□ 和やかな昼食 □



いつもなら、シオンさまに用事が無い限り一緒にお昼を食べるところだけれど、今日は貴鬼くんがいる。
聖域に子供がいるのが珍しいこともあるけれど、貴鬼くんがあまりに子供らしくて、その子供らしさを見ていると和んでしまう。
きっと貴鬼くんと食事をしたら、ご飯がすごく美味しくなりそうな気がした。

「貴鬼くん、一緒にお昼ごはん食べる?」
「え、いいの?」

貴鬼くんは、すごく嬉しそうな笑顔で返事を返してくれたけれど、すぐに何かに気づいたようにムウの方に視線を送った。
まるで許可を貰うように見ていたので、もしかしてこの後、白羊宮に戻る予定だったのかもしれない、と気づいた。

「ふふっ、ムウはご飯くらいで怒らないわよ。ね?」
「え、ええ。それくらいでは怒りませんが……」

なぜかいつもと違い、まるで何か迷っているような……妙な違和感があった。
ふとムウの視線の先を見てみると、なんだか物凄く何か言いたそうなシオンさまと目が合った。
たぶん貴鬼くんとムウはシオンさまの視線に気づいて、困っていたのだと気づいた。

「え~っと……みんなで、お昼ご飯にしましょうか?たまには賑やかな食事もいいですよね、シオンさま」
「ああ。が良いのなら、わたしは別に良いが……」

仕方が無いという雰囲気でシオンさまは返事を返してくれた。
ふと横を見ると童虎と視線があった。さすがに童虎だけを置いてご飯というのもおかしい事に気づいた。

「童虎も一緒にどう?」
「もちろんじゃ!」

童虎はシオンさまと違って、物凄く良い笑顔で返事を返してくれたので、思わず笑顔で返してしまう。

「私とずいぶん反応が違うな」
「なんじゃなんじゃ、ずいぶんと機嫌が悪いのう……元はといえば、おぬしが子供じみたことをするからじゃろう」

自覚があったらしく、シオンさまは童虎から顔を逸らすと誤魔化すように「食事に行くぞ」と言い放ち、闘技場の出口に向かって歩き始めた。
慌ててシオンさまの後を追いかけると、シオンさまを先頭にして闘技場を後にした。


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部屋の中央に配置されている円卓のテーブルまで進むと、椅子を引いて座る。
いつもならテーブルを挟んだ向こう側の席にシオンさまが座るけれども、いつもより人数が多いために正面にあたる席がずれてしまっていた。
それに気づいたシオンさまは、何の迷いも無くすぐ右手の席に座った。反対側の左手の席はムウが座って、さらにその向こうに貴鬼くんが座る。
童虎はシオンさまの横で、ちょうど貴鬼くんの横になっている。配置はごく自然の配置だけれども、貴鬼くんが少しだけ遠い席に行ってしまった。

「あんまりこう、かしこまったものは苦手でのう……」
「慣れだ。慣れてしまえば何も思わん」
「たしかに、私も最初の頃は緊張してばっかりだけど……慣れてしまうと、手が勝手に動いてるわ」

扉を控えめに叩く音がした。シオンさまが返事をすると、少しして給しの女官がカートを押して部屋へと入ってくる。
レモンの入った水をテーブルの各グラスに注ぐと、カートに配置されている食べ物をテーブルに並べ始めた。
童虎は、並べられたパンとサラダとオニオンスープ、それにデミグラスソースの煮込みハンバーグという食べ物を見て、想像と違っていたらしくて驚いていた。

「なんじゃ……普通じゃな。たしか食べる順番があったように思ったんだがのう……」
「ふふっ、さすがに毎回フルコースじゃないわよ。朝は軽いものだったり、お部屋で1人で食事を取るときも、食べたいものを頼んだら持ってきてくれるもの。それに時間の無い時も、メインだけを持ってきてもらうし……」
も、ずいぶんと馴染んだものじゃ」
「え、馴染んだというか……強制的に覚えさせられたような……」
には覚えてもらえねば困る。これから先、アテナが忙しいときに代理として出向かねばらぬのだからな……もし出先で作法の1つも満足にできていないと判断されれば、聖域の恥だ」

シオンさまの言葉が胸にぐっさりと刺さった。
たしかに食事のひとつも満足にこなせなかったら、相手側に馬鹿にされかねない。
ふと見ると、ムウは凄く綺麗な所作(しょさ)で食事をしていた。
まるで手本のような所作に、感心してしまう。シオンさまも、自然に流れるような動きで綺麗だけれど、師弟そろってというのが珍しく見えた。

