□ 無意に溢れる想い □



扉を開けて部屋から出ると、そこにはムウもシャカも居なかった。
少し時間が経ちすぎたのもあるけれど、目の前で部屋の中に入ったせいで、さすがに自分たちの宮に帰ったみたいだった。
とりあえず童虎が帰っているのか確かめるために、私室の向かいにある部屋の扉を叩いてみた。
すぐに返事が帰ってきて、少しして扉が開くと私服をまとった童虎が出てきた。

「ごめん、童虎。ちょっと処女宮に行きたいんだけどいいかしら?」
「別にかまわぬが……ムウはどうしたんじゃ?」

童虎は辺りを見回すと、不思議そうに首をかしげた。
たぶん一緒にいたムウが居ないのを不思議に思ったのかもしれない。

「ムウなら白羊宮に帰ったと思うけど……」
「そうか。てっきりと一緒に居るかと思ったんじゃが……」

そういえば、ムウが童虎に恋仲だって話していたのを思い出した。
それでその日は白羊宮に泊まったんだっけ。
いつも気さくな童虎だけど、さすがに気を使うのかもしれない。

「朝は一緒に居たけど、沙織ちゃんが来たから部屋に戻ってきたの」
「なに、アテナが?」

沙織ちゃんが来たことが以外だったらしく、童虎は驚いたように軽く目を見張いた。

「うん。もちろんムウも一緒に着たんだけど、侍女服を着て散策するからってことで、部屋で別れたのよ」
「なるほどのう……それならば納得じゃ」

アテナである沙織ちゃんが来たからということに、童虎は納得したらしく返事をするように何度も頷いた。
童虎も納得したようだったので、そろそろシャカのところに行きたくて童虎に話しかけた。

「あの、そろそろシャカのところに行ってもいいかしら?」
「ああ、そうじゃった。すまぬな、急いで向かうとしよう」

童虎が部屋から出ると、2人で真っ直ぐに処女宮に向けて歩き出す。
途中で童虎が気になることがあったらしく、話しかけてきた。

「ちと不思議なんじゃが……シャカに何か用事でもできたのか?」
「用事というか……ついさっきまで侍女の服を着て散策してたんだけど、たまたま任務の帰りのシャカと出会ったの。それでシャカが気にしちゃって……」
「なんじゃ、それか……それは確かに気になるかもしれんのう」

童虎は腕を組みながら空を見上げると、納得したように何度か頷いた。
サガにも遭遇したけれど、サガはシオンさまから話を聞いていたと言っていた。
でもシャカは、任務に出ていて知らなかったみたいだから仕方が無いかもしれない。
ふいに視線が気になって、童虎の方を見ると首筋あたりを指差してきた。

、首筋に噛み付かれたように紅い跡がついておるんじゃが、虫刺されか?」
「え、いや……これはちょっと」

昨日の夜、上書きのようにつけられた跡だとすぐに気づいて、慌てて手で覆い隠した。
ふと昨夜のことを思い出してしまい、顔に熱がこもるけれど顔を隠すよりも首筋を隠す方が大事だった。
纏め上げていた髪を一度解いて、首筋が見えないように首の辺りで髪を軽く纏め上げる。
童虎は何の跡だったのか気づいてしまったらしく、珍しく顔を引きつらせた。

「お、おぬしもしや……」
「……な、なにも聞かないで」

あれは絶対に気づいたと確信してしまった。
ムウと何があったのかを気かれてしまって、非常に恥ずかしい。
少しうつむいて歩いていると、呆れたような童虎のため息が聞こえてきた。

「なんじゃ、心配することはなかったようじゃのう」
「童虎……?」

何を心配していたのか不思議だったけれど、なんだか聞いてはいけないような気がして聞けなかった。
少しして処女宮の入り口が見えてきたので、恥ずかしさを紛らわすように少し歩く速度を速めた。
そのまま処女宮に立ち入ると、すぐに向かい側から誰かが歩いてくる音がしてくる。
仄暗い回廊の向こう側から、金色の長い髪をなびかせて、シャカがこちらに向かって歩いてた。

「やはりか」
「シャカ!もしかして、待ってたの?」
「いや、の気配に気づいて出てきただけだが……」

シャカは不思議そうに首を傾げて答えた。
もしかして自意識過剰すぎたかもしれないと、少し恥ずかしくなった。

「私、てっきりシャカが気にして待っているんじゃないかと思ってたわ」
「気にはなっていたが……だが処女宮にいれば、いずれ来ると思ってな」
「まあ、たしかに……でもそれって……」

気のせいかもしれないけれど、まるで"待っていた"といっているような気がする。
聞き返そうとしたら、先に童虎がシャカに話しかけた。
反射的に童虎のほうを見ると、珍しく顔を引きつらせていた。

「シャカ、気のせいかもしれぬが……」
「老子、なんでしょうか?」
「もしや……処女宮で待っておったら、の気配がしたから出てきたということじゃろうか」
「そうなの?」

気になっていたことを先に聞かれて、思わずシャカの方を振り向いて尋ねると、シャカは軽く頷いた。

「ああ。さきほど後で来るといっていたのでな」
「それって結局、待っていたってことじゃないの?」

つい言ってしまうと、シャカは少し考えるように首をかしげた。
それがまるで、何かおかしなことがあったのかと考えているようで、自分の行動に何の違和感も感じていなかったんだと気づいた。
少しの間をおいて、シャカは何かに気づいたように頷いた。

「……ふむ。言われてみれば、そうなるな」
「やはり無自覚か……」
「やっぱり、早くきて良かったかも……」

ふと、シャカは聖域にていも瞑想しかしてないから、あんまり変わらないんじゃないかと気づいた。
結局、慌ててくる必要は無かったのかもしれない。

、ここで立ち話をしても仕方がない。久々に茶でもふるまおう」
「ありがとう、シャカ。ぜひいただくわ」
「ああ。老子もどうぞ」

シャカは、やってきた回廊の向こう側へと身をひるがえすと、歩き始めた。
それを見て、童虎は呆れた様な溜息をこぼした。

「わしがついでのように聞こえるんじゃが……ムウといいシャカといい、まったくあやつらは、しか見えておらんようじゃのう」
「あはは……せっかくだし、童虎も行きましょう」
「もちろんじゃ」

童虎が返事するのを確認すると、急いで回廊を進んだ。
シャカは、少し距離が開いていることに気づいたらしく、途中で立ち止まっていた。
小走りでシャカに追いつくと、左右に童虎とシャカが並ぶような形で処女宮の置くへと進んだ。