□ 帰還と接触 □
沙織ちゃんとムウとシオンさまを部屋に置いたまま廊下に出ると、とりあえず行きなれている教皇の間に向かった。
あの辺りなら、掃除をしている女中や片付けのために出入りしてる女官が居るかもしれない。
誰かに姿を見られないように注意をしながら、周囲の気配を読みつつ教皇の間へと進んでいく。
「誰も居なかったら良いんだけど……」
教皇の間の出入り口に近づいた時、誰かが中から出てきたらしく急に扉が開いた。
驚いて柱に隠れてしまったけれど、よく考えたら、せっかく女中の格好をしているのに隠れる必要は無かったんじゃあ、と気づいた。
さすがに今更、柱の影から出てきたら怪しい人物なので、このまま隠れることにした。
出てきた人物は、なぜか真っ直ぐにこちらに向かってきているらしく、金属音に近い足音が向かってくるように聞こえてくる。
すぐ近くまで来ると音が止まり、見つかってしまったのかもしれないと少し焦る。
「そこでいったい、何をしているのかね?」
「え……この声、シャカ?」
柱から出て確認してみると、そこにはシャカが立っていた。
シャカなら黄金聖闘士だし、見つかってしまったことにも納得だった。
おそらくシオンさまの時と同じように、小宇宙で判断したのだと思う。
「任務から戻っていたのね、おかえりなさい」
「ああ、ただいま。それにしても、なぜは隠れていたのかね?」
「う~んっと……話すと、少し長くなるんだけれど……とりあえずは、人目の無い場所に行きましょう」
さすがに出入り口で立ち話は、すぐに見つかってしまう。
近くの空いている部屋にこっそりと忍び込もうかなと考えていると、ふいにシャカが話しかけてきた。
「すまないが、まだ任務の報告が終わっていない。任務完了の報告後でも、かまわないかね?」
「ん、ということは……もしかしてシオンさまを探していたの?シオンさまなら、私の部屋にまだ居ると思うけど……」
シャカはシオンさまが部屋に居ることがあまり良く思わなかったらしく、眉をしかめた。
あまりにも不愉快だと言いたそうだったので、もしかして言い方がまずかったのかもと気づいた。
「の部屋?なぜ教皇がそのようなところに……」
「え、ああ。シオンさまだけじゃなくて、沙織ちゃんやムウも居るわよ」
よく考えたら部屋の主が居ないのに、教皇が部屋にいるなんて普通に考えたらおかしい。
しかも教皇だけじゃなくてアテナやムウもいるなんて、シャカじゃなくても疑問に思うかもしれない。
「アテナとムウも?ますますもって理解不能だ」
「まあ、とりあえず行ってみたら説明してくれると思うわ。私は後で着替えるためにいったん戻るけど、それ以外なら話はいつでも大丈夫よ」
「着替え?いったい何を……」
シャカは何か気になったらしく、確認するようにそっと目を開いた。
シオンさまの時と同じように、どこか呆然とこちらを見つめると、少しして口を開いた。
「……その格好は、いったい」
「いや、だからその……これには色々と経緯があって、それでその話をしようとしてたんだけど、報告がまだみたいだから後でいいかなって思って」
まさか途中で目を開いて確認するなんて思ってなかったから、言わなかったけれど、やっぱり説明くらいした方が良かったのかもしれない。
「私が任務に赴いている間に、なにやら色々な事があったようだな……。わかった、任務の報告が終わり次第、の部屋で待っていることとしよう」
「う、うん。引き止めたり驚かしたりして、なんだか色々とごめんね……」
「フッ……気にする必要はない。にも色々と考えがあってのことだろう」
ほとんど思いつきと勢いだったんだけれど、とても言えなくなってしまって曖昧に笑ってごまかしてしまった。
「さて、私は教皇を探しにの部屋に向かうが、はどうするのかね?」
「私?私は、とりあえず教皇の間に行こうとしてたんだけど……今って、誰も居ないわよね」
「ああ、今は誰も居ないが……」
「そう、ありがとうシャカ。じゃあ私、ちょっと用事があるから、またね」
シャカは不思議そうに首を傾けたけれど、とくに何も聞かずにシオンさまが居る部屋へと向かった。
たしか教皇の間の奥は、アテナ神殿に繋がっている道があったはず。
今度こそ教皇の間に行こうとした時、廊下のずっと先の曲がり角から、白い布の固まりを抱えた女官が歩いてくるのが見えた。
