□ 懐かしい記憶 □
サガの"あった事がある"という言葉に、すごく驚いてしまったけれど、よく考えてみるとサガは昔から聖域にいたはずだから、会っていても不思議じゃない。
「サガ……もしかして、私が小さい頃……えっと、聖域で子供に会ったことある?」
「かどうかは解らないが……小さな子供なら、教皇の客人の子供には会ったことがある」
「客人……?それってもしかして「の母親だな。たしか教皇の間に子供を連れてくるのは、の母親しかいなかったはずだ」」
気づいたら、シオンさまは食事の手を止めていた。
沙織ちゃんも興味があったらしく、楽しそうにこちらの方を見てくる。
「そういえばお姉さまのお母さまは、シオンの弟子だったそうですね」
「うん、それでよくシオンさまの居る聖域に連れて行かれてたの」
「そうか……ムウとの母親は兄弟弟子か……それなら、聖域にいても不思議ではないな」
さすがに何度も聖域で小さい子供をみかけたのは不自然だったらしく、サガは納得したように頷いた。
「うん、そうだけど……でもサガっていったいどこで……」
「12宮の階段の端に咲いている、花を摘んでいたのを見かけて声をかけたのだが……覚えてないか?」
たしかによく花を摘んではムウのところに持って行っていたけど、サガに会ったことは思い出せない。
それにあの当時は、聖域に子供がいることが珍しかったらしく、色々な人に声をかけられていたせいもあって、どんな人に声をかけられていたのか全然気にしていなかった。
「え~っと、よく遊んでた場所が階段だったから、色々な人に声をかけられてて……その、あんまり気にしてなかったから、記憶にないというか……」
「そうか……なら、階段で転んで泣いていたことは覚えているか?」
そういえば階段で転んで足を挫いた時に、泣いてしまったことがある。
手のひらと膝が擦りむけて痛いし、お花は潰れてしまうしで泣いてしまったんだっけ……その時に、青い髪のお兄ちゃんが通りかかって、治してくれて……そういえば、よく考えるとサガと同じ髪色をしていたような気が……でもたしか、もう少し優しい感じの少年だったような気がする。
いやでも、年齢を考えたら……まさかと思い、サガの青い髪を凝視してしまう。
「もしかして……青い髪の、お兄ちゃん?」
「おそらく、それだと思うが……」
あまりにも昔過ぎて、記憶がうろ覚えになっていてはっきりしないけれど、でも似ていると言われれば似ている気がする。
「そうか……やはりあの時の子供はだったのか……」
サガは本当に嬉しそうに笑みを浮かべた。
いつもの、疲れたけれど心配をかけないように無理に浮かべる笑みと違って、柔らかな笑みだった。
端正な顔立ちもあいまって、かなり心臓に悪い。
サガの視線に耐え切れずに、思わず目線を逸らしてしまった。
「……サガは、いつから気づいていたの?」
「それは「私が話したからだな……が幼い頃、母に連れられ、よく聖域に遊びに来ていたことがあると……それで思い出したのだろう」」
サガの言葉をさえぎるようにシオンさまが答えてきたので、思わずシオンさまの方へと視線を移した。
シオンさまもいつのまにかこちらを見ていたらしく、自然と目があうと嬉しそうに微笑んだ。
ふいうちだったせいもあるけど、せっかく収まった鼓動が煩く音を立てた。
今日は、きっと心臓に悪い日なんだと思わず考えてしまった。
「そうだったのですか……」
「まさかサガと接点があったとは意外だったが……」
どこか感心したような沙織ちゃんと対照的に、シオンさまはあまり面白くなさそうだった。
「あはは……でも、サガが話し出すまで忘れていましたけど……」
「まさかあの時の子供が聖闘士になっていたとは……私も意外でした」
「なるほど……2人ともすっかり忘れていたのだな」
あんまり会うことが無かったせいかもしれないけれど、本当にすっかり忘れていた。
今頃思い出してきたけど……その後、何回か会っていてお菓子を貰ったような気がする。
