□ 微かな変化 □
12宮の階段をすべて上ったところで、シオンさまと沙織ちゃんがこちらに向かって歩いているのが見えた。
てっきり教皇の間で待っていると思っていたので、少し驚いてしまった。
「えっと……沙織ちゃんと、シオンさま?」
「ああ、か……今、迎えに行こうと思っていたところだ」
「ええ、お部屋にいらっしゃらなかったようでしたので……」
どこか安心したような笑みを向けるシオンさまと、優しげな笑みを浮かべている沙織ちゃん。
ふと、沙織ちゃんの笑みがいつもと微かに違う気がする……気のせいかもしれないけど、どこか楽しそうに見える。
まさか沙織ちゃん、どうして12宮を降りていったのか気づいているんじゃあと、思わず考えてしまうけれど、きっと考えすぎかもしれない。
「心配かけたみたいでごめんね、ちょっと沙羅双樹の薗に行っていたの」
「沙羅双樹の薗?……ああ、処女宮にある薗か……」
処女宮と言いつつ、シオンさまは視線をシャカの方に向けた。
シオンさまのことをまったく気にせずに沙織ちゃんは笑みを浮かべた。
「まあ!沙羅双樹の薗に?花々が咲き乱れていて、とても美しい薗らしいですね」
「花か……なるほど、花を見に行っていたのだな」
「は、昔から花が好きでしたから……ね、」
「え、あ、うん」
ついムウに促されるように頷いてしまった。
たしかに花は好きだけど、今回は花を見に行ったわけじゃないので、少しだけ心苦しかった。
納得したらしいシオンさまは、シャカとムウに視線を送った。
「ここからは私とアテナが送っていく。ムウとシャカは自宮に戻ってかまわぬぞ」
シオンさまは反論なんて絶対に赦してくれなさそうな、強めの口調で言い放った。
ムウとシャカは慣れているらしくて、とくに反論もなにもしなかった。
代わりにシャカはこちらの方を向くと、珍しく笑みを浮かべた。
「、沙羅双樹の薗に、また来ると良い」
「ありがとう、シャカ」
そういえば、シャカにはずいぶんとお世話になったような気がする。
なんだか心が温かくなるような感じがして、思わずシャカに微笑んでしまうと、いきなりムウに肩を引かれて、童虎の前に連れて行かれた。
「アテナ、老子、を頼みます」
「もちろんじゃ」
「ええ、もちろんです」
「ムウよ……なぜ、そこで童虎に頼むのだ?」
すごく文句があると言わんばかりにシオンさまの小宇宙が微かに揺れ始めた。
ムウはまったく気にしていないらしくて、なぜか笑みを浮かべた。
「老子が一番安全そうですから」
「ほう、それが師に向かって言う言葉か……」
余裕な態度のムウに、シオンさまは少し苛立ったように目を細めた。
なんだか師弟喧嘩をしそうな勢いの2人の間に、童虎が割って入ってきた。
「待て、シオン。おぬし、本当に心当たりがないと?」
シオンさまは思いっきり心当たりがあるらしくて、珍しく視線を逸らせた。
思い当たるものと言えば、もしかして過剰なスキンシップのことを指摘しているのかもしれない。
たしかにあれは、過剰すぎてる気がする……まあ、警戒心をまったく持たなかった自分に原因があるかもしれないけど、それはとても言えなかった。
完全に空気状態になっていたサガが、恐る恐るシオンさまに声をかけた。
「教皇……それではまるで、心当たりがあるように見えますが……」
「……それがどうしたと言うのだ?」
「……こやつ、開き直りおったわい。、行くぞ」
童虎は珍しく溜息を吐くと、そのまま教皇宮へと向かって歩き始めた。
ふいにシオンさまが近づいてくる気配を感じて、近づいてくる前に慌ててムウとシャカに礼を言うと、童虎の後を急いで追った。
少し不自然だった気がするけれど、さすがにシオンさまも察して過剰に接してくることをやめるかもしれないと少しだけ思った。
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童虎が部屋に戻ったため、サガとシオンさまと沙織ちゃんの3人で食事をすることになった。
いつもと少しだけ違った雰囲気の中、雑談をしながら順番に出てくる料理を食べていると、ふいに沙織ちゃんと目が合った。
少しの間の後に、沙織ちゃんは何か思いついたように、楽しそうに微笑んだ。
「お姉さま、明日は空いています?」
「明日?お昼過ぎなら空いてるけど……どうかしたの?」
返事を返すと、沙織ちゃんは嬉しそうに笑みを深くした。
明日って何かあったっけと考えるけれど、何も思いつかない。
「ええ。よければ、ご一緒にお茶をしませんか?」
「お茶……?うん。良いけど……」
「では明日、3時ごろにお姉さまの部屋に伺いますね」
「うん、待ってるわね」
最近は、沙織ちゃんが忙しいらしくてゆっくりと話ができなかったから、沙織ちゃんとお茶をするのが少し楽しみになってしまった。
飲み物を飲もうとすると、不思議そうにこちらを見ていたサガと視線が合った。
もしかして変なことでもしてしまったんじゃないかと考えて、思わず手を止めてサガの方を見てしまう。
「サガ、どうかしたの?」
「あ、ああ。とアテナは中が良いな……」
不思議そうにこちらを見ていたから、もしかして変な食べ方でもしてしまったんじゃないかと思ったけれど、違ったらしい。
「え、あ、たぶんだけど……小さい頃に合った事があるせいかも……それに沙織ちゃん可愛いし……つい、頼まれると断れないと言うか……」
「小さい頃にアテナと……?」
「あ、うん。沙織ちゃんは小さかったけど……覚えてたみたいで」
「ええ。その頃のことは良く覚えています」
沙織ちゃんはその頃を思い出すように、柔らかな笑みを浮かべた。
ふいにシオンさまが食事の手を止めて、こちらに視線を向けた。
「は、幼少時に聖域にも着ていたぞ」
「が聖域に……?」
「そういえば、良く母に連れられてシオンさまに会いに来たっけ……まあ、ほとんどムウと遊んでたけど」
あの頃は、シオンさまに会いにというよりもムウと遊ぶためにきていたような気がする。
同じ年頃の子供が珍しいっていうのもあるけれど、母がいつもムウに合わせてくれてたからムウとの記憶しかほとんどない。
サガは何か考えるように視線をさ迷わせているけれど、少ししてこちらを見つめてきた。
「いや、まさか……だが」
「サガ?」
「、もしかしてだが……良く、花を摘んでなかったか?」
「え……まあ、言われてみれば摘んでたかも」
「おそらくだが、とは会ったことが、ある……」
サガに言われた一言に、思わずサガを凝視してしまった。
もしかして思い出していないだけで、自分でも知らない思い出があるかもしれない。