□ 苛立ち □




巫女と話しをするために教皇宮へと向かい、巫女の部屋につながっている廊下まで来た時、巫女の部屋の前にシオンが居るのが見えた。
そこで起こった光景があまりにも衝撃過ぎて、まるで全ての時間が止まったように巫女とシオンの2人を凝視してしまう。

なぜ、シオンが巫女の部屋の前に巫女と居るのか……。
なぜ、巫女に口づけするように頬に手を当てて顔を近づけるのか……。
そしてなによりも、頬を赤らめている巫女を見て、嫌な憶測が脳裏に浮かぶ。
重なり合う姿に全ての結論に見えて、激しい感情の波に飲み込まれそうになった。

全ての血が沸騰していくような感覚に、微かな自制心が働いてその場を逃げるように後にした。
ただ今の状態では巫女に対して何をしてしまうのか、自分自身でもわからない。
教皇宮の外で夜風に当たって頭を冷やしていると、誰かが教皇宮から出てくる気配を感じて後ろを振り返った。

「そちらにいらっしゃるのは……もしかして、ムウさまでしょうか……?」
「貴女は……たしか、アイカテリネさん」

ゆっくりと近づいてくる侍女に顔を向けると、泣きはらしたように微かに目元が赤かった。
たしか彼女は、まだ巫女の部屋に居るはず……それがどうしてここにいるのか不思議だった。

「巫女の部屋に居なくてもいいのですか?」
「え、ええ。お恥ずかしい話ですが、巫女さまに気を遣わせてしまって……今日はもうお部屋で休んでも良いと。それで少し夜風に当たろうかと思いまして、ここまで来たのです」

目元が微かに腫れているのと、巫女の部屋から早々に退出したことに納得する。
この侍女に何があったのかはわからないが、あまり深く詮索を入れることは控えた。

「そうですか」
「ムウさまは、どうしてこちらに?たしか巫女さまとお話がしたいと伺った気が……」
「どうも先客が居たようなので、出直そうかと思いまして……」
「先客?巫女様のお部屋には誰も着てはいませんが……そういえば、巫女さまが部屋にお戻りになった時、誰か扉の前に居たような気がします……」

先ほどの光景が頭をよぎる。抵抗を全く見せずにシオンのなすがままに顔を上げる巫女。
頬を染める姿を思い出すと、どうしても感情が苛立っていく。

「シオンですね……」
「教皇がいらっしゃったのですか?!え、じゃあ……巫女さまの顔が赤かったのは……」

侍女は失言に気づいたように口元に手を当て、こちらを見るが耳に入ってしまった言葉は消えるものでもない。

「あなたが思っている通りなのかもしれませんね……いずれにしても、譲る気はまったくありません」
「ムウさま……。私は……巫女さまが幸せでしたら、それでいいです……。でも、巫女さまが傷つくのは見たくありません」

侍女は困ったように弱弱しく話していたが、最後の方ははっきりとした意志を持って告げる。
私とて、できれば傷つけたくない。それでも欲する心が強くて、自制が効かなくなってしまいそうになる。
今だってシオンのことも気になるが、シャカも自覚してしまっている以上、気持ちばかりが焦っている。

「……そろそろ巫女の部屋に行きますね」
「はい。巫女さまはとても聡明な方ですので、きちんと話せばきっと誤解は解けると思います」

誤解さえ解ければ、巫女との関係も改善されるはず……。 そう考えると、ずいぶんと落ち着いていく。いつも通り微笑みかけることも自然とできた。

「ありがとうございます。アイカテリネさんも、風邪をひく前に早く戻った方がいいですよ」

ずいぶんと感情の波が落ち着いたのを認識すると、急いで巫女の部屋へと向かった。
この胸のうちを巫女に打ち明けてしまえば、巫女はいったいどんな反応をするのだろうと少しばかり考えるが、今はできることをするしかないと考えを切り替えて進んだ。





fin.