□ 無我夢中 □
シオンさまが闘技場から立ち去った後、気づいたら雰囲気で察した貴鬼くんがムウと童虎のところに行ってた。
さっきまで貴鬼くんが居た場所には、代わりにサガがいて、ちょうど対峙している状態になっていた。
いきなりサガと手合わせになるなんて、全く考えていなかったので固まってしまう。
毎日のように顔を見ているせいもあって、行動は少し問題があるけれど、まだシオンさまの方がやりやすかったかもしれない。
「今度はサガか……まあ、なんとかなるじゃろう」
「え、お姉ちゃん……サガと手合わするの?」
「そうなりますね……。また、時間のあるときにでも相手をしてもらいなさい」
少し離れた場所に居る3人は、完全に見守るという立場になっている。
なりゆきとはいえ、こうなってしまった以上は仕方がないと気合を入れていると、童虎が何かに気づいたようにサガに声をかけた。
「そうじゃった。サガに言うのを忘れておったが、小宇宙は使用せずにというシオンからのお達しが出ておるからのう。今のところ、手合わせのみじゃ」
「わかりました、老師」
童虎に向かって頷くと、すぐにこちらの方に視線を戻した。
これは、何かこちらから仕掛けないといけないのかもと考えてしまうが、サガの全く隙の無い構えに、どうしようかと悩む。
ふいに前を見ると、サガと視線が合った。
「お、お手柔らかにね?」
「フッ……これは訓練のようなものだろう?大丈夫だ、手加減はする」
言い終わると同時にサガは真っ直ぐに向かってくると、殴りつけるように拳を振り上げてきた。
なんとか当たる直前で避けると、サガの拳から起きた風圧で前髪がなびいた。
「……ッ」
「こんなものか……」
微かに笑みを浮かべ、サガは言い放った。
それがいったい何に対しての言葉なのか解らないけれど、あまり良くない事のような気がして冷や汗が流れる。
次々に繰り出される攻撃をなんとか避けきっていたけど、だんだんと上がっていくスピードに限界を感じ始めた。
間合いを取ろうとした一瞬、不意をついた横からの蹴りが避けきれずに左手で受け止めると、凄まじい威力と重量感で吹き飛ばされた。
「ぐっ、ぁ……っ!!」
「っ」
「お姉ちゃんっ!」
あまりに重い攻撃に受身がうまく取れず、まるで人形のように空中を舞って地面に転がってしまった。
起き上がろうとすると、こちらに駆け寄ろうとしているムウと貴鬼が見えたので、首を軽く振って視線で止める。
なんとか気力で起き上がると、直撃を受けた左腕はじんわりとした痛みと軽い痺れが入っていた。
軽く腕を振るように痺れを取っていると、申し訳なさそうな顔をしてるサガと目が合った。
「すまない、加減を間違えた。大丈夫だったか……?」
「ありがと。でもこれくらい、大丈夫だから」
痺れ以外はどこも異常は無かったようで、無事という意味をこめて軽く微笑み返した。
軽く深呼吸すると、いつまでも受身でいるつもりは全く無くて、せめて1撃くらいは当てたいと思い、サガに向かって進んだ。
シオンさまの時は、流れるような動作でほとんど受け流されたけれど、サガは攻撃の威力が強い分、動きが力強くて緩慢な気がする。
もしかしたら背後を取りやすいのかもしれないと考えて、防御態勢のサガの肩に手を乗せて上空へと飛んだ。
「なるほど、不意打ちを狙ったか……だが、甘いっ!」
サガは背後に飛んだと思い、背後に振り返りつつ手刀を入れた。
けれど飛んだだけで背後には回っていないので、サガの手刀は空を切っただけだった。
後ろに振り返ったサガの背後に着地すると、攻撃力が足りない自覚があったから、そのまま背後から首に腕を回して締め上げた。
「これ……一本とったうちに入るわよね?」
「小癪な……」
サガは首に回していた腕に手をかけ、外そうとしてくる。
力の差からいって、きっと簡単に外されるに決まっている。
外された後、どうやって対処しようかと焦るけれど、何も思い浮かばない。
「サガ、そこまでじゃ。おぬしの自信過剰なところが敗因の原因じゃな」
「老師……ですが、」
「一本は一本じゃ。それにのう、その体勢で小宇宙を使われていたとしたら、お主は確実に負けておったぞ」
童虎の言うとおり、あのまま背後から必殺技を受けていたら、さすがのサガでも避け切れない。
サガは童虎の指摘に諦めたのか、動かなくなった。
代わりに場を制するようなムウの声が響いた。
「、離れなさい」
「え……」
静かな語調だったけれど、逆らうことは許さないと言わんばかりに強く言い放たれた。
声のした方に首だけで振り返ると、ムウが不自然な笑みを浮かべていた。
寒気がするような笑みに身震いしてしまい、サガの首に回した腕に力が篭る。
サガの方から妙な咳払いが聞こえたので覘きこむように見てみると、薄っすらと頬を染めていて、なぜか目線が泳いでいた。