視線が合ってしまい、下手に動かない方がいいのかもしれないと考えていると、女官はこちらの方まで近づいてきた。
「あなた、女中よね?」
「え、そうですけど……」
少し釣り目気味の女官が訝しげに眉をひそめた。
何かおかしなところでもあったのかもと考えていると、また別の女官が奥の方から現れた。
少し垂れ気味のおっとりとした女官は、こちらを見ると首を傾けた。
「あら、こんなところで何を話しているのかしら?」
「たまたま見かけない女中を見かけたから、声をかけただけよ」
「言われてみれば、そうねえ……見かけない女中ね」
おっとりとした女官は、不思議なものをみるような目でこちらを見てくる。
あまりに見てくるものだから、もしかして見破られるかもしれないと思い少し緊張した。
「あ、あの……アテナ神殿の方から参りましたので……」
アテナ神殿で2人は納得したらしく、あまり不躾に見なくなった。
それに安心してしまい、思わず緊張が抜けてくる。
「ああ、アテナ神殿ね。たしかにアテナ神殿の通路だし、通るかもしれないわね……まあ、いいわ。これ、お願いね」
いきなり白い布の塊を押し付けられた。
大きさと質感からして、これはたぶんベッドシーツっぽい。
なんで渡されたのか不思議に思って見ていると、釣り目気味の女官は苛立たしげに睨んできた。
「鈍いわね、見てわからないの?その洗濯物を片付けといてちょうだい」
「え、ああ……なるほど」
もしかして洗濯物を運ばせるために、近づいて来たのかもしれないと気づいた。
「いいの?アテナ神殿の人でしょう?」
「いいのよ。どっちにしても身分は女中なんだから、あっちでも扱いは似たようなものでしょう?」
「でもぉ、アテナ神殿の女官たちって、アテナに直接使えるからって大半が女聖闘士の出身で、あまりそういったのを好まないって聞いたわよ」
なら私は、女聖闘士なんだから最初からアテナ神殿で女官でもしていればよかったんじゃあと、少し思った。
でも良く考えれば、アテナだと知る前からの知り合いが女官として働いていたら、たしかに色々と接し方に困ってしまうかもしれない。
とくに沙織ちゃんは、お姉さまと呼んでくれてすごく親しくしてくれているので、仕方ないのかもしれない。
目の前の女官2人は、こちらを気にすることもなく会話を続けていた。
「そうかしら、この人だってアテナ神殿から降りてきているんだもの。きっと似たような状況なのよ」
「そういうものかしら……」
少しおっとりとした人が首を傾げると、釣り目気味の子が後押しするように返事を返した。
「きっとそうよ。それより、さっきシャカさまが帰ってきたらしいのよ!急いで見に行きましょうよ!」
「えー!ほんとなのかしら」
「目撃した子が居るんですって!それで教皇の間の方に向かってたって聞いたのよ!」
そういえばシャカは教皇の間から出てきたっけと思い出していると、女官2人は何かに気づいたようにこちらに視線を向けてきた。
何か探るように見つめてくる2人に嫌な予感しかない。
少ししておっとりとした女官が、話しかけてきた。
「……もしかして、貴女もシャカさまを見たんじゃなくって?」
「え、ええ……少し前に立ち去ったようですけど……」
下手に言い訳をしても仕方ないと思って、正直に答えると女官2人は嫌そうに眉を顰めた。
「そう。でも媚を売るようなことはしてないわよね?仮にもアテナ神殿に使えているんですもの」
「ここはね、アテナ神殿と違ってきちんとした家の子たちが多いのよ。この意味、あなたにわかるかしら?」
意味と言われても、どう考えても家柄が違うから黄金聖闘士に手出しするなと言われているようにしか聞こえなかった。
呆れて何も言えずにいると、女官2人は何を勘違いしたのか上機嫌に笑みを浮かべた。
「まあ、いいわ。行きましょう。どちらにしてもアテナ神殿の方なら、あまり関わる事も無いでしょうし」
「そうね、何かあっても女官長のアデライードさまに訴えるだけですもの」
女官2人は何が楽しいのかわからないけれど、くすくすと含み笑いをしながら立ち去っていった。
どうして女官長の名前が出るのか不思議だったけれど、すぐに教皇であるシオンさまに話を通してもらうとことなんだと少しして気がついた。
これはこれで、問題があるような気がするので、今度シオンさまに会った時にでも直接聞いた方がいいのかもしれない。
とりあえず、さっきの女官に渡された洗濯物を運ぶことにした。