□ かみあそび □



久々に6人という大人数でお昼ご飯を食べると、いつもより賑やかで楽しかった。
とくに貴鬼くんは、子供らしい好奇心で色々なことを聞いてきたり話してきたりして、一番賑やかだった。
賑やかなお昼が終わりかけたころ、シオンさまと沙織ちゃんは急な来客が来たらしくて、食事を済ますとすぐに教皇の間へと向かった。

「シオンさま、今日は来なさそう……」
「そうじゃのう。さすがに来客までサガに任せることはできんからのう」

ほとんどの仕事をサガにさせているのを思い出して、乾いた笑いしか出なかった。
ふとムウの方を見ると、ムウはちょうど貴鬼くんの方に声をかけるところだった。

「貴鬼、今日の課題を終わらせてきなさい」
「はい!オイラ、がんばります!」

貴鬼くんは元気に返事をすると、そのまま出入り口に向かって走っていった。
少しして12宮の階段を駆け下りていく貴鬼くんが見えた。

「ムウは行かないの?」
「いくら師とはいえ、付っきりというのはおかしいでしょう?」
「まあ、そうだけど……私は部屋に戻るけれど、ムウはどうするの?」

ムウの方を見ると、ムウは穏やかな笑みを浮かべながら、こちらを見ていた。
目が合ったことで、幸福感にも似た幸せな気持ちになってしまって、つい微笑み返した。

「私もの部屋に、お邪魔してもいいですか?」
「え、私の部屋に?別にいいけど……」

童虎も来るのかと思って、童虎の方を見ると、腕を組みながらすごく渋い顔をしていた。

「わしは天秤宮に戻るぞ」
「そ、そう。急にどうしたの?」
「どうしたも何も、どう考えてもわしはお邪魔虫じゃ。さすがに馬に蹴られたくはないからのう」

すごく嫌そうに話す童虎に、お邪魔虫は言いすぎなんじゃないかと思ったけれど、部屋にきてもムウとばかり話してしまいそうなので、何も言えなかった。
それにしてもなんで馬なんだろうと不思議に思っていると、ずいぶん昔に聞いた言葉を思い出した。

「馬って……もしかして、人の恋路を邪魔するやつは~とかいうあれ?」
、老子は気を使ってくれているんですよ。ここは甘えましょう」

ムウはこちらに近寄ると、そのまま自然な動作で肩に手を置く。

「う、うん……なんだかごめんね、童虎」
「今更じゃ。それよりもムウ、あまり長いをするでないぞ。いつシオンが飛び込んでくるかわからんからのう」

童虎は呆れたような視線をムウに送るけど、ムウは表情を崩すことなく、童虎に返事を返した。

「ご忠告、ありがとうございます。さあ、。行きますよ」
「え、うん」

肩に置いていた手を腰まで移動させると、そのまま腰から押すように誘導される。
童虎をその場に置いて来たことが気になって、少しだけ後ろを振り向くと、もう階段を下りていく童虎の姿が見えた。
結局、そのまま私室にまで連れて行かれると、なぜか鏡台の前に座らされた。
部屋に戻ったことに気づいたアイカテリネが、すぐに部屋へと入ってきたけど、ムウを見て固まった。

「あ、ムウさま。失礼しました……すぐに退室いたしますので」

何かを察したらしいアイカテリネは、すぐに部屋から出て行こうとしたけれど、ムウが引き止めた。

「アイカテリネさんに、少し教わりたいことがあるでのすが……」
「え、わ、わたしにですか?」
「ムウ、教わりたいって……いったい何を?」

ムウが教わりたいって言うのが珍しくて、ついムウの方を見る。
ムウは相変わらず、穏やかな笑みを浮かべているだけで、何も答えない。
そのまま手を髪へと滑らせてくると、せっかく綺麗に結い上げられた髪が、また解かれてしまった。

「髪の結い方を……少し、ね」
「ムウ……もしかして、さっきのを気にしてるの?でもあれ、ムウが髪を解かなかったらシオンさまもしなかったんじゃあ……」
「……それは解っています。ですから、解いてもすぐに結べるようにと……」
「そ、そう……」

