□ 想いの包容 □
お昼を私室で軽く済ませ、お風呂に入りさっぱりすると、向かいの部屋で待機しているシャカのところに向かう。
2,3回ほど扉を叩くと、すぐにシャカが扉を開けて出てきた。
「か……教皇の講義は?」
「あ……うん。今日は、午前中しかなかったの。それであのね、この間のことなんだけど……今、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だが……?」
ここで話しても良い内容かどうか悩んでいると、シャカは不思議そうに頭を傾ける。
けれどすぐにシャカは何の話か察したらしく、不思議そうに傾けていた頭を真っ直ぐに伸ばした。
「……少し、場所を移動しよう」
「え、ええ。ありがとう」
シャカの後を大人しく付いて歩いていると、教皇宮の出入り口の辺りで背後から視線を感じた。
思わず足どまり振り返るけれど、そこには教皇の間への閉じられた扉があっただけで誰もいなかった。
後を付いてこないことにシャカが気づいて、何かあったのかと様子を見に近づいてきた。
「、どうかしたのかね?」
「え……あ、なんだか誰かに見られていたような気がして……」
「ふむ……この辺りは教皇の間へと続く道、恐らく教皇の客人とすれ違ったのだろう。あまり気にする必要は無い」
客人と聞いてすぐに双子神を思い出した。
なるべく部屋から出ないようにとは言われていたけれど、出てしまったことに対してシオンさまに心配をかけてしまわないか、少しだけ不安になってしまう。
「そういえば、タナトスとヒュプノスの双子神が来るみたいなの。それで、シオンさまになるべく部屋からは出ないようにと言われてたんだけど……大丈夫よね?」
「なるほど……双子神といえば、一般の聖闘士では太刀打ちできないほど強い。おそらく、巫女であるに何かがないようにという、心配りも含まれているのかもしれない。まあ、なにがあろうとこのシャカが守り抜こう」
「シャカ……ありがとう」
まるで当たり前だというように憮然に微笑む。それがなんだかシャカらしくて、思わず微笑み返してしまう。
ふいに""と呼ばれて手を差し伸べられる。少しためらったけれど、そっと手を乗せると力強く握り返され、そのまま歩き始めた。
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処女宮の沙羅双樹の苑に入ると、導かれるままに沙羅双樹の間にある石の上に座らされる。
どちらから話すことなく静かな沈黙が辺りを支配し、沙羅双樹の微かなざわめきと小鳥の囀りが聞こえるだけだった。
このままずっと黙っているわけにもいかないので、少しのためらいの後に口を開いた。
「あの、ね……えっと……前に、シャカは私のことを好きだって言ったでしょ?」
「ああ、言ったが……そうか、は答えを出したということか……」
それがシャカの望んでいる答えじゃないと解っているぶん、言い辛くて思わずシャカから視線を逸らしてしまう。
シャカは次の言葉を待つように静かに黙っていて、そんなシャカになんて言えばいいのかさえ迷う。
「ごめんね……想いにこたえれなくて。私は……もう心を決めてしまったから」
「ムウにかね……?」
率直に聞かれて思わず言葉に詰まったけれど、まるで最初からこうなることを知っていたみたいで少し不思議だった。
シャカは返事が返ってくるのを待っているように黙り込む。返事を返すために、ためらいがちに頷いた。
「そうか……。考えれば、君は最初からムウのことが気になって仕方なかったのだろう?……おそらく、意識しなくとも始めから答えは決まっていたのだろうな」
「シャカ……」
言われてみれば、最初からムウのことばかり意識していたのかもしれない。
過剰に反応していたのも、惹かれていたぶんの反動だったと思える。
「フッ……、前にも話したとおり……ただ、私の想いを知って欲しかっただけだ……そのことに関して、が心を痛める必要は無い」
想いに応えれられないことは、今となっては辛いものだと解ってしまう。
なのにどこまでも穏やかな口調で話すシャカに優しさを感じた。
「だが、……やはり私は、のことが愛しい。がムウのことを想っていることは解ってはいるが……すぐに想いを断ち切ることはできない。まだのことを、想っていてもいいかね?」
迷惑なんてことは全くなかった。むしろ、そこまで想っていてくれたことに嬉しいような申し訳ないような気持ちになる。
「ありがとう、シャカ。でもそれはシャカの心だから、シャカが納得するように自分で決めるべきだわ。……それにシャカ、私に承諾を聞いているのって、本当はまだ想っていたいんでしょ?だから、私に許可をとるような形で聞いたんじゃないの?」
シャカにしては珍しく、驚いたように眉をしかめ、少しして柔らかに微笑んだ。
その微妙な変化に、もしかして何かおかしなことを言ったのかもと、少し考えてしまう。
「……やはり君は面白い。私が君に惹かれるのも……おそらく、自然の理」
シャカは薄っすらと微笑むと、なぜか手を伸ばしてきて髪を撫で始めた。
労わるように優しく髪を撫でる手つきが心地よく、だんだんと瞼が重くなり、眠気が襲ってくる。
「……?」
「……なに?」
ふいに昨日の夜のことを思い出した。きっとこの眠気の原因は、睡眠不足と不慣れなことからの疲労かもと眠い頭で考える。
うつらうつらとしていると眠いことに気づいたらしく、シャカに肩から引っ張ぱれる。
そのままされるがままに横になると、強い眠気に瞼をそっと閉じた。
「少し、眠ると良い」
「うん……ごめん、シャカ。少しだけ、眠るわね……」
シャカの纏っているお香の匂いと頬を撫でる緩やかな風、沙羅双樹から零れ落ちる陽だまりに木々のざわめき。
あまりに心地よすぎて瞼を閉じると吸い込まれるように眠りについた。