもしなかったでしょうし……」
せめて糸口がないかと思い、その時の会話を必死に思い出してみる。
そこでふと気づいた。もしかしてあの時の"ドブネズミ"ってアイネに対して言った言葉?
あの灰色に近い銀の髪を差していっていたのなら……最初からアイネを狙っていた?
ならどうしてアイネを狙う必要があるの?
考えに耽っていると、沙織ちゃんから溜息が聞こえて意識が浮上した。
「今のところ、手詰まりですね……仕方ありません。追って調査を続けます」
「うむ。今はそうするしかありません」
アイネのことを確認もせずにアテナである沙織ちゃんやシオンさまの前で話せない。
後でアイネに直接聞いてみようと思い、今は言葉を飲み込んだ。
そういえば、あの時に女官の人たちの会話に妙な違和感を覚えたのも思い出した。
「そういえば、あの女官の人たち……アテナの巫女を"神聖な存在"と言ってたんですが……」
「……人というものは、第一印象を外見で判断してしまう。おそらくだが、を始めて見た女官のほとんどがを外見で判断したのであろうな。それにもう1つ……は忘れているのかもしれぬが、の場合はアテナ直属の指名であろう?」
「あっ……だから、あんなことを……」
シオンさまに言われてから初めて気づいた。
教皇と同じ権限を持つ、女神からの指名の巫女という立場は、彼女達からは、どう映っていたのだろう。
それが"神聖な存在"という言葉になって出てきたのかもしれない。それでも、何かぬぐえない違和感を感じた。
以前、ムウに巫女として意識するようにと言われたことを思い出す。
それは、こういうことを危惧していたのかもしれない。
「ごめんなさい、お姉さま。私のわがままで、重荷を負わせてしまって……」
「沙織ちゃん……」
頭を軽く下げて悲しげに目を伏せる沙織ちゃんに、そっと手を伸ばして頬を撫でる。
沙織ちゃんは、驚いたように少し目を見開いて顔を上げた。目線が合うと、安心させるように微笑む。
「気にしないで、沙織ちゃん。決めたのは私だもの……だからそんなに、悲しい顔しないで?」
「……お姉さまは、お優しいですね」
沙織ちゃんは、花が咲きほころぶようにふんわりと微笑む。それが嬉しくて、微笑み返す。
咳払いの音が聞こえて、その聞こえてきた方向に顔を向けるとシオンさまは、なぜか視線を泳がせている。
しかも珍しく頬に微かに赤みが差していて、何か困っているみたいだった。
不思議に思って声をかけようと思ったときには、いつものシオンさまに戻っていた。