髪を解かないという選択肢はないんだと思って、苦笑してしまう。

「それでアイカテリネさん、いつもどういうふうにの髪を結んでいるのですか?」

アイカテリネは、すごく困ったように視線を泳がせると、うつむいてしまい、なぜかそのまま後ろにさがった。
もう本当に困ってしまっているのが、すごくよくわかった。

「大変恐縮ですが……その、上手に説明できる自信がありません……ですから、ご辞退しても……」
「そうですか……。困りましたね。他の方に教わると、少し厄介なことになりそうですし……」

たしかに他の女官や女中に頼むと、後でややこしくなりそうな気がする。
それなら、自分で簡単な髪型を教えてあげたほうがいいかもしれない。

「ムウ、私で良かったら教えるけど……」
「本当ですか?」

シャカの髪も綺麗だけど、ムウの髪も真っ直ぐに伸びていて、とても触り心地が良さそうだった。
今なら、好きなだけ触れるかもしれないと思って、ゆっくりと立ち上がるとムウの後ろへと回り込む。

「うん、ただ自分の髪を纏めることはあっても、人の髪はあまり触らないから、少し練習しても良い?」
「それはかまいませんが……どうして私の後ろに?」

ムウが逃げる前に、ムウの髪へと手を伸ばした。
さらさらとした感触が、思ったとおり気持ちよかった。

「ふふっ……ムウの髪、長いから練習に調度いいかなと思って」
「それならアイカテリネさんの髪でいいのでは?」
「せっかく綺麗に纏められてるのに、解いて練習っていうのはちょっと……」

いつも綺麗に纏められている髪を解くのには、少し抵抗がある。
ふとアイカテリネの方を見ると、申し訳なさそうにうつむいてしまっていた。

「気を使わせて申し訳ありませんっ、その、ですね。……髪を整えるのに整髪剤を使用しているので、あまり触るのはおすすめできません……」
「らしいけど?」
「……わかりました。言い出したのは私ですから、仕方ありません……」

ムウは諦めたらしく、そのまま結いやすいようにと椅子に座ってくれた。
触れやすい位置に来た髪に触れてみると、思っていたよりも柔らかで指通りが良くて、触るだけでとても気持ち良い。
しかも腰まであるから、とても楽しくなってきた。

「ふふっ……さらさらしてて、楽しいかも」
……私の髪で遊ぼうとしていませんか?」
「そんなことないわよ。これは練習よ、練習」

あまりにサラサラだったから、纏めやすく霧吹きで髪を軽くぬらすと、綺麗に髪を編んで1つに纏めあげてみた。
とても綺麗な三つ網ができたから、今度はそれを下の方で纏めてみる。
もう一度解いて、左右に三つ網を作ってそれを1つにまとめて遊んでいると、誰かが来たらしくては扉を叩く音が聞こえた。
アイカテリネが扉へと向かったので、開けるように頼むと、すぐにアイカテリネが扉を開けた。
開いた扉の向こうから、シャカが見えた。

「シャカ?どうしたの?」
「ついさきほど、老子からが部屋で退屈していると聞いた」
「え……ムウも居るし、別に退屈しているってわけじゃないけど……。しかも結構楽しいし」

童虎ならムウと一緒に居るって知っているはずなのに、どうしてシャカに暇をしているなんて言ったんだろうと考えていると、シャカはそのまま部屋へと入ってきた。

「ふむ……暇ならばと思い来たが、邪魔になったか」
「邪魔って訳じゃないけど……シャカは、暇なの?」
「暇というほどではないが……時間ならある」

たぶん、シャカなりに気を使ってきたのかもしれないし、わざわざ部屋にまで来てもらって、帰ってもらうのに気が引ける。
それにシャカの髪もとても綺麗だったから、この機会にぜひとも触ってみたい。

「つまり、暇なのね。シャカ、ちょっときて欲しいんだけど……」

手招きすると、シャカは真っ直ぐにこちらに向かってきた。
シャカの手を引くと、そのまま部屋に備え付けられた椅子に座らせた。

、シャカでいったい何を……」
「シャカ、ごめんね。ちょっとムウが髪の結い方を知りたいらしいの。だから少しだけ髪を貸してほしいんだけど……」
「髪を結う練習をしたいということは、わかった。だがなぜ私の髪を?そこの侍女の髪を使えば良いのでは?」