「あー……これはもしかしてあれかのう。色仕掛けとかいうやつかのう?」
「え……なにが……あっ、ちょっ、これっ……っ?!?!」
言われて気づいた、さっきからサガの首に腕を回して引っ付いたままだった。
しかも身長差があるので、つま先状態でサガにぶら下がっていて、ちょうど首の辺りに胸が押し付けられる形になっていた。
サガは手で首の絞まりを押さえて呼吸を確保していたけれど、腕を手で引っ張られたぶんだけ密着が強くなっていた。
慌てて手を離して、恥ずかしさのあまり後ろに下がるように距離を取っていく。
「ご、ごめんなさいっサガ!悪気は無いのっ!ただ、サガから一本とるのに夢中になっちゃって……っ」
「こほんっ。大丈夫だ、偶然の結果だとわかっている」
まだ仄かに頬を染めるサガを見ると、なんだか申し訳ないような恥ずかしいような気持ちになる。
否定するように手を振りながら、後ろに下がっている最中、背中から何かにぶつかった。
もしかして後ろに下がりすぎたのかもと思ったけれど、距離を考えればそこまで後ろには下がっていないはず。
不思議に思って振り返ると、なぜかムウが居て、両肩を固定するようにつかまれた。
「え……ムウ?」
どうして後ろにムウが?と思って首を傾げていると、ムウは笑みを浮かべたまま"故意的なら、許しませんよ……"と、呟いた。
驚いて見上げると、翡翠のような瞳には微かに怒りの感情が見えていて恐怖を感じてしまった。
反射的に首を左右に必死に振って否定すると、ムウは深い溜息を1つだけ吐いた。
「そ、それだけは無いから!」
「そうですか……。腕、大丈夫ですか?」
「腕?別になんとも……」
言い終わらないうちにムウは左腕をつかむと、服の袖をずらして腕をじっと見つめる。
視線を追うように自分の腕を確認すると、赤黒くにえて腫れ上がっていた。
いつの間にかできていた腫れを呆然と見ていると、貴鬼くんが走りよってきて覗き込んだ。
「うわっ!お姉ちゃん、痛くなかったの?」
「別にそこまでは……」
「集中しすぎて、痛みを認識しなかったのかもしれません……。そもそもサガの直撃をまともに受けて、何も無い方がおかしいですよ」
言われてみると、サガの直撃を受けた時に変な痛みみたいなものがあったのを思い出した。
あの時は必死すぎて気にしてなかったけれど、指摘されると痛みが気になり始めた。
ムウが軽く触れると、痺れに似た痛みが走ってきて思わず顔を歪めてしまう。
「これはまた……ずいぶんと腫れ上がったのう」
「すまない、……手加減をするはずだったのだが……」
「ううん、気にしないで。私が上手く避けれきれなかっただけだし……」
サガは腫れあがった腕を見て、申し訳なさそうに俯いた。
安心させるように軽く笑みを向けるけれど、弱弱しい微笑み返されただけだった。
「骨折はしていないようですね。、この腫れはヒーリングで治しますから」
「え、あ、ありがとう。ムウ」
接している手の平から、穏やかな小宇宙がじんわりと伝わってきて、暖かくて心地良い。
あまりの心地よさで、うつらうつらと眠気が出てくる。
治療が終わった頃に名前を呼ばれて、慌てて眠気を飛ばすように軽く首を振ると、腕を振ったり軽く触れたりして確認してみる。
「さすがムウね。すっかり治ってるわ」
「いえ、腫れですんでいたからできたことです。他に、違和感のあるところはありませんか?」
「ううん、とくにはないから大丈夫よ」
「そうですか……何かあったら、すぐに呼んでください」
お礼を言うと、ムウは穏やかな笑みを浮かべた。
すっかりと落ち込んでいるサガの方を向くと、綺麗に治った腕を見せる。
「サガ。ほらもうすっかり治ったから、大丈夫よ?」
「あ、ああ。ムウ、すまない。手間をかけさせた」
「もし次があれば、手加減を忘れないでください」
いつも穏やかなムウにしては珍しく、サガに返事と共に軽く視線だけを送った。
それに口調がいつもよりも刺々しい。なんとなく機嫌が悪い気がした。
「そ、そろそろ戻りましょうか?もうお昼になるだろうし……」
「そうじゃのう、今日はここまでとするか……」
「ムウ、貴鬼くん。私たちは戻るけれど……お昼ご飯はどうする?」
せっかくだからお昼ご飯を一緒に食べたいのもあるけれど、もしかしたらムウの機嫌も、ご飯を食べているうちに直るかもしれないと考えて誘ってみる。
「ご一緒したいところですが、これからジャミールに行く予定があります。では、また明日」
「またね、お姉ちゃん!」
「うん。また明日ね」
少し残念に思いつつ、ムウと貴鬼くんを見送ると、サガと童虎をつれて闘技場を後にした。
教皇宮につくと、サガは他の書類に不備が無いかをもう一度確認したいからと執務室へと向かった。
結局、童虎に進められて先に汗を流してから、お昼ご飯を童虎と食べることになった。