□ 思い、気づく □




いつもの通り書類に目を通し署名していくが、先ほどの光景が頭の中によぎり動きが止まってしまう。
女神アテナと、アテナの巫女。その二人が揃うとまるで一枚の絵を見ているようだった。

「教皇、どうされたのですか?さきほどから手が止まっているようですが……」
「ああ、すまぬ。少しばかり考えごとをしていた」
「考え事ですか?」

日頃から真面目に執務をこなしているだけに、何か重大な案件でもあったのかと心配したに違いない。
よほどのことと見受けたサガは、妙に真剣な面持ちでこちらを見る。

「うむ……サガ、お主はアテナとアテナの巫女の仲をどう思う?」
「ずいぶんと仲が良いようにお見受けしますが……それがどうかしたのですか?」

いきなりアテナと巫女の話を振られ、サガは不思議そうに困惑している。
それを横目に、この間の光景を思い出す。

「この間、巫女が巻き込まれた事件のことでアテナが帰還した……そこで事件のあらましを巫女自身が説明したのだが……その、な」

互いに慈しみあうような、どこまでも優しげな視線を交わす2人を思い出すと、なぜか美しいけれども危ない世界を垣間見たような錯覚に捕らわれる。

「手を取り見つめあっているところを見ているとな、なぜかこう……見てはいけないものを見ているような心境になるのだ」
「はあ……?見てはいけないものですか?」
「サガ、よく考えてみるのだ。女神アテナは女神であるだけに美しいが……巫女も負けず劣らずに美しいのだ。それがだ!2人手を取り合って、微笑んで見つめあっているのだぞ?!」

サガは少し沈黙したあと、想像したらしく微かに頬に赤みがさしている。
それをごまかすように数回ほど咳払いをして、冷静さを保たせた。

「……な、なぜ手を取り合って見つめあう必要があるのですか?」
「ふむ、アテナが巫女大好きなためだ。非常に羨ま……ごほんっ」
「きょ、教皇?その、巫女には何も……」

思わず勢いで本音が出かけるが、何を言おうとしていたのかサガは理解したらしい。

「何も……とは?」
「いえ、その……教皇も、ずいぶんと巫女にお心を割いておられるようでしたので……その後も何事もなく普通に接していられたのかと……」

普通にと言われ、さきほど巫女の部屋の前でしてしまったことを思いだした。
シャカが護衛につくのも面白くなかったというのもあるが、巫女には隙が多すぎる。
つい悪戯心が湧いてしまい、唇の端に口づけた。
その柔らかな唇に触れたいと思ったが、それをしてしまえばきっと、自制など吹っ飛んでしまうことは解りきっていた。

「……そのことか。いや、まあ……少しばかり、な」
「教皇?!きちんと立場をわきまえているのですか?いくら教皇でも、巫女に手を出すなど……っ」

サガの慌てぶりをみると、どうも最高位の教皇という立場で巫女を手に入れようと考えているのかと思われているようだった。

「サガ、何か勘違いをしておるが……巫女はアテナから余と同じ権限をいただいておる。つまりだ、余と巫女は同じ立場ということだ。この意味が解るか?」

サガも巫女の事を大切に思っていることは見て取れる。
それが恋愛感情にも近いものだということも分かっているが、本人は恐らくは気づいてはいない。
気付いたとしても、巫女の母を死に追いやったという気負いもあり、手など到底出せないことは読めていた。
だがそれでも、先手を打つに越したことはないと判断する。

「余と巫女の間に間違いが起きたとしても、身分上は同等……。つまりだ、周りから文句を言われる筋合いはない」

遠まわしに、巫女との関係を邪魔するなと釘打つとサガは黙り込む。
けれども納得がいかなかったらしく、思い悩んだように口を開いた。

「教皇……もし、巫女の身に「双方の合意の上ならば……周りも納得せざるえぬだろう?」」
息を飲んで沈黙したサガに、どこか自嘲にも似た笑みが漏れる。

「教皇、貴方は……」
「ずっと、求めてやまなかったのだ……人を愛するということは、そういうことだ」

もう確証など不要なものに思えた。本能的な何かが、彼女だと告げている。
だったら、それに従うまでだ。巫女の心を浚いそうな危険分子をそれとなく警戒していき、排除していく。
恐らく黄金聖闘士の大半が巫女に好意を持っているのは推測できる……接する時間を極端に減らし、遠ざける。
後は巫女の関心をこちらに向かせて、心を浚ってしまえば良い。
そこまで考えて、ふいにサガの何か言いたそうな目線に気付いた。

「教皇は、巫女のことを……」
「フッ……今更、何を……否定はせぬ。少しばかり長話をしたな……さて、執務を続けよう」

無理にサガとの会話を打ち切り、執務へと集中する。
巫女とアテナの事を考えるよりも、今はどうすれば巫女がこちらに振り向くかの方が大事だった。




fin.