□ 驚きの連鎖 □
仮面をしっかりと着けてから外に出てみると、本当に通り雨のようだったらしく雨は完全に止んでいた。
さっきまでの雨はなんだったんだろうと、呆然と空を見上げた。
「雨、止んでるね」
「ええ、そうですね」
「これだったら、最初からどこかで雨宿りしておけばよかった……」
なんであんな馬鹿なことしちゃったんだろうと思いながら深い溜息をつくと、重い足どおりでアテナの神殿を目指して上っていく。
処女宮を通っている最中に、ふいに柔らかな蚊取り線香のような……懐かしい感じの匂いが漂ってきた。
「ん……なんだか、蚊取り線香のような匂いがするんだけど……でもなんだか、お寺を思い出すような匂いだわ」
「蚊取り線香ですか……?」
不思議そうにしていたムウは、少し考え込むとすぐに何か思い当たったようにくすくすと笑う。
なんだか馬鹿にされているような気分になって、それが感に障って仮面越しに睨みつけた。
「な、なんで笑うのよ」
「すみません。もしかしたら、シャカが瞑想でもしているかもしれません。彼はインド出身ですから、お香でも焚いているのでしょう」
「あっ、そうそう!お香!お香ね!あはは……今度、覗かしてもらおうかしら」
言われてみて気づいた、これはお香の匂いだ。恥ずかしくなってきたから、先を急ぐようにどんどんとアテナの神殿を目指して上った。
やっと着いたアテナの神殿に足を踏み入れると、すでにシオンさまと沙織ちゃんが居て、思わずムウを置いて駆け寄る。
「沙織ちゃん!シオンさまも!聞いてください!」
「お姉さま、どうかしたのですか?」
「ん、ムウも居るのう……何かあったのか?」
シオン様は視線をムウに送ると、なぜか溜息をつくムウ。
沙織ちゃんは沙織ちゃんで師のところに帰ると言って出かけた私が、半日も経たずに慌てて戻ってきたことに不思議そうに首を傾けていた。
「あったも何もっ……私っ!うっかりムウに素顔を見られたんです!」
二人ともかなり驚いているらしく、少しの間を置いてから二人揃って目を何度も瞬かせている。
でもほんの数秒のことで、すぐに勢いよく反応が返ってきた。
「なっ……何があったのだっ!?!?」
「あら……まあ」
「ムウ!おぬしはいったい何をした!!」
「私は何もしてはいません」
烈火のごとく怒るシオン様に対して、ムウは全く動じずに返事をしている。
あまりのムウの冷静さに、シオンさまもだんだんと落ち着いてく。けれど静かに怒っているような気配を感じる。
なんというか、師弟関係に凄い亀裂を作りつつある気がする……このままムウに話させてはいけない気がした。
「ほう……ではいったい何をしたら、が素顔を見られることになったのだ?」
「私のミスとはいえ、の「待って、ムウ。そこは私が話すわ」」
ムウと沙織ちゃんとシオンさまの視線が一気に集まる。
軽く深呼吸をして息を整えると、落ち着け私と自分に暗示をかけるように心の中で呟く。
「今日、通り雨が降ったんです。その雨が一番強い時に、たまたま白羊宮を通ったんです。そうしたら、ムウが白羊宮で雨宿りをさせてくれたんですよ。それで、全身濡れてたからお風呂を頂いたんです。そこまではよかったんですけど……。その」
自分の間抜け振りを自分で言うのは、少し言いづらい。それでも、ムウに話させるよりはずっとマシな気がする。
なかなか言い始めないせいで、シオンさまと沙織ちゃんの視線がずっとこっちに注がれていて余計に話しづらくなった。
「。どうしたのだ?」
「その……えっと、あの……人の家のお風呂だから、早く出ようとしてすぐに出たんです……そうしたら、偶然バスタオルと着替えを持ったムウが入ってきたんです」
「それは……顔だけでなく、裸も見られたということですか?」
沙織ちゃんは口元に手を当てて、驚いている。恐らく、あまりの驚きようにその口元を押さえている手の下は、口があんぐりと開いているに違いない。
シオンさまはシオンさまで、さっきと打って変わって全く反応がないけど、なぜか顔が下に向いている……しかも心なしか震えているように見える。
「ムウ……そこに直れ。余が直々に成敗してやろう」
「あの……シオンさま?……えっ、小宇宙がっ」
シオンさまの小宇宙が凄い勢いで高まっていく。それを見てシオンさまが本気だということがわかった。
黄金聖闘士同士なら千日戦争になるけど、教皇と黄金聖闘士なら、黄金聖闘士を統括する教皇が勝つに決まってる。
「おやめなさい、シオン。過ぎたことは仕方ありません。」
「だがアテナっが……っ」
「ええ、気持ちはわかります。わたしに、1つだけ考えがあります。ただ、それをお姉さまが受け入れてくれるかどうかの問題です」
「沙織ちゃん、その考えって……どんなの?」
思わず沙織ちゃんを見つめてしまうと、沙織ちゃんは悩んでいるように視線を泳がしていた。
けれどすぐに、覚悟を決めるように真っ直ぐな視線を向けてくる。
「アテナのラディウムに……わたしの、巫女になっていただけませんか?」
静寂を破るように、沙織ちゃんの静かで凛とした声が教皇の間に響く。
衝撃的な内容に完全に頭が止まってしまい、ただ呆然と沙織ちゃんを見つめた。