□ 羊師弟 □




聖戦後から2年、弟子の様子を見に行くと貴鬼は1人でも聖闘士を目指して修行していた。
もちろん修復師としての修行も独自で進めていたみたいだが、やはり独学も同然になると効率が落ちてくるらしく、中途半端なままだった。
本来なら、師として指導のためにジャミールに留まるべきかもしれないが、黄金聖闘士の使命がある以上、時間を見つけては通うことしかできない。
どうにかしないといけないなと考えつつ久々にジャミールに戻ると、気配に気づいた貴鬼が嬉しそうに駆け寄ってきた。

「ムウさまっ!帰ってたんですね!」
「ええ。ですが、あまり長くは居られません」
「またですかぁ?わかりました……。あっ!すぐにお茶の用意をします!」

残念そうに俯くと、すぐにお茶を出していないことに気づいて慌てるように台所に駆け込んだ。
台所の方から、なにやら割れたような音や物が落ちたような音など色々な音が聞こえてくる。
少ししてお茶の入ったトレーを持ってくると、テーブルの上にお茶を運んだ。

「ありがとう、貴鬼。ですが、もう少し落ち着きを持ちなさい」
「ごめんなさい、ムウさま。オイラ……ムウさまが久しぶりに帰ってたから、浮かれてたみたいです」

申し訳なさそうにうなだれる貴鬼を見ると、師として申し訳ない気持ちになる。
耳が痛いとは、まさにこの事かもしれないなと思いつつ、心の中で溜息をつく。

「そうですね。それは私も悪いと思います」
「ち、違いますよぉ!オイラがもっと優秀だったら……きっと今頃は立派な聖闘士になってて、ムウさまも安心だったんですよね」
「貴鬼……」

首を振って否定していた貴鬼も、だんだんと悲しげに俯き始めた。
正直、貴鬼がこのように考えていたことに驚いた反面、師として失格だなと思った。
このままの状態も、あまり良くないことは解っているが、現状をまだ変えていない。

「では、こうしましょう。私がジャミールに戻るよりも、貴鬼が白羊宮にまで着なさい」
「え……オイラも、聖域に行ってもいいんですか?」
「もちろんです。貴鬼は私の弟子ですからね、いつかは巫女とシオンに紹介しないといけませんし……」
「巫女?シオン?……誰ですか、それ」

貴鬼は、あまり聞き覚えの無い名前に不思議そうに首をかしげた。
たしかに自分の師の名前を言う機会が無かったうえに、新しくできた巫女の話すらしていない。
貴鬼が知らないのも当然のことだった。

「巫女はアテナの巫女で、アテナが新たに巫女として任命した女性です。シオンは、私の師です」
「ムウさまのお師匠様ですか?!それにアテナの巫女ってなんですか?!オイラ初めて聞きました!」

子供特有の興味津々という雰囲気に微笑ましいものを感じて、少しだけ笑みがこぼれる。

「驚くのも仕方ありません。私もアテナの巫女には驚きました。ですが巫女は女神の決めたこと、きっと考えあってのことでしょう……。あと、シオンは教皇ですからね。私よりも、厳しいですよ」

"厳しい"という単語に反応して、貴鬼は少し嫌そうな顔をしていたが、すぐに巫女への興味へと変わった。
彼女がどうして巫女になったかの経緯を弟子に話すのは、少しばかり躊躇ってしまい言葉を濁したが、いつかは耳に入るかもしれない。

「そっかぁ。神さまの考えだもんなぁ……オイラにもわかんないや。ムウさま、巫女になった人って……どんな人なんですか?」
「巫女になるだけあって、綺麗な長い黒髪の……凛とした、とても美しい人ですよ。それに聖闘士だった影響かもしれませんが、自分というものをしっかり持っています」

"とても素直で可愛らしい"と言いかけて、そこまで自分の弟子に話す必要は無いと思い、言葉を飲み込んだ。
纏っている雰囲気や外見とは裏腹に、たまに想像もつかないことを言い出すこともあるが、そんなところも面白みがあって退屈しない。

「え!聖闘士なんですか?!」
「そうですよ。巫女を就任してからはマスクも外して聖衣も纏っていないので、聖闘士には見えませんが実力は備わっています」

前に巫女がデスマスクを吹っ飛ばした事を思い出した。
ある意味デスマスクに先を越されてしまい、当時かなり苛立ってしまったが、巫女と想いを確認しあった今は昔のことのように感じられる。
それにしてもあの動きは、ほぼ光速に達していた。もっと鍛錬を積めば、きっと黄金聖闘士に匹敵する強さになるが……それはそれで、かなり複雑な心境になりそうだった。

「へぇ~……会ってみたいなぁ。でもアテナの巫女ってことは、聖域に行けば会えるんですよね!」
「そうですね、巫女はあまり聖域からは出ないので会えるはずです。それに彼女は巫女として、学ぶべきことは沢山ありますし……」

巫女として聖域に留まっていたから、思いが通じたようなもので……もし巫女でなければ、彼女は聖域に留まっていなかったのかもしれない。
幸か不幸か……思いが通じ合った今、巫女の立場として色々な制限のかかり、それがまるで枷のように感じる。

「……なんだか、巫女っていうのも大変そうだなぁ……」
「何事も一から始めるのは、大変なことですよ……貴鬼も負けじと、精進なさい」
「はい!がんばります!」

貴鬼は背筋をピンと伸ばすと、敬礼するように手を掲げた。
その心意気に微笑ましく頷くと、出されたお茶を飲んでみる。
抽出時間が少しばかり長かったらしく、苦味が出ていた。

「そういえば貴鬼、前に渡した課題。きちんと終わりましたか?」
「は、はい!できましたけど……えっと……オリハルコンがちょっと馴染まなくて……そのぉ、ちょっと不恰好に……」
「そうですか……とりあえず、作業場に行きましょう」

聖衣の修復を教える前に、稀少鉱物の扱いに慣れるようにと腕輪作りを課題として出していたが、上手くいかなかったらしい。
出されたお茶を全て飲み干すと、どんな風に仕上がったのかを確認するために、練習をしている作業場に足を運んだ。





fin.