□ お茶の時間と昔話 □
磨羯宮と人馬宮には人の気配がなくて、誰も居ないみたいだったのでそのまま通って行った。
さすがに天蝎宮には人が居るかなと思い進んでみると、静まり返っていた。ここの主もきっと出かけていると判断して次の宮へと進んだ。
天秤宮に付いた頃、まるで肉まんを蒸しているような匂いがしてきた。天秤宮を通っていると、童虎が奥から現れた。
「気配がすると思ったらじゃったか。丁度よい、今からお茶をするところじゃ、も食べるか?」
「え、いいの?」
「一人で食べるより二人で食べたほうが美味しくなるじゃろう?」
「じゃあ、ご馳走になります」
童虎に付いていくと、木製でできた家具が並んでいる部屋に通された。
家具はアジア風に見えるけれど、どうも中華風だったらしく細かい細工が見える。
座っているようにと言われて大人しく座っていると、少しして蒸篭(せいろ)とお茶のセットを持ってきた童虎が戻ってきた。
運んできたものをテーブルに並べて童虎も向かい側に座ると、蒸篭の蓋を取る。中には小さな肉まんのようなものが並んでいた。
「よし、では食べるとするかのう」
「これって……小さい肉まんっぽいんだけど……肉まんの仲間?」
「なんじゃ、は知らんのか。これは小籠包と言ってのう、豚の挽肉と脂身に味を付けて小麦粉の皮で包んだものじゃ」
童虎は蒸篭に入っていた小籠包を数個ほどお皿に入れると、私の目の前に食べろと言わんばかりに置いた。
チラッと童虎を見ると、満足そうな笑顔でこちらを見ていて、私と目が合うと頷く。これはきっと食べろと言っているんだと思い、箸を進める。
ぷるぷるしている薄い皮をお箸で突いてみる。薄いのに丈夫でなかなか破れない。仕方なくお箸で破いてみると、中から熱気と共に肉汁が溢れてきた。
口に放り込んでみると、皮と中の具が溢れた肉汁と絡み合ってとっても美味だった。あんまりに美味しいから、顔が緩んで仕方がない。
「……すごい、美味しい!なにこれ、本当に美味しいわ、童虎」
「そうかそうか。ほれ、もっと入れてやるからしっかり食うんじゃぞ」
蒸篭に入っている小籠包を童虎の手によってどんどんとお皿の中に放り込まれる。気づいたら、お皿に隙間なく小籠包が並んでいた。
蒸篭にはまだ少しだけ小籠包が残っている。このお皿の中を食べても、きっと追加されることが予想できた。
「あの、童虎も食べたら?私ばっかり食べてる気がして悪いわ」
「わしのことは気にせんでも良いぞ。いつでも自分で作って食べれるからのう」
言われてみれば、作った本人なんだからいくらでも作れるので、断れなかった。
そのまま食べることにしたけれど、人の視線を見ながら食べるのは食べづらい。
なんとか話題を出さないとと考えていると、シオンさまと童虎は友達だと聞いたことがあるのを思い出した。
「そういえば、童虎ってシオンさまと昔からの友達なのよね。昔のシオンさまってどんな感じだったの?やっぱり今と変わらない?」
「そうじゃのう……あやつは、昔から大して変わらんよ。昔から堅苦しいというか、真面目というか……まあ、そこがやつの良い所なんじゃが……たまに行き過ぎる気もするのう。唯一変わったのは、少しだけ気が長くなったところじゃ」
しみじみと話す童虎には悪いけど、今のシオンさまとはイメージが全く重ならない。
そういえば、ほぼ毎日決まった時間に部屋に来ていた事を思い出す。勉強の時は説明も解り易いし、解らないところも丁寧に教えてくれる。
それにシオンさまは、なぜかたまに子供っぽい事もしてるけど……困った時や悩んだときは、さりげなく助けてくれる。そんな印象だった。
「シオンさまってそんなに堅苦しいかしら?私には、そうは見えないけれど」
「ん、それは恐らくだけじゃろうて。まあ、だいたいの予想は付くがのう」
童虎が呆れたような溜息を吐きながら呟く。
その態度を見てここで聞き出さないと、童虎は話しを切ってしまって教えてくれないんじゃないかと気づいた。
それに自分だけに態度が違う理由なんて気になって仕方が無い。
「予想って、童虎はなんて予想したの?ねえ、気になるから教えてくれない?」
「仕方が無いのう……これは他言無用じゃが……。気を悪くするのではないぞ?」
「ええ、大丈夫よ。聞き出したのは、私ですし」
「おぬしがな……その、似ておるんじゃ」
こちらを観察するように童虎は見つめてくる。あまりにも見つめてくるから、居心地が凄く悪い。
その居心地の悪さから逃げるように話すを先へと促す。
「似てるって誰に?」
「シオンのな、初恋相手じゃ……絶対にシオンに聞くんじゃないぞ。あやつは言わなかったがな、態度でバレバレじゃ」
童虎はこちらを見て、何度も頷く。
しかもどこか得意げな顔をしている童虎に、シオンさまとは長年の友であることを思い出した。
「そんなに似てるの?私とその人……」
「ああ、似ておる。瞳の色以外は、まるで生き写しのようじゃ……」
「そんなに……でも、シオンさまでも区別くらいは付いてると思うわよ」
「そうだといいんじゃがのう……そればかりは本人に聞かぬとわからぬ」
童虎はお茶に手を伸ばすと、何かを考えるようにお茶を眺める。
そしてその手に持っていたお茶を一気に飲み、立ち上がった。
「さて、わしはそろそろ五老逢に行くとするか」
「え、童虎も出かけるの?」
「あまり長居すると春麗が心配するからのう。はゆっくりとして行ってもいいぞ」
慌てて席を立とうとすると童虎に止められたので、そのままゆっくりと椅子に座りなおした。
童虎は笑顔で手を振ると、颯爽と部屋を出て行った。どうしようかと悩んだけれど、とりあえずまだ飲んでいなかったお茶に手を着けた。