たしかにシャカの言うとおりなんだけど、本人が嫌がっているからとても頼めない。
それにシャカだったら、ちゃんと話しを聞いてくれるかもしれない。

「あ、うん。本人が嫌がってるし、シャカの髪なら綺麗だからちょうど練習にいいかなっ~て……ダメ?」
「……ダメということはないが……」
「なら良いってこと?」

何か迷っているらしくて、シャカは黙ってしまった。
なんだか、押したらそのまま頷いてくれそうな気がする。

、無理強いは……」
「でもムウ、シャカならちょうど良いし……」

最初は迷っていたシャカも、何かを察したらしくて、軽く頷いた。

「ふむ、仕方あるまい……」
「シャカ、あなた正気ですか?」

ムウが信じられないものでも見るようにシャカを見ると、シャカは視線に気づいたらしく、背後にいるムウの方に振り返った。

「私は正気だ。少し失礼だぞ、ムウ」
「まさかシャカが髪を自由にしても良いなど言い出すとは……」
「シャカ、ありがとう!」

お礼を言うと、シャカは微かに笑みを浮かべた。

「しっかり見ててね、ムウ」

さらさらの髪に櫛を通すと、とても滑らかに櫛が通っていく。
ムウの髪も綺麗だけど、シャカも綺麗な金色の髪をしているからとても楽しい。

「すごいすごいっ、さすがシャカの髪!真っ直ぐで櫛どおりがとてもいいわ」
「私の髪の時よりも嬉しそうですね……」
「え、あ、あはは……ムウの髪も素敵だったけど……ほら、私の髪ってクセが入ってるから、うらやましいというか」

ムウはどこか納得しないらしくて、少し飽きれたように溜息を吐いた。

「羨ましい、ですか……」
「髪ぐらいでいったいなにを……私にはよく解らぬ」
「そういうものなのよ」

シャカの髪を手に取ると、三つあみの編みこみを作ろうと適量の髪を手に取る。

「編みこみはね、だいたいこれくらいの髪をとったら、三つに分けて……下の髪を拾いながら編んでいくの」
「なるほど……ただ編んでいくだけでなく、下の髪を拾って一緒に編んでいくと良いんですね」
「そうそう。それなら、簡単に崩れたりしないし。後は両サイドを編みこんで、中心で纏めてお団子にしたり、あえて団子に纏めずに髪でくるりと巻いてみたり……」

指を動かしながら説明すると、ムウはしっかりと見ながら、たまに返事をするように軽く頷く。

「なるほど……色々と応用があるのですね」
「そうそう、基本さえ覚えれば、後は適当でもなんとかなるわ」
「思っていたよりも難しくありませんね、これならすぐにでも……」

ムウはすぐに理解したらしく、また鏡台に座らせてきて、教えたとおりに結いはじめた。
ただ手先が器用な分、シオンさまと同じように力加減が上手過ぎて、心地良くて眠くなってくる。
夢うつつになっていると、ふいに肩を揺さぶられた。

……終わりましたよ」
「あれ?……もう終わったの?」
「ええ、鏡を見てください」

ムウが肩に手を置いてきて、鏡を覗き込むように軽く押される。
目の前の鏡を見ると、編みこまれて纏めあげた髪はいつもどおりだったけれど、両サイドを少しだけ下ろされていた。

「あ、両サイドが少し降りてる……これはこれでいいかも」

首を少し傾けてみると、胸元まで降りている髪も一緒に動く。
なんだか飾りみたいで、少し楽しくなってしまう。

「気にいったようですね」
「うん。ありがとう、ムウ」
「どういたしまして」

振り向くと、思っていたよりも近い場所にムウの顔があって、驚いて固まってしまった。
ムウも気づいたらしくこちらを向くと、自然と視線が合う。
ムウは、どこか艶のある笑みを浮かべて、頬に優しく触れてくるから、自然に胸の鼓動が早まる。

……」

まるで合図のようにムウに名前を呟かれると、自然と瞼が下りてくる。
完全に閉じる前に、微かに視界の端に見えた金色の髪に、現実に引き戻されてしまう。
慌ててムウを手で押し返すと、ムウがいぶかしげな表情を浮かべた。

?どうかしたのですか?」
「その、人前ではちょっと……」
「人前?……ああ、シャカですか」

いくらシャカが目を閉じているからと言っても、さすがに人前でなんてできないと思って、ふとシャカを見ると、珍しく目が開いていた。
ムウを止めて本当に良かったと安心していると、ムウはシャカへと視線を移した。