「そういえば、ムウも慣れてる感じよね……なんだかすごく自然に溶け込んでるというか……」
「昔、シオンが忙しい時は、こちらの方で食事をしていた影響ですね。ついでに食事のマナーも教えられましたから」
「ああ、そういえば途中からはジャミールと行き来するよりも、こちらに連れて来た方が効率が良いと思い連れて来たのだったな」

昔と聞いて、幼い頃のことを思い出す。母に連れられて来た時は、いつも白羊宮でムウを見つけたから、てっきり白羊宮に住んでいるのかと思っていた。

「あれ、でもムウってほとんど白羊宮に居たような記憶しか……」
「それか。白羊宮に滞在させていたのは……たしかアリエスの黄金聖闘士になるのは解っていたからな、多少早くても問題なかろうと考えたのだ」
「そ、そうだったんですか……」

当時は、聖闘士というものを知らずに、ただ遊び相手というか物珍しいかったというか……ふと、小さい頃にしてしまったお嫁さんごっこを思い出してしまい、恥ずかしさのあまり動きが止まってしまう。
考えを消すように視線をさ迷わせると、必死にハンバーグを食べている貴鬼くんが目に入った。
一口サイズに切った一口が大きめだったらしく、ソースが口の横に付いてしまっている。
あまりの子供らしさに、思わず微笑んでしまう。

「貴鬼くん、口にソースがついてるわよ」
「え!ソース付いてたんだ」

貴鬼くんが慌てて手で拭おうとすると、ムウが静かに止めた。
何で止められたの解らなくて不思議そうに首を傾けていたけれど、少しして気づいた貴鬼くんは、膝に置いてあったナプキンで口元を拭い始めた。
子供らしくゴシゴシと擦るように拭ってて、なんだかすごく微笑ましい。自然と心が温かくなる。

「ふふっ、お腹が空いてたのね。でも育ち盛りだし、仕方ないわよね。足りなかったら言ってね、おかわりもできるから」
「へへっ、ありがとう!お姉ちゃん!」
「わしもおかわりしても良いじゃろうか。どうもいつも食べている物と違うと、腹持ちがのう……」
「童虎も?もちろんよ」

近くで待機していた女官に貴鬼くんと童虎の追加分を頼むと、周りを確認する。
左右を見ると、シオンさまとムウもちょうど食事が終わったところだった。
ついでに3人分の食後の紅茶を頼むと、少ししてできたての食事と紅茶が運ばれてきた。
久しぶりの賑やかな食事が楽しくて、いつもよりも長話をしてしまった。
食事も終わり、闘技場に戻ろうと思い席を立つと、シオンさまに声をかけられた。

、どこに行くつもりだ?」
「え、そろそろ闘技場に戻ろうかなと……」

シオンさまは何かを考えるように少し黙ると、やがて席を立ち上がった。

、張り切るのは良いことだが、まだまだ覚える事は沢山あるのだぞ。言い忘れていたが、午後からは部屋で勉強だ」
「わかりました、部屋で待ってます」
「うむ。用意が終わったら、私もすぐに出向く」

シオンさまは返事に満足したように軽く頷くと、先に部屋を出た。それを見送ったあと、ふと振り返るとムウと目が合った。
ムウは驚いたように少し目を見開くと、凄く優しげに微笑んだ。思わず胸が高鳴ってしまい、動けずに居ると近づいてきた。
目の前まで来たので、一瞬抱きしめられるかと思ったら、頭をそっと撫でられただけだった。
さすがにムウも弟子の前では、教育に悪いと思ったのかもしれないけれど、少しだけ残念な気持ちになる。

、また明日も貴鬼をつれてきます」
「ええ、楽しみに待ってるわ」

ムウに名前を呼ばれた貴鬼くんは、慌てて飲み物を飲み干すとムウに駆け寄っていった。
貴鬼くんは途中で立ち止まってこちらに振り返ると、元気よく手を振ってくれた。

「じゃあ、オイラたちも行くね!」
「修行がんばってね、貴鬼くん」
「うん!オイラがんばるよ!またね、お姉ちゃん!」

立ち去る二人を見送ると、満腹で上機嫌な童虎を連れて教材を用意するために部屋へと戻る。
今までずっと部屋で閉じこもっての勉強だったせいもあって、明日からのことを考えると少し楽しくなってきた。