□ 邂逅と享受 □



教皇の間に入ってみると、黄金聖闘士が12人全員揃っていた。荘厳とも言えるその光景に、思わず身を竦めてしまいそうになる。
どうすればいいのか悩んでいると、後ろから沙織ちゃんが出てきた。

「みなさん、改めてご紹介します。この方が、エリダヌス座のさんです」
「え、あ……エリダヌスのです。よろしくお願いします」

勢いで頭を下げてよろしくお願いしますと言ったけど、何がよろしくなんだろうと心の中で突っ込んだ。
周りがざわついて「女聖闘士か……にしても、珍しいな」「ああ、そうだな」と言う声が聞こえてきた。
女聖闘士自体、数は少ないけれど、そこまで珍しくないはず……戸惑っていると、シオンさまが声をかけてきた。

「気にするでない。の性格のことじゃろ……女聖闘士になれば、気の強いもんが多いからのう」
「はあ……性格ですか」

言われてみれば、確かに気の強い人が多いなと納得してしまう。
やっぱり黄金は眩しいなと思いつつ回りを見渡していると、黄金聖闘士の中に、どことなく見覚えのある顔が見えた。
藤色の髪に、翡翠のような瞳。小さい頃、母に連れられてシオンさまにご挨拶に行った時に、出会った少年の面影を色濃く持っている。
そういえば、彼は……噂話で、牡羊座の聖闘士になったと聞いた。でも、過去に何度か足を運んだけど、白羊宮は確か誰も居なかったはず。
だから、ただの根も葉もない噂なんだと思ってたのに……。

「ムウ……?ねえ、貴方もしかして、ムウじゃない?」

こちらの方を少し驚いたように見ている……その反応で気がついた、やっぱり彼はムウだ。

……?なぜ、貴女がここに……」
「やっぱり、ムウなんだ……」

数年ぶりに再開した彼に、聞きたいことが沢山あった。けど、感情が絡まって何を言えばいいのかわからない……。
だから、一番気になったことをなんとか口にした。

「ねえ、ムウ……なんで?ムウは気づいていたでしょう?教皇がシオンさまじゃないって……だって、おかしいじゃない。なんだか若いし、声だって違う……それに、感じる小宇宙だって違う」
「………。」
「弟子であった貴方が気がつかないはずなんてないわ……私の、母だって気がついたのよ。ねえ、何とか言ってよっ」

一言も発しないムウに、思わず感情が高まっていく。
感情のままにムウを睨み付けていると、諦めたようにムウが口を開いた。

「……ええ。貴方の言うとおり、気づいてました」
「ならなんでっ……何もしなかったの?!母は、向かっていったのに……っ」
「神無さんは……」
「もう居ない……母さまは、もう居ないのっ……」

ムウが驚いているのはわかる。それはそうかもしれない、母も聖闘士であり、シオン様が認めるほどには強かった。
その強さは、将来が約束されていたようなものだったらしい。けど、母は聖闘士よりも父を選んだ。

「父さまだってもう……。私が、なんで聖域に居るのかわかる?遺産目当ての伯父に、送り込まれたの」

自分でも、なんでこんな余計なことを話しているんだろうって、一瞬だけ頭に過ぎる。
だけど、まるで感情の箍が外れたように自分でも抑えることができなかった。

「裕福に育った子供に、聖闘士候補としての過酷な環境には耐えれないだろうっていう……そういう考えよ。私は何も言えなかった……ほんの少し前まであった幸せな日々は、音を立てて崩れていったの……感情が追いつかないうちに、聖闘士候補として送り込まれて……ただ聖闘士になるしかなかった」

場は完全に静まり返っていて、自分の声だけが教皇の間に響いている。
今まで、ほとんど話すことがなかった自分の過去をまさかこんな場所で暴露してしまうなんて……思わず、自嘲気味に笑えば良いのか泣けばいいのか、解らなくなる。
だけれども、これだけは言える。同情や哀れみなんて欲しくない。

「もういいよ……ムウ。だって、全ては終わってしまったことだもの……でも私、ムウの事は大っ嫌いだからよろしく」

言い放つと同時にムウから視線を外して、全体を見渡すように見ると軽く頭を下げる。
それから場をなんとかしようとして、なるべく明るい声で話しかけた。

「黄金聖闘士の皆さん、暗い話をしてしまってごめんなさい……少し、古い知人に出会ったものだったので……つい。同情や哀れみなんて、絶対に向けないでくださいね。私は、全ての過去を受け入れていますので」

仮面越しで見えなくても、軽く微笑む。この場に居るのは黄金聖闘士だけじゃないので、それを忘れずにシオン様と沙織ちゃんの方にも振り返る。

「沙織ちゃん、シオン様……暗い話をしてしまって、本当にごめんさない」
「いいえ。おねえさま、お気になさらないで。こうして、1つずつお互いを知ることは大事なことです」
「そうじゃ。余も、もっとおぬしのことを聞かせて欲しいと思うておる」

二人の優しさに、心がとても温かくなる。
沙織ちゃんの提案で、黄金聖闘士の名前と星座のみの簡単な自己紹介が始まった。皆さん、きちんと復活した礼まで言っていた。
ひと通り終わると、サガと名乗っていたい双子座の聖闘士が近づいてきて、深々と頭を下げた。

「あの時は、すまなかった……。このサガ、償えるものなら命を持ってでも償う」

最初は何を言っているのか解らなかったけど、シオンさまに取って代わっていたのが双子座だったことを思い出した。
きっと、その時のことを言っているんだろうとは解ったけど……そんなことをして欲しかったわけじゃない。

「馬鹿なこと、言わないでっ……そんなことされても嬉しくないわ」
「だがっ……私はっ」

縋るように見上げた時の、彼の苦渋に満ちた顔を見ていれば解る。
彼は、とても後悔しているのだということを……それに沙織ちゃんがアテナとして悪の心を砕いたと言っていたから、尚更だろう。

「許すとは言わないわ……でも、受け入れることはできる。だから私に、後悔させないで」

驚いたように目を見開いて、私を凝視するサガから視線を逸らせた。
その時に、もう1人の人物がすぐそばに居たことに気づいた。彼は確か……水瓶座のカミュだ。

「私も、命令とはいえ……取り返しのつかないことをしてしまった」
「ううん、いいの。聖闘士ならアテナの意思は絶対だから。貴方が悪いわけじゃないわ。貴方は間違ったことをしてたわけじゃないもの。それに、貴方は私の命を奪ったわけじゃない。だからいいの」
「君は……強いのだな」

まるで感嘆の声を漏らすように呟いたカミュの言葉が不思議で、思わず仮面越しに怪訝な顔をしてしまう。

「別に強いわけじゃないわ……ただ、私には時間があっただけ。そう、考えるだけの時間がね。だから、気にしないで」
「ありがとう」

カミュが柔らかに微笑んできたから、仮面越しに微笑み返して話を切り上げた。
なんだか、長い間氷漬けになっていた影響と今日一日の精神的な衝撃のせいか、かなり疲れてきた。
せっかく黄金聖闘士に集まってもらったけど、沙織ちゃんに頼んで部屋に戻させてもらった。