「シャカ、ここは気を使って部屋から退室していただけませんか?」
「そういう問題じゃないと思うんだけど……」
「……ふむ、私が居ると何か不都合なことがあるのかね?」

なぜかムウに肩を掴まれ引き寄せられてしまい、動けない。

「不都合というよりも、私との関係を知っているでしょう?」
「知ってはいるが……」

シャカが不思議そうに首を傾けると、ムウは何かを言いたそうにシャカを見る。
ムウの言いたいことは解るけれど、それをシャカに言うのは酷な気がする。
困っていると急に扉が開いて、まさかシオンさまかと思って驚いたら、デスマスクだった。

「お~い、居るか?」
「デスマスク、ちゃんとノックくらいしてくれないと……」
「一応したけどよぉ、出てこないから空けちまったよ。それよりムウとシャカ、なんつー髪してんだ」

すっかり髪を解くのを忘れてしまっていて、2人とも髪を結い纏めたままだったのを思い出した。
デスマスクはムウとシャカの髪型を指差しながら、笑うのを耐えていたみたいだったけど、ムウが自分の髪を解いた瞬間、耐え消えれずに笑いが噴出した。
霧吹きで水を吹きかけてしまったせいで、解いても髪がしっかりと波打っていた。
しかも髪が長いせいか、ボリュームがあって豪華なウェーブだった。

「はははっ、以外っつーかなんつー……ちょっ、おいっ」

今、何かがデスマスクに向かって飛んでいったのが見えたような気がした。
もう一度デスマスクを見ると、顔の横に薄い赤い線が見えて、壁には講義の最中によく使っていたペンが突き刺さっていた。
まさかと思ってムウとシャカを見ると、ムウはどこか好戦的な笑みを浮かべているし、シャカは手を組んで今にも技を放ちそうな雰囲気だった。

「最後の言葉は、それで良いですか?」
「デスマスク……天界・人間界・畜生界・修羅界・餓鬼界・地獄界、君はどの世界が好みかね?」

ムウとシャカを前にして、思いっきりデスマスクの顔が引きつったのを見てしまい、思わず心の中でご愁傷様と呟いてしまった。

「あー……わーったよ!おれが悪かった!」

デスマスクが降参するように両手を挙げると、ムウは溜息をついて視線を下へと向けた。

「……今度からは、勝手に部屋を空けないようにした方がいいですよ」
「まったくだ。君はもう少し礼儀と言うものを知った方が良い」

ムウとシャカは気が済んだらしく、ずいぶんと雰囲気が和らいだみたいだった。

「そういえばよぉ、なんでムウとシャカが居るんだ?あ、その髪型と関係があんのか?」
「うん、まぁ……ちょっと髪の纏め上げ方を教えてたの」
「なるほどなぁ……そのついでに遊んでたってとこか」

図星すぎて、乾いた笑いしかでなかった。
ふとムウを見ると、いつのまにか霧吹きを自分の髪にかけて、付いた癖をとるために髪を解かしていた。
シャカは、気に入っているのか気にしていないのか解らないけど、そのままだった。

「そういえば、デスマスクは何か用事があってきたんでしょう?」
「ああ、ちょっと頼まれちまってな。え~っと……なんだっけな。たしか教皇から、来客が長引くから自習をするようにって伝えておけと言われてたんだっけ。あとはあれだな、様子を見てこいって言われてんだっけな」

どうして童虎がシャカを送ってくれたのかが、なんとなくわかった気がした。

「そうなの?まあ、なかなか来ないから気づいてたけど……とりあえず、ありがとうね」
「ん、ああ。じゃあオレは行くけどよぉ、夕食には遅刻すんなよ」
「大丈夫よ。だってムウとシャカがいるもの」
「それもそうだな。じゃあな」

片手を振りながら部屋を出て行くデスマスクを扉の外まで見送ると、ムウの髪を元に戻す手伝いをして、ついでにシャカの髪も戻してしまうことにした。
少し時間がかかったけれど、2人とも元の髪型にきちんと直せたから、シオンさまからの言付けのとおりに自習をしようとすると、ムウとシャカは私が普段どんなことをしているのか気になったらしくて、そのまま2人とも部屋に残ると言いはじめた。
仕方なく、そのままムウとシャカがいる状態で自習をすることになってしまった。