「あの、サガ……もしかして、何回かお菓子くれたことある?」
「あ、ああ……たしかにある。だが、やはり親に許可を貰わなかったせいか、そのうち拒否されるようになったが……」
「そ、そう……」
サガは親に叱られたと思っているかもしれないけど……それ本当は、当時子供だったムウに止められたから受け取れなくなってしまっただけとは、とても言えなかった。
「ふふっ……これも縁というものでしょうか……きっと、何か意味があることなのかもしれませんね」
「アテナ……そうだと嬉しいのですが……」
沙織ちゃんが微笑むと、サガはまるで返事を返すように、どこか懐かしさを含んだ笑みを浮かべた。
穏やかな雰囲気の中、ふいに呟くような声で"だとしたら……私との、"という言葉が聞こえてきて視線を向けると、テーブルの上に載った料理を見つめているシオンさまが居た。
沙織ちゃんも聞こえたらしく、シオンさまの方に視線を移した。
「シオン、どうかしたのですか?」
「いえ、何もありませんよ」
沙織ちゃんが首を傾げながら尋ねると、シオンさまは微かに笑みを浮かべて首を左右に振った。
いつものシオンさまと少し違っていて、すごく気になったけれどあまり深く聞いてはいけない気がする。
それに沙織ちゃんもそれ以上は聞かないみたいだったし、きっと聞かない方がいいかもしれない。
「そうですか……」
「それよりもアテナ、筆跡鑑定はどうなったのですか?」
「え、ええ……それなら結果は出ましたが……」
沙織ちゃんは困ったような曖昧な笑みを浮かべると、”少し待ってください”と言って席を離れた。
少しして、書類の入っているらしい封筒を手にして戻ってきた。。
「サガから預かった書類と、聖域の女官として記入した宣誓書の筆跡を鑑定した結果ですが……教皇宮の女官の方々は、同じような筆跡の方が多いらしくて判断が難しいのです……」
「同じ筆跡……?」
「ええ。まるで見本のようだと……かすかに違いがありますが、断定するには厳しいかと……」
沙織ちゃんもさすがに困ったらしく、少し悲しげな表情を浮かべた。
ふと、前にアイカテリネが女官の人たちは教養が高いと言っていたのを思い出した。
「あ、もしかして……アイネが女官の人は、名家出身の人が多いって言ってたから、見本どおりの綺麗な字の書き方の練習でもしてたんじゃあ……」
「ふむ……それなら、ありえるな。たしかに名家となると教育の一環として、幼い頃に叩き込まれた可能性がある。だがそうすると、今回の騒動は名家の者たちがおこしたことになるが……いっそうのこと」
シオンさまは、何かを考えるように少し目を伏せた。
なぜか妙な沈黙が辺りを支配していて、今のシオンさまの意見に誰も反対しなさそうだった。
シオンさまの方をもう一度見ると、なんだか女官を全員解雇とか言いそうで、嫌な予感しかしない。
たしかに手っ取り早く解決にはなるけど、無関係な女官から後で恨みをかいそうな気がしてならない。
「あ、あの、でも全員がそうって決まったわけじゃないですし……」
「そうだが、女官の大半が名家のものだ……どちらにしろ、女官である確立が高いことは明白だ。今回の事が片付けば、体制自体を考え直さねばならぬな……」
「そうですね。おそらくですが……前回の賊の侵入と、今回の不正書類は繋がっているはずです。どちらも足が着かないように考えられ、あまりにも手際が良すぎます」
沙織ちゃんの言うとおり、アイカテリネを巧妙に地下に呼び寄せてお金で雇った賊に襲わせたり、書類を偽造して高価そうな消耗品を横領したりと……どちらも慣れている感じがする。
思わず頷くと、シオンさまとサガも同意するように軽く頷いた。
「それでアテナ、文字に違いのあった者たちは?」
「書類に書かれている文字と一番近いのが…………」
沙織ちゃんは何枚も束になっている書類から一枚を取り出すと、よく透き通る声でゆっくりと読み上げていった。
さすがに女官を全員解雇で総入れ替えにならないみたいで、少しだけ安心した。