□ 過剰な護り □



薄暗い室内の中、扉を開けて入ってきたのはシオンさまで、驚きを隠せずに呆然と見上げる。
どうして地下にシオンさまがと、不思議で頭がいっぱいだった。

「シオンさま……?」
「いったいここで何を……、その格好は?」
「え……」

シオンさまは珍しく秀麗な顔を歪ませて、じっとこちらを見ている。
自分の服装を見ると、足はさらけ出されて胸元はさっくりと裂かれていて、なおかつ胸に赤い線が入っていた。
格好だけなら、どう見てもアイネよりは酷かった。

「そこに転がっている賊を倒そうとしたんですけど、動きづらくて……自分で破ったんです」
「胸元まで破る必要がどこにあるのだ?それにこの赤い線は、血ではないのか?」
「これくらい大丈夫です。これでも私、聖闘士なんですよ?心配しすぎです。それよりも、この子をお願いします」

アイネに視線を送ると、一瞬だけびくりと震えると立ち上がりシオンさまに頭を下げる。
その一連の動きは本当に早くて、まるで条件反射のようなその動きを呆然と眺めてしまう。

「わ、わたくしは大丈夫でございます。それよりも様をどうぞお願いいたします」
「と、言っておるが?」

シオンさまに頭を下げているアイネは、さっきまで子供のように泣きじゃくっていたなんて思えないほど気丈だった。
それでもまだ、心の中で心配さが残ってアイネを見ていると、アイネと視線があった。

「アイネ、本当に大丈夫なの?」
さま、危ないところを助けていただいて、ありがとうございました。気分もずいぶんと落ち着いたので、もう大丈夫です」

少しだけ眦を下げて、困ったようにアイネが微笑む。
アイネの目の淵が赤いことに気づいた。その赤さが、さっきまで泣いていたことを物語っている。

「それに、今のさまのお姿で宮内を歩き回るのは、いささか問題が生じると思います。何か羽織るものと、衛兵を呼んでまいります」

アイネは軽く頭を下げると小走りで部屋から出て行った。
立ち去ったすぐ後に、ドサリと音を立てて小宇宙の渦の中の賊が小宇宙の自然消滅と共に床に落ちる。
薄暗い地下倉庫は、完全に気を失った賊と、シオンさまと私だけとなった。

「アイカテリネと申したか……気丈な娘だな。このような状況の中で、一番にを気遣うとは……」
「ええ、本来はきっと、とても優しい子、だと思います……ただ、何かが原因で気弱になっているだけなんだと思います」

ふいに女官たちの話を思い出した。きっと、彼女らは最初から知っていたんだと思い当たる。
おそらく、誰が犯人なのかも知っているのかもしれない。問題が、それを素直に聞いてもちゃんと答えてくれるかだった。

「なるほどな。そこまでは余にはわからん……だが、きっとなら解決するのだろうな」

天窓から入ってくる薄明かりの中、シオンさまの瞳が柔らかく細められるのが目に入った。
悠然と微笑むシオンさまに、心臓が煩いくらいに高鳴って、耐え切れずに少しだけ視線を逸らしてしまう。
ムウといいシオンさまといい、妙に顔が整っていて困る。こんな風にふい打ちのように微笑まれたりすると、心臓に悪い。
けれども、柔らかく細められた瞳はすぐに訝しげにゆがめられた。

「このような傷をに負わせるとは……」
「大丈夫ですよ。かすり傷みたいなものですし、放っておけば直りますから」
がよくても、余が嫌なのだ。この傷を放っておくことはできん」

はだけた胸元に、シオンさまの長い指がそっと触れる。
妙に近い距離と触れてくる指先に、どうしても戸惑ってしまう。

「シ、シオンさま?!」
「大人しくしておれ、すぐに治る」

言われるまま動けずに固まっていると、シオンさまの指先から暖かいものが流れ込んでくる。
それが癒すために送られた小宇宙だと気づいた。けれど小宇宙なら自分で扱える。

「あの、シオンさま。私、自分で治せます」
「ああ、それは知っておる。余が自ら治したいから、こうして小宇宙を送っておるのだ」
「でも、あのっ……」
、静かにせぬか」

薄い線になっている傷跡を、シオンさまの指先がゆっくりと撫でていく。
自分の素肌を這う、そのしなやかな指先の動きが妙に艶っぽくて、触れくる指先の感触をいやでも伝えてくる。
激しく脈打つ心臓の音が指先からばれないかと不安にもなってしまう。

