□ 心の快晴 □



女官に渡された洗濯物をどこに持っていけばいいのか場所がわからなくて困ってしまった。
さすがに女官に聞くというわけにもいかないし、女中に聞こうにもどこにいるのか解らない。
いっそうのこと、部屋に戻ってアイカテリネにでも聞いてこようか本気で悩んでいると、ふいに後ろの方から扉が開く音と気配がして、思わず背後を振り返った。
教皇の間の出入り口と教皇宮の出入り口を繋ぐ廊下のずっと先、ちょうど教皇宮の出入り口の付近にサガが居た。

「まさか……か?」
「え……サガ?もしかしてサガもシオンさまに用事があってきたの?」
「あ、ああ。書類のサインを教皇にいただきに来たのだが……その格好、教皇がおっしゃったとおりだな」
「もしかしてサガ、シオンさまに私のことを聞いたの?」

サガは返事をするように頷いた。
よく考えたら、シオンさまの側で補佐をしているのだから、話を聞いてても当たり前かもしれない。

「ある程度は聞いているが、まさかこんなに早く実行するとは……」
「ついさっきね、沙織ちゃんから色々と貰ったから試してみたの」
「アテナか……なるほどな、それなら納得だ」

あっさりとサガが納得するものだから、沙織ちゃんが日頃いったいどんなことをしているのか、少し気になった。
ふと手に持っている洗濯物が目に入り、もしかしてサガなら知っているかもしれないと思った。

「あ、ねえサガ。洗濯物ってどこにもって行けばいいの?」
「洗濯物?どうしてが洗濯物を運ぶ必要があるんだ?」

たしかにサガの言うとおり、別に女中の仕事をするために女中の服を着ているわけじゃない。
訝しげに眉間に皺を寄せるサガに、女中服の裾を掴むと軽く振って見せた。

「ほら、女中の格好をしているでしょう?だから、通りすがりの女官に渡されたの」
「なるほどな……渡されたというのが少し引っかかるが、まあいい。それなら私が案内しよう」

サガが道案内をすると聞いて、思わず固まった。
ただでさえ女官たちの関心が黄金聖闘士に向かっているのに、その筆頭のようなサガを連れて歩いたら目立ちすぎる。
歩き出したサガの腕を掴んで引き止めると、サガは少し驚いたように瞬きをして立ち止まった。

「ちょっとまって!場所さえ教えてくれたら大丈夫だから!それにほら、サガと一緒に歩いていたら目立っちゃうし」
「目立つ?道案内をするだけだが……?」
「まあ、そうなんだけど……でもね、女中が黄金聖闘士と一緒に歩いていたら噂になると思うんだけど……」

サガにとって意外だったらしく、こちらを見ながら何度か瞬きをすると、少し首を傾げた。

「そういうものなのか?」
「ええ、そういうものよ。たぶんだけど……」
「そうか……ならば仕方ない」

案内するのは諦めたらしく、サガは説明するためにこちらを振り向いた。
腕を掴んだせいで少し距離が近い気がするけれど、サガは気にしていないみたいだった。

「えーっと、それでどこに行けばいいの?」
「洗い物なら、地下へ行く道の途中に少し細い道がある。教皇宮の裏手に行く道だが、そこを真っ直ぐに進めば見えてくるだろう」
「わかったわ。ありがとう、サガ」

お礼を言いながら微笑むと、なぜかサガが固まった。
いつもなら微笑み返してくれるのに、何かおかしい。
不思議に思ってサガを見ると、微かにだけど頬が赤い。

「サガ、顔が少し赤いけど、熱でもあるの?」

手を伸ばしてサガの額を触ってみると、そこまで熱くは無かった。
ただ、サガが固まってしまったみたいに、極端に反応が薄くなってて気になる。
もしかして体調が悪くて、頭がちゃんと動いてないのかもしれない。

「大丈夫だ、心配をかけてすまない」
「本当に大丈夫?シオンさまに伝えておくから、今日はもう休んだら?」
「いや、疲れてはいない……ただ、が」
「私が?」

じっと見つめると、サガは視線を逸らしてしまった。
何か言いたいことがあるのに、すごく躊躇っているようだった。
少し待ってみると、意を決したようにサガが口を開いた。

に、1つだけ聞きたいことがある」
「どうかしたの?」

サガは、どこか思いつめたように見つめてくる。
なんだか今のサガは、少し変だった。

は……私の過去の行いに対し、許すことはできないと……そう言っていたが、あれは……今もなのか?」
「急に、どうしたの?」

いきなり何を言い始めたのか最初は解らなかったけれど、記憶を辿ると言ったような記憶がある。
たしか、アテナである沙織ちゃんに教皇の間に呼ばれて黄金聖闘士全員を紹介された時だったはず。
もしかしてあれからずっと気にしていたんじゃないかと気づいて、思わず溜息が出た。

「あの時も言ったけれど、もう受け入れてるわ……それに、もう許す許さないって関係がない気がするし」

本音を言ってしまうと、サガは驚いたように目を見開いた。
あの時の会話は、サガの中でいったいどういう風に捉えられたのか少し気になった。
けれど今は、サガの誤解を解くほうが先だと思った。

「……それはいったい、どういうことだ?」
「もうそんな次元の話じゃないってこと」

不思議そうにこちらをみるサガに視線を合わせると、はっきりと告げた。

「だって私、サガが教皇補佐として、がんばっているのを知っているもの」

ふと、書類を片手に走り回り、遅い時間まで執務室に閉じ篭っていたサガを思いだした。
たまに廊下ですれ違う時も、すごく疲れているのに心配をかけたくなくて、疲れていることを顔に出さずにいることも気づいている。
驚いたようにこちらを見つめてくるサガに、安心させるように微笑んだ。

「それにね、知ってる?聖衣にも意思があるのよ」
「ああ……双子座の聖衣が泣いていたのを、見たことがある」
「そう。なら解ると思うけど、少しでも正義や平和を愛する心が無かったら、きっと双子座の聖衣は見放していたはずだわ」

ムウから聞いたことがある、聖衣には意思があり、聖闘士に相応しくないと判断すれば自ら外れてしまうと。
実際にデスマスクが聖衣に逃げられたことがあるらしいし、それを考えると聖衣に逃げられていないだけ、サガにもサガなりの正義あったのかもしれない。

「それが無かったということは、聖衣がサガを認めていたということ……ね、それだけで充分な理由でしょ?だから私は、サガを信じるわ」

自信満々に告げると、サガは何かが吹っ切れたように微笑んできた。
ただでさえ彫刻のように顔が整っているのに、不意打ちのようなサガの微笑みに、思わず胸が高鳴った。
しかも腕を掴んでたせいで、顔の位置がすごく近い。
耐えれなくて手を離して距離をとると、つい視線を逸らしてしまったけれど、サガは気にしていないみたいだった。

「ありがとう、
「どういたしまして……なんだか、落ち着いたみたいね。じゃあ、そろそろ洗濯物を片付けに行くから、またね」

手を振ってサガに別れの挨拶をすると、言われたとおりの道順を真っ直ぐに進んだ。
サガが思いつめていたことは少し気になったけれど、吹っ切れたみたいだから大丈夫だろうと思って、深くは考えないことにした。
それよりも今は、聖域内の情報を少しでも集めたくて、急いで目的の場所へと足を運んだ。