□ 無邪気な来訪者 □



柔らかな日差しが入り込むテラスに入ると、心地良い風が吹いていた。
用意されたテーブルに教材を置き、椅子に座って外の景色を見ていると穏やかな気分に浸る。
少ししてシオンさまがテラスに入ってくると、こちらを見たとたんに驚いたように固まった。

「おはようございます、シオンさま」
「おはよう、。その服……さっそく着たのか。うむ、よく似合っておる」

凝視するような真っ直ぐな視線から目を逸らせずに居ると、ふいにシオンさまが穏やかに微笑んだ。
顔立ちが整っているせいか、ふいうちのように微笑まれると恥ずかしいような感じがして胸が高鳴る。

「あ、ありがとうございます……」

逃げるように視線を逸らすと、誤魔化すために必要そうな資料や教材を広げていく。
シオンさまも横に座ると、いつものように過去の星図の資料を見ながらその年に起こった事象と関係の話を始めた。
少ししてアイネがお茶を運んできたので、少しの間だけ休憩することになった。

「そういえば、今日は冥界からの使者が来ておるのでな……午後からの講義は中止だ」
「冥界から?珍しいですね」
「ああ。平和を保つために協定を結ぶことになってな、その調整のために話し合いをするのだが……少しばかり厄介な相手でな。、今日はなるべく部屋から出るでないぞ?」
「え、ええ。わかりましたけど、でもやっかいな相手って……?」

シオンさまにしては珍しくあまり思い出したくないみたいで、どこか嫌そうな表情で視線を逸らした。
謁見のために何回かは中止になることはあったけれど、シオンさまが部屋から出ないように言うのは初めてだったから、シオンさまの反応も含めて余計に気になる。

「タナトスとヒュプノスだ。ハーデス直属の部下を送ってくるとは予想外だったが……仕方あるまい」
「それ死の神と眠りの神じゃないですか!?なんで、そんな神が……」

聖戦時の宿敵として有名な2神は、聖闘士としてさすがに知っているけれど、まさか協定のためにわざわざ足を運ぶなんて想像できない。
てっきり3巨頭の辺りが来るのかなと思っていたけれど、まさかの2神で驚いた。

「なぜか解らぬが、迷惑なことに2神が揃って来たがっておるそうだ」
「2神ともって……なんでまた」
「アテナの巫女に関心があるようだが……全く考えが読めぬ」

それきりシオンさまは、何か考えるように黙り込んでしまった。
仕方なく横で大人しくお茶を飲んで待っていると、少ししてシオンさまは現実に戻ったように時計を確認して講義を再開した。


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お昼を少し過ぎた頃に"今日はここまでだ"とシオンさまが終わりを告げた。
テーブルの上に広げた教材をまとめ、それを持って立ち上がる。
出入り口のところまで行くとシオンさまが待っていたので一緒にテラスから出る。

、部屋まで送ろう」
「シオンさま、ありがとうございます」

雑談をしながら廊下を歩いていると、茶色っぽい髪の子供が教皇の間の入り口の近くを歩いていた。
誰かを探しているらしく、周りを見渡しながら歩いている。

「え、あれって……子供ですよね?」
「こんなところにか……?む、どこかで見覚えがあるような……」

子供はこちらの方に気づいて振り返ると、驚いたように目を見開いて固まった。
その子をよく見てみると、シオンさまとムウと同じ形の特徴的な眉をしている。

「シオンさまと、ムウと同じ眉……まさか、隠し子?」
「なぜ、そうなる。はっきり言っておくが私は潔白だぞ」

どう見ても子供の年齢は10歳足らずという風に見える。
ムウの子供にしては、ちょっと大きすぎる……ということは、自然にシオンさまの可能性が高いという結論になった。
横でシオンさまが怪訝な顔で否定しているけれど、もしかしてということもありえるわけだし……。

「え……でも年齢的にシオンさまなら、ありえるかもって……」
「よく考えてみぬか……私は13年間は死んでおったのだぞ?このような年頃の子供がいるわけなかろう……」

言われてみたら、たしかにシオンさまはサガに葬られて13年間は空白状態だった。
でも、シオンさまも結構なお年だし……もしかして孫かもしれない、と思いついた。

「……もしかして、昔の隠し子の子供もかも……」
、あくまでも私に隠し子が居たことにしたいのだな?わかった、そこまでしたいのなら……が少しばかり協力してくれれば、すぐにでも作れるぞ?」
「え、協力って……なにをするんですか?」

不思議に思って聞いてみると、どこか悪戯めいた笑みを浮かべたシオンさまが耳元で"私の寝室で……することと言えば、わかるか?"と、低めの声で呟いた。
寝室・協力・子供・という言葉の組み合わせで子作りという単語が頭に浮かんだ。