「フッ……、もしや緊張しておるのか?鼓動が早いぞ」
「なっ……そ、それは……その」

まさかシオンさまの指の動きが妙に艶っぽくて恥ずかしかったんです、なんてとても言えない。
なんて言えばいいのかと悩んで視線を上げると、シオンさまと視線がぶつかった。
真っ直ぐに見つめるシオンさまの紅い瞳には、なぜかわからないが、どことなく熱がこめられているのを感じる。

「顔も少し赤いようだが……」
「し、おん……さま」

シオンさまの空いていた片手が伸びてきて、頬を撫でられる。触れてくる場所から熱が自然に篭っていく。
恥ずかしさと普段と違うシオンさまに、頭が真っ白になる。前にも、こんなことがあったのを薄っすらと思い出した。
頭が上手く働かずにシオンさまを見つめることしかできずにいると、扉が開いてまた誰かが入ってきた。

「シオン、おぬし何をしとるんじゃ。まったく、急に居なくなったと思えばこれとは……」
「ほう、童虎か。そのまま部屋で待っておけばよかろうに」
「虫の知らせというやつじゃ……おぬしが話しの最中に急に立ち去るから、怪しんできてみれば……これだからのう」

ゆっくりと立ち上がると、シオンさまは童虎の方へと振り返る。
普段と違うシオンさまの視線から逃れたことに少し安堵していると、アイネが童虎の後ろから姿を現した。

「あの、さま?上から羽織れるようにとローブをお持ちしたのですが……」
「アイネ、ありがとう。助かるわ」

アイネからローブを受け取ると、さっそく手を通して前をしっかりと閉じる。
ローブが全身をすっぽりと覆いつくしているので、下にある破れている服が完全に見えなくなった。
着るものを着ると、童虎とアイネが一緒に来ていたことに気づいた。

「童虎はアイネが連れてきてくれたの?」
「はい。上着をお持ちする際に、偶然出会いました。教皇さまを探しておいででしたので、ついでにお連れしました」
「そう。えらいわね、アイネ。ありがとう」

すぐに雑踏の音が聞こえ、正規の兵士たちが流れ込むように室内に入ってくる。
入り込んできた兵士達は入り口の前で立ち止まると、一番前の兵士が敬礼をした。

「教皇!遅れまして申し訳ございません!」
「うむ。では、この賊共を地下の牢獄に投獄せよ!尋問は後でいたす」
「はっ!」

正規の兵士に縄でグルグルに巻かれて、まるで荷物を扱うように三人の賊は連れて行かれた。
童虎とシオンさまを見ると、童虎がどこか面白いものを見るような目でシオンさまを見ていたのに気づいた。
シオンさまの方を見ると、珍しく少しばつが悪そうな顔をしている。

「後で尋問などと言っておるが、本当は今すぐにでも自分でしたいのじゃろう?」
「余がすると手加減ができぬ。後で別の者に頼むので問題は無い。それより、歩けるか?」

礼を言った後に、シオンさまに差し出された手を取ると立ち上がる。
これだとまるで、自分が被害者みたいだと思ってしまった。
もしかしてシオンさまは、勘違いしているのかもしれないと気づいた。

「あの、シオンさま。被害を受けたのは私じゃないんです。私は、地下倉庫で襲われているアイネを助けただけで、本当に何もないんです」
「そうか……そのことは、後で詳しく聞こう。、他に傷はないのだな?」
「傷は、あれだけです」

まさか傷が少しでもあれば、また同じように小宇宙のヒーリングするつもりじゃあ、と少し焦った。
たとえ傷があっても、あんな恥ずかしい思いは、どうしても遠慮したい。

「シオン、しつこい男は嫌われるぞ……知らんのか?」
「しつこくなどない!を心配して何が悪いのだ?!」

童虎の一言に、シオンさまは食って掛かるように言葉を放った。
シオンさまの長年の友というだけあって慣れているらしい童虎は、それを快活に笑いながら受け流していた。

「はははっ!なに、そうカッカするものではない。物事には限度というものがあるじゃろう?おぬしの場合は、少々過保護のような気がしてならぬのじゃ」
「過保護で何が悪いのだ?何事も用心に越したことはなかろう」

過保護だという自覚があったんだと、少し驚いた。
童虎もシオンさまも、まだ話が続きそうだったので割りいるように話の間に入った。

「シオンさま、私は一度部屋に戻って、服を着替えますね」
「うむ、わかった。後ほど、教皇の間に来るように」

シオンさまと童虎に頭を下げて一礼すると、アイネを連れて部屋へと着替えのために戻っていく。
部屋まで戻ると、ローブも破れた服も脱ぎ捨ててアイネが用意してくれた服に着替えて、やっと一息ついた。
教皇の間にすぐに行く気にはなれずに、少しの間だけ休憩という形で部屋で寛いだ。