「えっ、あっ……っ、すいませんっ、ごめんなさいっ!さっきのは冗談です!」
「フッ……解れば良い」

"少しばかり残念だが……"と、小さく聞こえた気がしたけれど聞かなかったことにした。
たまにシオンさまは、反応を見て楽しんでいるのかもと思えるくらいからかってくる時があるから、きっと今回もそうかもしれない。
そう納得して、ちらりと子供の方を見ると、子供は不思議なものでも見るような感じで、こちらに近づいてくる。

「お姉ちゃん……もしかして、アテナの巫女って人?」
「え……えっと、そうだけど……」

どうして知っているのか不思議だったけれど、とりあえず返事を返すと子供は目を輝かせた。
なんだかすごくキラキラとした目でこちらを見てきたので、ちょっとだけひるんでしまった。

「やっぱり!ムウさまの言ってたとおりだ!」
「ムウ……さま?」

ムウに様付けをしているからムウと何か関係のある子供かもと考えていると、シオンさまが何かに気づいたらしく子供に近づいていった。
シオンさまの後を追うように子供の方に近づく。

「これ、小僧……お主、ムウの弟子だな?」
「そうだよ!オイラはムウさまの一番でしだい!」

どこか誇らしげに言う子供に、微笑ましくて笑みが漏れる。
ムウに弟子が居たことは初耳だったけれど、とても子供らしい子供でちょっと意外だった。

「ムウの弟子だったのね。名前はなんて言うの?」
「オイラ?オイラは貴鬼って言うんだ!」
「えっと……貴鬼、くん?私はよ。よろしくね、貴鬼くん」
……お姉ちゃん。うん、よろしくお姉ちゃん!」

元気に挨拶する貴鬼くんに同じように笑顔で返した。
ふとシオンさまの方を見てみると、シオンさまはまるで何かチェックするように貴鬼くんの頭の上から足元までを見ていた。
そして呆れたような視線を貴鬼くんに向けると、口を開いた。

「なんだ、まだ聖闘士になっておらぬのか……ムウは7つの頃には黄金になっていたぞ?」
「あ……オイラは……まだまだ未熟で……」
「それに言葉遣いもなっておらぬ……まったく、あやつはどういう教育をしてきたのだか……」

溜息混じりに言い放つシオンさまに、貴鬼くんはどんどんと落ち込んでいく。

「シオンさま、ムウ達が異例だったんですよ。私だって聖闘士の称号を得るまで結構な年数がかかりましたし……」
お姉ちゃん……」

少し俯き加減でこちらを見る貴鬼くんに、微笑みながら頭を撫でる。
たしかに、ムウたちと比べられると自信なんてなくなるかもしれない。
それに異常な速さで黄金聖闘士になったムウたちは、天性の素質があったようなもので、比較にするには相当レベルが高すぎる気もする。

「貴鬼くんも、もっと自信を持って?人によってペースというものがあるから……そんなに急がなくても必要なときがきたら、きっと聖闘士になれるはずだから……ね?」
「うん!オイラがんばるよ!ありがとう、お姉ちゃん!」

元気を取り戻したように笑顔で返事を返した。
それに笑顔で返すと、シオンさまもどこか呆れたような笑みを浮かべた。

「まったく、もムウも甘いな……」
「シオンさまが厳しすぎるんです」

貴鬼くんは何かに気づいたように、シオンさまの方をじっと見つめる。
あまりにじっと見つめられて、シオンさまも訝しげな顔で貴鬼くんを見つめ返した。

「……シオンさまって、もしかしてムウさまのお師匠様?」
「そうだが……」
「えっ、あっー!申し訳ありません!オイラ、すっかり興奮しちゃって……」

貴鬼くんは謝りながら、どこか憎めない笑みを浮かべて頭をかいた。
元気な笑顔を見せたと思ったら、落ち込んだりすぐに元気になったりして、もしかして貴鬼くんはムウと違って感情表現が豊かかもしれない。

「もう良い。それに今更だしな……それで貴鬼とやらは何しにここへ来たのだ?」
「あ、そうだ!オイラ、ムウさまを探しにここまで来たんだ!白羊宮にいなかったみたいで、もしかしたらここに来てるかもって思って……」
「ふむ。ムウか……そういえば、朝方に見かけたな……とうに帰ったはずだが……もしかしたら、修復の材料を取りに出かけたのではないか?」

どうしてムウが朝方からこんなところに居たのかなんて、身に覚えがありすぎて口が挟めない。
うっかり墓穴でも掘ってしまったら、とんでもないことになりそうで大人しく2人を見ていた。

「修復の材料を切らしていたはずだなのだが……なぜか、まだ材料を集めきってはいなかったようだからな。白羊宮で待っておれば、そのうちに帰ってこよう」
「そっかぁ……わかりました!オイラ、大人しく白羊宮で待っています!」
「ああ、そうするが良かろう」

元気に手を振りながら立ち去っていく貴鬼くんを2人で見送ると、シオンさまに連れられるように部屋まで戻った。
シオンさまは立ち去る少し前に頭を軽く撫でると、少し微笑み"今日はアテナも戻ってこられるのでな、夕食を共にしよう"と告げ立ち去っていった。